ヴェネツィアで出会った「飲み残したスパークリング・ワイン」の楽しみ方

イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが在住していたヴェネツィアをはじめイタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回は、ヴェネツィアのバールで出会った「炭酸の抜けたスパークリングワイン」についてお話します。

ライター:京藤好男京藤好男
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ヴェネツィアで味わった、炭酸の抜けたフランチャコルタ体験

梅雨から夏へ。暑さが厳しくなるこの季節には、スパークリング・ワインが手ばなせなくなる私です。イタリアでは、5月になればもう初夏の香り。ヴェネツィア滞在中は、暑い日中の仕事を終え、日が傾いて涼しくなる頃にバールに立ち寄り、「ボッリチーネ(Bollicine)、おねがいね」と一杯ひっかけるのが習慣であった。「ボッリチーネ」とは、イタリア語でのスパークリング・ワインの総称的な呼び方。そのように頼むと、店主やバーテンがおすすめを見つくろってくれる。

そのようなとき、イタリアでは「プロセッコ(Prosecco)」をすすめられることが多い。ヴェネト州の北部で栽培される「プロセッコ種」(現在はグレーラGleraと呼ばれる)から作られる辛口白のスパークリングだが、味わいはフルーティーで軽やか。価格も手頃で(立ち飲み店のグラスで1杯2ユーロ程度)、食前酒としても、つまみや食事と合わせても絶妙なことから、イタリア全土で愛されている。だから、仕事帰りの立ち寄りで、本格的な夕食はそのあと、という状況なら、プロセッコで間違いないというわけだ。

ところが、私が暮らしたヴェネツィアの、行きつけのバーカロ(Bacaroとはヴェネツィア風居酒屋)では、顔見知りの店主が、あえてプロセッコではなく、「フランチャコルタ(Franciacorta)」を出してくれた。このボッリチーネは、お隣のロンバルディア州で生産されており、1995年にD.O.C.G.に昇格した最上級スパークリングだ。辛口白のボッリチーネではイタリア初の快挙であった(甘口のモスカート・ダスティが1993年にD.O.C.G.認定)。そのため、価格も高騰し、比較的安い物でも、プロセッコの倍はした。だから、バーカロの店主が、カウンターのグラスに「フランチャコルタ」のボトルを傾けたときには「ちょっと待って」と、その手を握りしめたものだった。

だが店主は笑って、私の手をほどき、

「Ci penso io(いいから)」

と、かまわずグラスを満たすのだ。そして、

「このあいだのお礼に、コイツのいい飲み方を教えてあげるよ」

と、耳元でささやくのだ。実は、店主は私がアルバイトをしていた「日本語講座」の受講生で、いわば私の生徒。その縁で、ちょっと前に、日本から来た私の仕事の関係者を10人ほど、そのバーカロに案内したばかりだったのだ。とはいえ、

「いくらなんでも、そんな高級酒は」

遠慮する私に、

「実はこれ、昨日の残り」

と、これまた満面の笑顔を浮かべるのだ。それって、ヒドクナイ?

グラスを持ったまま顔をしかめる私に、

「Dai, assaggialo pure(いいから、飲んでみろ)」

今度はコワイ顔をして言うので、私も根負けして、罰ゲーム感覚で飲んでみた。ところが、

「Caspita! Fine del mondo(ビックリ! メチャうまッ!)」

なんと、一晩経って炭酸が抜けたはずのスパークリング・ワインが、これまで味わったことのない、絶妙な微発泡の白ワインといったテイストで、しっかりと美味しさを保っているのだ。

「ほかのボッリチーネだとこうもいかないが、このワインは別格だ。炭酸を飛ばしても美味い。コイツがボトルに余ったら、そのまま簡単なフタをして涼しい場所に置いておく。そして、翌日飲む前に、氷でキリッと冷やす。すると、比類のない白ワインとして楽しめるというわけさ」

気の抜けたスパークリング・ワインが、翌日も美味しく飲めるなんて。美味しいなんてものじゃない。まったく別のワインとして蘇っている。そんな雰囲気なのである。

「いい話だろ」

と、ドヤ顔の店主に、

「これを、レインボー味(All’iride)と名付けるよ」

私が言うと、満足げに店主は親指を立て、

「気に入った」

と、ヴェネツィアの名物バッカラ・マンテカート(Baccalà mantecato alla veneziana)を小皿に出してくれた。バッカラ・マンテカートとは、干しダラを使ったヴェネツィア風のおつまみで、お湯で戻した干しダラに、オリーブオイルと牛乳を加えながら根気よく混ぜ合わせたムース状のペースト。これをポレンタ(トウモロコシの粉を粥状に練ったもの)に乗せていただくのがヴェネツィア流だ。これをさっきのフランチャコルタに合わせてみると、タラの肉質がわずかに残る薄塩味のクリーミーなペーストを、微炭酸の刺激と柔らかい酸味がトロけさせるように絡まって、つまみの味を引き立ててくれるのだ。感動で言葉を失う私に、

「いつでもコイツをおごるよ。残りものが出たときにな」

店主はウインクし、

「またお友達を連れてきてくれ」

と、つけ加えるのを忘れなかった。

シャンパンとフランチャコルタ、同じ製法、同じブドウでも味わいは異なる

後年、この話を私のイタリア料理のアドバイザー的存在、銀座のイタリア料理店に勤務するマウロ・ロッカーティさんにしてみると、こんな解説をしてくれた。

「フランチャコルタとフランスのシャンパンは、作り方が同じ。シャンパン方式という、ボトルの中で二次発酵させる製法だね。そして、使用するブドウも似ている。フランチャコルタは、シャルドネ、ピノ・ビアンコ、ピノ・ネーロ、シャンパンはシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ。ただ、場所が大きく違う。フランチャコルタはイタリアのロンバルディア地方、つまり南。シャンパンはアルプス山脈の向こう側、ずっと北だ。だから、ブドウ自体の味が違って、イタリアで作れば暖かいからブドウが完熟する。一方、シャンパーニュ地方で作れば、比較的酸っぱい」

なるほど、フランチャコルタとシャンパンは親戚みたいなものだけれど、ブドウのポテンシャルが違うわけだ。

「例えば、同じシャルドネで作ったフランチャコルタとシャンパンを飲み比べると、フランチャコルタはフルーティーでまろやか、甘みもある。一方、シャンパンは酸味が際立ち、甘みはほとんど感じらない。そのかわり、キリッと酸味が効いて、そのほうが好みの人もいる。イタリアでは、シャンパンを飲むときはフルート・グラス(細身のグラス)を使う。その方が、ワインが口の奥まで一気に入り、酸味と炭酸の爽やかさを喉で感じられる。一方、イタリア産のスパークリングなら、大きめのバルーン・グラス(底の広い丸みのグラス)が常識さ。フランチャコルタのような豊かな味わいのワインなら、そのグラスをグルグル回して、わざと炭酸を飛ばして飲む人も多いんだよ」

それを聞いて納得だ。ヴェネツィアのバーカロでの、炭酸の抜けたフランチャコルタの体験が、実は理にかなっているものとわかり、私にもう迷いはなくなった。フランチャコルタを開けたときには思いっきりスワリングし(グラスを回すこと)、ボトルに残っても1日や2日は平気でそのまま保存して、ニュータイプの白ワインとして楽しんでいる。

そして最近では、「プロセッコ」のなかにもD.O.C.G.に昇格する銘柄が出てきた。2009年に認定されたコネリアーノ(Conegliano)地区とヴァルドッビアーディネ(Valdobbiadine)地区のプロセッコだ。これらも試してみたが、フランチャコルタと同じ飲み方ができると感心した。プロセッコはフランチャコルタとは異なる、シャルマー式という製法だ。作り方は違っても、やはりブドウはイタリア産だけあって、最上級地区の完熟したものを使っているから、ここまで品質の高いものはやはりベースの白ワインがしっかりしている。プロセッコでも「炭酸飛ばし」は行ける、とバンバン泡を立てていただいた。


※記事の情報は2017年6月7日時点のものです。
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