オーストラリアが育むイタリアワインのクオリティーとポテンシャル

イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが在住していたヴェネツィアをはじめイタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回は、オーストラリアのイタリアワインの魅力をご紹介します。

ライター:京藤好男京藤好男
メインビジュアル:オーストラリアが育むイタリアワインのクオリティーとポテンシャル

イタリアのグルメ誌も特集を組むオーストラリアワインの飛躍

南半球のオーストラリアは、今ワインの新開拓地「ニューワールド」として、著しい飛躍をとげている。先日、オーストラリアとニュージーランドのワインの試飲会に参加した。以前にこのコラムにもご登場頂き、スクリューキャップについての貴重なお話を頂いた山井基嗣さんの「ヴィレッジ・セラーズ」の主宰だ。白、赤、ロゼ、スパークリングと、一通りのワインを試飲させていただいた。一例をあげよう。

  • Yellowglen Yellow Brut Cuvee NV (オーストラリアのスパークリング)
  • Felton Road Riesling Bannockburn 2014 (ニュージーランドの白)
  • Ata Rangi Summer Rose 2015 (ニュージーランドのロゼ)
  • Yangarra Estate Vineyard PF Shiraz 2015 (オーストラリアの赤)
いずれも香りが高く、フレッシュ感が際立っている。それでいてボディがあり、やや酸味が強めの南半球らしい味の強さ。しかし口当たりはまろやか。一様に飲みやすくできており、ヨーロッパの品格に引けを取らない印象だ。そしてそのクオリティを考えると、驚くべきコストパフォーマンス。どれもスクリューキャップを使用しており、コスト削減もうまくいっているようだ。デイリーワインにはもってこいだと、あらためて感心させられた。

イタリアのグルメ誌の最高峰『ガンベロ・ロッソ(Gambero Rosso)』が、「オーストラリア、イタリアン・ワインの大飛躍」と銘打って、現地取材を行う一大企画を掲載したのが2015年2月~3月のこと。

「イタリアワインは常に、我々にインスピレーションを与えてくれます。この20年で、オーストラリアのワインをめぐる風景は一変しました。それを納得するには、レストランに入ってワインリストに目を通してみれば十分でしょう。過去の市場を牛耳っていた大手企業には、もう入り込む余地がありません。外食産業に関わる人々は、小さいながらも新たに頭角を現す生産者に注意を払っています。彼らこそ高いクオリティを実現しています」

と地元のワイン専門家の言葉を引用し、オーストラリアのワイン製造の盛況ぶりを紹介していた。

オーストラリアのワインは19世紀にイギリス人が入植して以降、ヨーロッパからもたらされたものである。さらに本格的なワイン製造ともなると、第二次大戦後のこと、フランスやイタリアからの移民が増えてからのことである。歴史はまだ浅い。元々、ワイン造りに適した土着のブドウがなかったことから、現在栽培されているブドウは、元はすべてヨーロッパからの輸入である。そして、そのほとんどがフランスものである。もっとも成功しているブドウと言えば、赤ワイン用の「シラー(Syrah)」(オーストラリアでは「シラーズ(Shiraz)」と呼ばれる)と白ワイン用の「シャルドネ」だろう。

他にも、赤ならカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、ピノ・ノワール、白ならソーヴィニョン・ブラン、セミヨン、リースリングが、オーストラリア・ワインの主力品種としてよく耳にするものだが、リースリング以外、すべてフランスものだ。

イタリア移民が作るオーストラリアのイタリアワイン

そんなフランス系が多い中で、2000年以降、メキメキと名を上げるイタリア系のワイナリーが出現してきた。彼らの生産するワインはクオリティが高く、味わいが独特で、イタリアを始め、ヨーロッパ各国で特集が組まれるほど評価も高い。オーストリア大陸の南西部、メルボルンを州都とするヴィクトリア州のキング・ヴァレーに拠点を持つ「ピッツィーニ(Pizzini)」もその1つだ。1978年にこの地でブドウ栽培とワイン製造を始めた彼らの祖先は、イタリアからの移民だ。今ではイタリア固有の品種に特化し、イタリア流のワイン製法をオーストラリアに持ち込んで成功している。

「最初はリースリングを30エーカー植えたよ。それで初めての白ワインを作った。それから10年を経て、シャルドネ、ソーヴィニョン・ブラン、カヴェルネ・ソーヴィニョン、メルロー、マルベック、シラーを栽培した。その経験を元に、1980年代半ばオーストラリアでは未知のイタリア品種に取りかかった。北イタリアのブドウであるサンジョヴェーゼとネッビオーロを試してみた。1990年代に入ると、ヴェルドゥッツォやピコリット(ともにフリウリ地方の白ワイン用ブドウ)、アルネイス(ピエモンテ地方の白ワイン用ブドウ)も取り入れて、白ワインの充実を図っているよ」

現在、「ピッツィーニ」のワイン製造を統括するジョエル・ピッツィーニ氏はそう語る。やはり、歴史を振り返れば、フランスのブドウからイタリアものへと移行していることがわかる。おそらく、ワイン製造の方法もそうだろう。オーストラリアにおいては、イタリアワインの製造はまだ新しく、少数派でもある。しかし、それこそが、オーストラリアワインの新たな展望につながると私は思う。先の山井さんは、昔を振り返ってこう話をしてくれた。

「1970年代、初めてメルボルンを訪れた頃、イタリア系移民の集団居住地区、いわゆるゲットーがありました。そこでは、確かに食べ物が美味しかった。オーストラリアの食事は、いわばバーベキューみたいなものばかり。とにかく焼くだけ。ところが、イタリア人街に行くと、パスタやピザみたいなものがある。そうした食文化に合うワインは、当時はなかったわけです。ワインはありましたけれど、多くはポートワインのような、とにかくアルコール度の強いものが主流。それが時代を経て、食文化への理解が深まると、多様でエレガントな食事が好まれるようになり、それに適したワインが求められるようになったわけです。最近は、メルボルンに行っても、レストランの食事はなんでもマイルド化してきたように思います。そして味わいが繊細になってきた。それがイタリア系の食事から始まっているというのは興味深いと思います」

オーストラリアが生む独自のイタリアワイン

そんな話からわかるように、オーストラリアのワインを育てているのは、食事の洗練であり、ヨーロッパ伝統の食文化である。健康思考、安全性、そして地産地消の味の維持、どれをとってもイタリア料理の真骨頂だ。だからこそ、イタリア料理の需要が高まるとともに、ワインに注目が集まり、レベルも上がるのだ。

そのようなことで、興味をそそられ、「ピッツィーニ」社のワインを取り寄せてみた。これが大変ユニークなものであった。私が試してみたのは、次の3本だ。

  • サンジョヴェーゼ・シラーズ
  • ピエトラ・ロッサ・サンジョヴェーゼ
  • ネッビオーロ
まず、「サンジョヴェーゼ」は本国のものよりも味が強まる印象だ。やはり南半球の土壌はポテンシャルが強いか、強すぎるのか。ブルーチーズなど、味の濃いものがマッチするだろう。「サンジョヴェーゼ・シラーズ」はイタリア本国ではみられないブレンドだが、オーストラリアで作るサンジョヴェーゼは酸味が強く出るようで、シラーズとのブレンドによって(カナイオーロも6%入っている)独特のまろやかさに仕上がっている。

もう一つおもしろいのが「ネッビオーロ」だ。普通イタリアでは、サンジョヴェーゼ(トスカーナ地方)とネッビオーロ(ピエモンテ地方)が同じ畑で作られることはありえない。だが、このピッツィーニの農園では、同じ敷地内で栽培されている。オーストラリアならそれが可能なのであろう。オーストラリアらしい酸味とコクの強いネッビオーロであったが、こうした土壌のポテンシャルがイタリアにはない個性をワインに与えている。

味わった印象としては、赤ワインに関してはまだフランス系のブドウから作られるワインの方が完成度は高い気がする。しかし、オーストラリアには他にない土地の個性があり、それをうまくイタリア系のブドウに生かすのも、それほど時間のかかることではないように思う。オーストラリアの土壌に合うブドウがきっとあるはずだ。

最後にジョエル・ピッツィーニ氏の最近の言葉を引用したい。

「2016年はオーストラリアのファインワインにとって素晴らしいヴィンテージとなり、キング・ヴァレーもその例外ではない。ブドウの質はこれまで見てきた中でも最高と言え、素晴らしい塾生のポテンシャルが期待できる」

数年後には、彼らの2016年ものが市場に顔を出すだろう。次はどんな飛躍が見られるのか楽しみだ。オーストラリアのイタリアワインという新たな可能性が、私の心をウキウキさせてくれる。


※記事の情報は2017年7月4日時点のものです。
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