名画「ローマの休日」と庶民派ワイン「キャンティ」の高貴な共通点

イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが在住していたヴェネツィアをはじめイタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回はあの名作映画に印象的に登場する、イタリアのポピュラーなワインについてお話します。

ライター:京藤好男京藤好男
メインビジュアル:名画「ローマの休日」と庶民派ワイン「キャンティ」の高貴な共通点

世界に「キャンティ」を知らしめた『ローマの休日』の名場面

ある世代の人々にとって、イタリアの銘酒「キャンティ(Chianti)」は、むしろ「安ワイン」、「庶民派ワイン」の代名詞、といったイメージが強いようだ。

その一因が、あの名作映画『ローマの休日』であることは、意外に知られていない。

ワイン・フリークではなくとも、この映画をお好きな方は、あの名シーンを覚えてはいないだろうか。

それは物語の終盤。サンタンジェロ城をのぞむテーヴェレ川での野外舞踏会。ジョー(グレゴリー・ペック)との淡い時を過ごしていた「アーニャ」ことアン王女(オードリー・ヘップバーン)は、自分を連れ戻しに来た護衛の男たちと大立ち回りを演じ、果ては川に飛び込んで追っ手を逃れる。泳ぎ着いた岸辺で、二人は初めての口づけ… やがて、ずぶ濡れの二人がたどり着いたのは、ジョーのアパートメント。シャワーを浴びて、男物のガウンに袖を通したアンに、ジョーは一杯のワインをふるまう。

さて、ここからが問題のシーンだ。キャンティを語るに当たって、私は次の2点をあげたい。

  • まずは、ジョーが手にしたワインのボトル。丸みを帯びた瓶には、藁が巻かれている。イタリアの庶民の酒を表す「フィアスコ(Fiasco)」だ。この瓶のスタイルの歴史は13世紀にさかのぼるが、この「キャンティ」が属するトスカーナ地方由来のスタイルであり、この映画が公開された 1953年には、すでに「キャンティ」独自のもの、つまり「フィアスコ」と言えば「キャンティ」と認識される、アイコンのようになっていた。
  • 次に注目なのが、そのワインを注ぐグラスだ。フィアスコをわしづかみにしたジョーが、おもむろに注いだのは、脚のついたワイン・グラスではなく、タンブラーだった。ウィスキーなどをあおる方が似合う、あれです。そこに赤ワインをおもむろにドドッと。これを王女に飲ませる!?
これ、日本式に言えば、徳利からお猪口に「おひとつ」と注ぐ代わりに、一升瓶から直接湯呑みに流し入れるようなもの。これを姫に飲ませる!?

つまり、このシーンで「キャンティ」は、高貴なプリンセスと、しがないジャーナリストとの、身分の差を超えた愛を演出する、絶妙な小道具として一役買っていたわけである。実際にその頃のイタリアで、「キャンティ」は安価な大衆酒だったのだが、それが決してマイナス・イメージではなく、むしろ粋なカジュアル・ワインとして、やがてアメリカや日本でブームを巻き起こすことになるのも、その理由はやはり、このシーンが切なく、感動的だったからだろう。

アン王女を覚醒させた二杯目の「キャンティ」

さて、ここまでは実は、よく語られる話でもある。だが、さらに私が注目したいのは、その後のアン王女とワインの動きである。キャンティを世界で愛されるワインに変えたのは、この先のシーンにあるというのが私の密かな持論だ。

台所もない質素な部屋で、普段の食事は外食ばかりだと言うジョーに、「それは大変ね…私、料理が得意なのよ」と得意げなアーニャ。まるで初々しい恋人同士だ。その胸には、キャンティの入ったグラスが抱かれている。

すると、二人の時間を断ち切るように、ラジオから「アン王女、重態か?」のニュースが流れる。そのラジオを自ら消したアンは、ジョーにグラスを差し出す。
「もう少しいただける?」
そしてワインをあおりながら、話を変える。

「夕食、作ってあげたかったな」。そして「腕はプロ並みよ。…ただ、作ってあげる人がいなかっただけよ」とつぶやきながら、ジョーに背を向けるアーニャ。

すると、ジョーがこたえる。
「それなら、引っ越すよ。台所付きの部屋に」
その言葉に、アーニャの表情は曇りだす。そして、二杯目のワインを一気に飲み干すのだ。それが合図であるかのように、
「帰らなくては」
逃げるようにバスルームへ駆けるアーニャを、ジョーは強引に抱きしめる。二人は哀しい抱擁を交わし、映画はクライマックスへと一気に走り出す。

この「二杯目のワイン」に、私は注目したいのだ。一杯目はもらったワイン、二杯目は自ら願い出たワイン、という演出に、私はこの「キャンティ」の含蓄を感じてしまう。キャンティの伝統的な醸造法は「ゴヴェルノ(Governo)」と呼ばれる変わった方法だ。収穫したブドウの実の1割程度を取っておき、残りは普通に醸造する。取っておいたブドウは藁の上で寝かせ、乾燥させてから濃縮したブドウ液を搾り取る。これを正常の発酵をしたものの中に混ぜ込んで、さらに発酵させる。いわば一種の第二次発酵となり、微かな泡立ちや軽い刺激など、爽やかさを得られることになる。

さらに、その醸造法に合わせて、数種のブドウ品種をブレンドする方法を編み出したのが、ベッティーノ・リカーゾリという人物だ。文献によれば1834年から1837年にかけて「サンジョヴェート70%, カナイオーロ15%, マルヴァジーア15%」の混合比率で醸造を試み、完成させたという。このトスカーナの土着品種を使ってゴヴェルノを行うことことから、この方法を特に「トスカーナ式ゴヴェルノ法(Governo all’uso toscano)」と呼ぶ。これが現代的なキャンティの土台となっている。

さて、このベッティーノ・リカーゾリ(il Barone Bettino Ricasoli 1809-1880)という人は、イタリアでは歴史上の重要な大物だ。なぜなら、彼は11世紀から続く男爵の家系、いわば名門貴族の出身であり、自らもイタリアの統一運動「リソルジメント」で活躍し、やがて新生イタリア王国の第二代首相となる政治家でもあったのだ。(ちなみに、初代首相のカヴールも、ワインの王様「バローロ」の生産と深い関係がある)

つまり、キャンティは貴族が生み出したワインなのだ。やがて、農業の機械化が進み、大量生産がされる中で、質の低下、消費者の嗜好の変化などから格を落としていくのだが、その源流にはトスカーナ貴族の血が通っている。

『ローマの休日』の、このキャンティのシーンは、その高貴な血が「二杯目のワイン」を伝って、アン王女の眠れる血を呼び覚ましたように、私には思えてならない。


※記事の情報は2017年4月25日時点のものです。
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