2017.08.22
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シチリアに根づくクスクス料理と相性抜群のワイン

シチリアに根づくクスクス料理と相性抜群のワインの写真

イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが、在住していたヴェネツィアをはじめ、イタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回はシチリアに根づいたクスクス料理と、クスクスによく合う意外な日本の料理をご紹介します。

セゴビアを聴いて思い出すシチリアのクスクス料理

7月21日放送のNHK『らららクラシック』という番組を録画しておいたのだが、やっと見ることができた。その回で、スペインのギター奏者、「クラシック・ギターの革命家」ともいうべき、アンドレス・セゴビア(1892-1987)が紹介されたのだ。20世紀初頭「酒場の楽器」「大衆音楽の楽器」と、蔑まれていたギターを、クラシックの演奏にも十分に耐えられるものであると、自らの演奏で示し続けたセゴビアは、世界のあらゆるギター奏者が仰ぎ見る存在である。

 

私が初めてセゴビアの名を知ったのは、ある年の8月にシチリア島を旅していたときだ。メッシーナ大学で教鞭をとる友人のアントニオ・カタルファモ教授の、パレルモ近郊にある自宅に泊めてもらった日の夜、ギターのリサイタルがあるから行かないかと誘われた。その時の演奏者がアンジェロ・ジラルディーノというイタリアの名演奏家で、彼の楽曲の中に「セゴビアとの対話(Colloquio con Andres Segovia)」というのがある。その曲の由来をアントニオ先生に語ってもらったのが、私のセゴビアとの出会いだった。

 

あれから十数年。あらためてセゴビアの人生をふり返り、その偉大さを益々感じるとともに、私は一皿のシチリア料理を思い出した。それは「トラパニ風クスクス(Couscous alla trapanese)」という料理である。あの日のリサイタルの後、アントニオ先生が車を飛ばし、バゲリアという海辺の町のトラットリアに連れていってくれた。そこでセゴビアの話をしながら、一緒に食べた思い出の料理がそれである。「クスクス」と聞くと、イタリア料理ではない気がするかもしれない。その通り、クスクスは、モロッコやチュニジアを中心とした北アフリカのパスタだ。しかし、それらの国と地理的に近いシチリア島には、アラブ系の料理も多く根づいている。トラパニはシチリア島の最西端に位置する港町。いわば北アフリカとの窓口ともいうべき場所だ。今も、チュニス行きのフェリーが往来する。そんな交流の歴史から、クスクスもこの土地に馴染んでおり、その「トラパニ風」とは、魚介のスープをかけて食べるシンプルな一皿なのである。

イタリア人も実践! 鍋のシメはクスクスで

セゴビアのおかげで、そんなことを思い出した矢先、ナポリ東洋大学からの留学生のマルティーナ・ヴェッキさんに仕事を頼む機会があり、「トラパニ風クスクス」の話をしてみると、

 

「ナポリでもクスクスはよく食べられていますよ」

 

と教えてくれた。また、

 

「トラパニ風のように魚介スープで食べることもあるし、野菜や鶏肉の煮込みと一緒に食べるのも人気です」

 

懐かしそうに話してくれた。魚介のスープも野菜煮込みもベースはトマトソース。ナポリの場合、魚介スープにはムール貝なども入ってブイヤベースに似たもののようだ。それにクスクスを入れ、少々煮込むらしい。

 

「クスクスは便利だね。汁の多いおかずに混ぜれば、なんでも行けちゃう」

 

私が笑ってみせると、

 

「実は、日本でもぴったりのものがあるんですよ」

 

と言って、ちょっといたずらな顔をした。

 

「日本では鍋をするとき、シメ、というでしょ。そのシメに、クスクスが使えるんです。留学して間もない頃、日本人の友達の家で、トマトの鍋をしてもらったんです。イタリア人だから、トマト好きだろうということで。そのとき、シメはご飯だったんですけど、リゾットみたいでおいしかった。でも、後になって、ふと、クスクスが合うかも、と思ったんです。それで、自分でやってみたら、すごく合って。以来、私の好きな日本の食事は「鍋」、シメは「クスクス」って、自己紹介してます」

 

その話を聞いて、私もなるほどと膝を打った。たしかに日本の鍋料理は、魚介類も野菜もたっぷりで、じっくり煮込んだスープは、クスクスとの相性が悪いはずはない。今では洋風鍋も簡単にできるので、それにクスクスを合わせれば、手軽にできるシチリア風のクスクスになるはずだ。これは、家飲みに使えるぞ。

 

そんな話を彼女としていたら、シチリア貴族の別荘地として名高いバゲリアで、波音と海風に身を任せながら食べた「トラパニ風クスクス」の味を、またまた思い出してしまった。そして、もうひとつ記憶に蘇ったことがある。あのとき、ともに飲んだワインはシチリア産の白ワインだった。グリッロ(Grillo)というブドウ品種を使用した、辛口でコクのあるワイン。グリッロは、トラパニに近いマルサラという町の特産「マルサラ酒」の原料になることでも有名で、いわばシチリアを代表する白ブドウなのだ。「トラパニ風クスクス」と合わせるなら、シチリアの白を。シチリアの白を飲むなら「グリッロ」使用のワインを。風の良い日には窓を開け、できればセゴビアのギターをBGMに召し上がっていただきたい。

 

※記事の情報は2017年8月22日時点のものです。

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