「イタリア中部地震」復興支援に一役買ったパスタとは?

2016年8月の「イタリア中部地震」で最大の被害を受けた地域アマトリーチェの復興に一役買ったパスタがあるのだそうです。今回の「イタリア家飲みコラム」では、そのパスタとパスタに合うワインをご紹介します。

ライター:京藤好男京藤好男
メインビジュアル:「イタリア中部地震」復興支援に一役買ったパスタとは?

カリフォルニア・ワインを襲った災害

先日、心痛むニュースが飛び込んできた。アメリカのカリフォルニア州で原野火災が発生し、現地のブドウ畑やワイナリーにも火の手が及び「将来を見通せない状況だ」というのだ。特に被害の大きかったナパ郡とソノマ郡は高級ワインの産地として知られる。今回は、それらの地域を含む約1860平方メートル以上が焼け、7000近い建物が焼失。その被災範囲は東京23区の1.4倍に相当するとも伝えられている(朝日新聞10月20日の記事より)。

ワイン好きならば、カリフォルニア・ワインと聞けば、まず「ナパ・バレー(ナパ渓谷)」を思い浮かべるのではないか。カリフォルニア・ワインの高いクオリティーを世界に知らしめたのは間違いなく、このナパ郡のワインだ。特に「オーパス・ワン(Opus one)」の名は、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。フランスのボルドーワインを、広大なアメリカの地で実現しようという壮大な発想のもと、フィリップ・ド・ロッチルト男爵とロバート・モンダヴィが極めた高級ワインである。パリで行われたブラインド・テイスティングにおいて、名だたるフランス・ワインを抑えての優勝は、今も語り草である。そして、その隣の「ソノマ・バレー」もワインを語るには外せない。ソノマ郡はカリフォルニア・ワイン発祥の地として知られ、1850年頃からワイン用ブドウの栽培とワインの生産がこの地で始まったとされる。いわば、カリフォルア・ワインの聖地だ。今回、そんな伝統あるワインの産地が、ことごとく壊滅的な被害にあった。現在も深刻な状況は続くが、無事の復興をお祈りする。

震災からの復興を助けたラツィオ伝統のパスタ

さて、自然災害による被害は、イタリアにもある。記憶に新しいものでは、2016年8月に起きたイタリア中部地震だ。ウンブリア、マルケ、ラツィオの3州を巻き込んだこの震災は、290名以上の死者を出す惨事となった。このとき、最大の被害を受けた地域にアマトリーチェという小さな町がある。首都ローマと同じライツィオ州に属するこの町は、その名が料理名にもなっていることで有名だ。よくパスタの種類で「アマトリチャーナ」と呼ばれているが、イタリア語ではall’amatriciana[アッラマトリチャーナ]と表し、「アマトリーチェ風」を意味する。この震災の直後、大変ユニークな支援活動が起きた。その「アマトリーチェ風スパゲッティ」を各地の料理店が一斉に提供し、その収益の一部をアマトリーチェ復興のために寄付するというのだ。その動きは日本にも及び、私も都内の友人のイタリア料理店で、アマトリーチェ風スパゲッティをいただき支援させていただいた。「パスタを食べて被災地支援」とは、イタリアらしい素敵なアイデアだった。

アマトリーチェ風スパゲッティのレシピ

さて、その「アマトリーチェ風スパゲッティ」とはどのような料理か。実は非常に簡単なレシピなので紹介しよう。

材料

  • スパゲッティ 320g
  • ホールトマト 400g
  • グアンチャーレ(豚頬肉の塩漬け) 150g
  • 白ワイン 50g
  • エキストラバージン・オリーブオイル 適量
  • 適量
  • 唐辛子 1本
  • 粉チーズ(ペコリーノ・ロマーノがよく合う) 75g

作り方

  • 鍋を火にかけ、パスタを茹でるためのお湯を沸かし始める。同時にグアンチャーレを1センチ幅に切り分けておく。
  • フライパンを弱火にかけ、オリーブオイルと唐辛子を入れる。温まったところでグアンチャーレを投入し、一緒に炒める。
  • グアンチャーレの脂身が溶け出し、透明になったら白ワインをまわしかける。
  • 火を強めにして水分を飛ばしながら、グアンチャーレをカリカリにする。
  • そこで一旦、グアンチャーレを取り出し、別の皿によけておく。
  • 脂身が溶け出したフライパンに、トマトを潰しながら入れて火を通す。(トマトの汁も入れること)
  • トマトに火が通ったら、唐辛子を取り出し、塩少々を加えて味を整える。
  • フライパンのトマトソースにグアンチャーレを戻し、よく混ぜ合わせる。
  • 茹で上がったスパゲッティをトマトソースと絡め、最後に粉チーズをかけて出来上がり。
日本ではよく、これに玉ねぎやニンニクを加えたものがあるが、本場ではあまりお目にかからない。あくまでも、グアンチャーレとトマトだけが具のシンプル・パスタなのだ。ポイントはグアンチャーレを使うこと。もちろん、日本の一般的なスーパーなどでは手に入らないので、パンチェッタやベーコンでも代用は可能だが、グアンチャーレの豊富な脂身が溶け出したソースは、なんとも香ばしく、濃厚で、ほかの材料では代わりがきかない。通販などで手に入れば、ぜひグアンチャーレで作ってみてほしい。

アマトリーチェ風スパゲッティに合うラツィオ名物の白ワイン

その震災の後、このスパゲッティのほかに、その地域のワインも義援金の対象にする料理店が増え始めた。アマトリーチェ風スパゲッティと一緒にラツィオ産のワインを頼むと、2重に援助ができるというわけだ。そのとき、イタリア人が好んで注文したのが、次のワインだ。

Frascati [フラスカーティ]

ラツィオの白ワインといえば、真っ先に頭に浮かぶ地元の大衆ワインである。かつては量より質で、あまり評価の高くないワインであったが、最近は洗練され、2011年以降、D.O.C.G.の認定を受ける銘柄も出ている。「フラスカーティ」とは地名であり、ブドウは土着品種のブレンドだ。主力はマルヴァジーア・ビアンカ・ディ・カンディア種(Marvasia bianca di Candia)とマルヴァジーア・デル・ラツィオ種(Marvasia del Lazio)。「マルヴァジーア」はギリシャ原産で、ヴェネツィア共和国時代の商人がもたらしたブドウとして知られるが、今やイタリアの北から南まで、どこでも栽培されるメジャー品種である。ワインのフラスカーティは現在、最低でもこの2種だけで70%使用することが義務づけられている。比較的ボディがあり、果実味と酸味が強めのカンディア種に、個性は乏しいが混醸するとマイルド感を高めてくれるデル・ラツィオ種は非常に相性がよく、爽やかでキレの良い辛口に仕上がる。

さて、イタリアでは「同じ産地の料理とワインを合わせる」のが食の基本であるが、それに習うと、アマトリーチェ風スパゲッティとフラスカーティは「テッパンの組み合わせ」だ。グアンチャーレの脂の甘みと塩気、さらにトマトの程よい酸味が絡まったパスタに、フルーティーなフラスカーティは静かなハーモニーを奏で、「永久に食べられます」的な、質素ながら温もりある味を創り出してくれる。アマトリーチェ風スパゲッティは元々、山岳地帯の貧しい羊飼いたちの料理だった。震災という困難に見舞われながらも、古くから先祖たちが馴染んだ料理と、大衆の心を癒し続けたワインをこの機会に味わうことで、多くのイタリア人が原点に戻る契機になったのではないか、と私は想像していた。


※記事の情報は2017年11月21日時点のものです。
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