今なら掘り出し物も?イタリア・プッリア州のお値打ちワイン

イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが在住していたヴェネツィアをはじめイタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回はイタリアに根付いたブドウ品種のお話です。

ライター:京藤好男京藤好男
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脇役から主役になったセリエAのスター

新しいワインは今も生まれている。だが、その誕生にはちょっとした奇跡が必要なときもある。「適材適所」という言葉は、もしかするとその「奇跡」を解明するヒントかもしれない。頭ではわかっていても、実践するのは大変難しい言葉だ。人であれ、物であれ、そしてワインであれ、「適所」を見つけるには、その「素材」の本質を見抜き、深く精通している必要があるからだ。だが一度「適所」を得たとき、その人は、あるいはそのワインは、魔法にかかる。

ちょっと話が逸れるようだが、その言葉を聞くと思い出すスポーツ選手がいる。サッカーのアンドレア・ピルロだ。私が彼のプレーを初めて目にしたのは、ヴェネツィアに留学中の1996/1997年シーズンのこと。当時セリエBのブレシアというチームにいて、ヴェネツィアと対戦した。その時、印象的だったのが、相手の意表をつき、守備陣をゆさぶるような彼のパスだ。彼にボールが入ると誰もが固唾を飲み、パスを出すたびスタンドが沸く。一緒に行ったサッカーに詳しい友人が「彼はまだ17歳。きっとビッグ・クラブに行くよ」と熱く語った。その言葉通り、1998年にはミラノの強豪インテルへ移籍する。だが、そこから彼の低迷が始まる。

インテルでは出場機会を得られず、しばらくレンタル移籍に出される。レッジーナ、ブレシアなど地方小クラブを渡り歩き、その才能が開花するのはようやく2001年。ミラノのもう一つの強豪ACミランが彼を獲得し、そこで「適所」を得たのである。

彼は元々「トップ下」という、フォワード寄りの攻撃的なポジションの選手。しかしそこは激しいマークを受けるポジションでもあり、体格の良い相手に「当たり負け」をしていた。テクニックは一流だが、フィジカルが弱い。だがそのパス能力は活かしたい。そこで行われたのが、守備的ミッドフィルダーへのコンバートだった。トップ下に比べれば肉体面の負担の少ない「中盤の底」に位置してゲームの起点となる役割である。

だがそれは、攻撃に絡んでいた選手にとっては、格落ちの配置転換とも言える。ところが、彼はそれを受け入れ、それどころか「守備的な位置から決定的なパスを出す」という、これまでにない攻撃スタイルを展開し、イタリア・サッカーに新たな展望をもたらした。それが彼には「適所」だったのだ。そんな活躍から、やがて代表チームにも召集、2006年のW杯では不動のレギュラーとしてイタリアを世界一に導いた。
 

ブレンド用の二次ブドウ「ネロ・ディ・トロイア」の再興

話が遠回りしたようだが、ワインにもこのようなことがある。それがイタリアの面白いところなのだ。

最近、日本でも見かけるようになった「ネロ・ディ・トロイア(Nero di Troia)」は、その1つと言えよう。これはイタリア半島の最南端に位置するプッリア州(Puglia)の土着のブドウ品種名である。このブドウの由来にはいくつかの説がある。一つは、その名前から想像できるように、「トロイの木馬」で有名な古代のトロイア戦争に起源を持ち、このブドウは小アジアからもたらされたという説だ。

一方さらに有力なのがスペイン由来説だ。プッリア地方がスペイン支配下にあった時代、司法長官を務めたドン・アルフォンソ・ダヴァロスという人物が、この土地がワイン用ブドウの栽培に適していると見て、スペインから持ち込んだブドウの木を植えさせたという。そして、この地方の北部にあるトロイアという小さな町で栽培されたのが「ネロ・ディ・トロイア」(またはウーヴァ・ディ・トロイアとも呼ばれる)というわけだ。だとすると15世紀頃の話だ。

いずれにしても、原産地は異なる。だが、この地に根付いてみると、大変強い個性を発揮するブドウとなった。特徴は、果皮が分厚いこと。色も極端に濃く、「ネロ(nero黒)」と呼ばれるゆえんだ。発酵すると、酸味が強く、タンニン性が非常に高い。一方で、日照や温度といった気象条件に影響されやすく、生育にもムラがあり、生産者としては扱いにくい品種だった。

そんな事情から、なんとこの「ネロ・ディ・トロイア」は、長年ブレンド用の二次ブドウの地位に甘んじていた。例えばモンテプルチャーノなどの主力ブドウに少量混ぜられ、個性を弱められて使用される、いわば陰の存在。イタリア国内でも一般には名前すら知られていなかった。さらに、1982年に5000ヘクタールあった作付け面積が、2000年には1700ヘクタールまで減少するという危機的状況にまで陥っている。

しかし、その強烈な個性を見逃さない生産者もいた。地元のワイン生産の相談役を務めるクリストフォロ・パストーレ氏とその弟パスクァーレ氏も、このブドウの再興に取り組んだ研究者たちだ。

「このブドウは、その果皮に含まれるフラボノイドが非常に多いため、タンニンが強い。またそこから取り出すモスト(発酵させる前の果実の絞り汁)はとりわけ有機的な酸味が豊富だ。だが、そのブドウが適切に完熟し、適切に発酵させれば、温度と浸漬時間を慎重に適合させることで、出来上がりのワインはまろやかになり、ビロードの感触を持ち、酸味もほとんどなくなるが、といって無味乾燥になることもない」とパスクァーレ氏は、ワイン専門サイトvinoway.comのインタビューで説明する(2013年11月18日)。つまり最適な環境を与えることによって、強いポテンシャルがバランスよく発揮され、脇役から主役へと変貌をとげたのだ。

おすすめの「ネロ・ディ・トロイア」使用ワイン

そうした研究が実を結び、2011年10月、その栽培地域(プッリア卓伏台地)がD.O.C.に認定される。そして「ネロ・ディ・トロイア」使用のワインがD.O.C.G.に昇格した。この最高格ワインのベース品種として用いられる場合、「ネロ・ディ・トロイア」は90%以上だ。私が初めてこのブドウを知ったのもその頃だった。例えば、カステル・デル・モンテ・リゼルヴァ(Castel del monte)は「ネロ・ディ・トロイア」100%使用の長期熟成ワイン。その分厚い皮により色は深紅のワインだが、味わいは柔らかく、まろやかで、肉系の食事を程よく引き立ててくれた。二次的な役割だった「ネロ・ディ・トロイア」が立派に一本立ちしているという感動を味わったものだ。それはどこかピルロの歩みとも重なって、このブドウがイタリア・ワインを世界一へと牽引する日も近いのではないかなどと、つい想像してしまった。

さて、さらに家飲みにおすすめなのが「ネロ・ディ・トロイア」のI.G.T.。つまり、上級テーブルワインならば質はさほど劣らず、それ以上にコスト・パフォーマンスがよい。例えば、先日いただいた「モンテ・テッサ・ネロ・ディ・トロイア(Monte Tessa Nero di Troia)」は2016年ベルリーナ・ワイントロフィーの金賞ワイン。テーブル・ワイン(I.G.T.)でありながら、しっかりとそのブドウの個性を保っている。しかも価格は1000円を切るのだからうれしい。デイリーの家飲みワインとしても最適だが、リゼルヴァに比べれば手軽に飲める味わいから、これからの季節、BBQのお共としておすすめしたい一本である。このようにプッリア州のワインは、質の良さに比べて、価格がまだ高騰していない。今なら掘り出し物が多く見つかるはずだ。
おすすめの「ネロ・ディ・トロイア」使用ワイン
※記事の情報は2017年5月2日時点のものです。
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