野草チャンプルーと泡盛《ソラノミダイアリー ホーボージュンのほろ酔い放浪記⑨》

今日も日本と世界のどこかで「空飲み」。アウトドアライターのホーボージュンが綴る酒と放浪の日々。沖縄の洞窟に足止めされたホーボージュン、地元のオバアの教えで浜の野草に詳しくなる。

ライター:HOBOJUNHOBOJUN
メインビジュアル:野草チャンプルーと泡盛《ソラノミダイアリー ホーボージュンのほろ酔い放浪記⑨》

沖縄の美ら海で、オバアと出会った。

沖縄を旅してきた。シーカヤックという海のカヌーにキャンプ道具一式を積み込み、野宿をしながら海を漕ぎ回ってきたのだ。

これは『フィールドライフ』* というアウトドア雑誌の連載企画で、もう10年間も続けている。北は北海道から南は沖縄まで訪れた海域は30カ所以上。ほとんどが海だが、時には川や湖も漕ぐ。巨大魚イトウを釣り上げるべく、北海道の手塩川を漕ぎ下ったり、作家の野田知佑さんに憧れて犬連れで四万十川を下ったりもした。毎回スリリングな旅になるので僕はこの企画を毎回楽しみにしている。

そのいっぽうで自然まかせの旅だから思い通りにいかないことも多い。特に海は天候の影響を受けやすく、波やウネリが大きくなったり、少しでも風が強まると前に進めなくなる。エンジン付きの船舶と違い、シーカヤックはおのれの腕力がすべて。小さな無理が大事故へと繋がるからぜったいに無理はできない。

かくして海に出られず、浜で「停滞」を余儀なくされることも多い。今回の沖縄の旅もそうだった。沖縄本島北部の本部半島(美ら海水族館のあるところだ)の北側にある今帰仁村にいる時に低気圧に捕まり、3日間も足止めを喰らった。オバアに会ったのはそんな停滞の最中だった。
沖縄の美ら海で、オバアと出会った
「オニイサン、ここで何してるの?」

そう声をかけられたのは砂浜で流木を拾っている時だった。そろそろ焚き火を熾して夕飯の仕度にかかろうと思ったのである。

「カヤックで海を旅してるんですけど、波が高くて出られなくなっちゃて、昨日からあそこの洞窟で野宿してるんですよ」

「あらあら!」

おばあは洞窟に張ったテントと潮まみれの僕を見て目を丸くしている。まるでキジムナーでも見つけたような顔だった。

「でも今夜から暴風雨になるって、村内放送で言ってたわよ」

「そうなんですよ。だから今のうちに薪拾いしとこうかと思って」

オバアは今日は海岸まで薬草を摘みに来ていた。入院中の旦那さんに届けるためだという。

「ニイサンはなにか食べるものあるの?」

もしなければ何か持ってきてあげるよと気遣ってくれる。地方を旅しているといつもこうやって地元の人がなにかと声をかけてくれる。ほんとうにありがたい話だった。

「大丈夫です。ポーク缶と島豆腐があるから、今夜は豆腐チャンプルーでも作ろうと思ってます」

ポーク缶というのは「スパム」とか「ランチョンミート」とか呼ばれる豚肉の缶詰めのことだ。ソーセージの中味をそのまま缶詰めにした軍用のレーションで、在日米軍によって広められ、いまや沖縄の家庭では欠かせない食材になっている。日持ちがするので僕らもキャンプによく使う。普段食べるには塩分がキツ過ぎるし、脂もギトギトだが、カラダを使う人力旅にはこれぐらいがちょうどいいのだ。

「でも野菜がなにもないんだよなあ」

僕のつぶやきを聞いたオバアは、にっこりと笑うこう言った。

「チャンプルーの野菜ならいくらでもあるでしょ」

「え? どこに?」

「ニイサンの足元に、いーっぱい」

それがタエさんとの出会いだった。
沖縄の美ら海で、オバアと出会った

ビーチ全体がサラダバーに見えてきた。

タエさんはこの近くで沖縄そばのお店をしていて、店で出す料理や薬味に使うため、よくこの海岸に野草を摘みにくるという。パッとあたりを見渡すと僕のすぐ足元にあった野草を摘んで目の前に差し出した。

「これはツルナ。ちょっと食べてみなさい」

肉厚の葉の柔らかそうな部分をつまみ、おそるおそる口に入れる。すると口のなかにフワッと新鮮な香りが広がり、噛んでみるととても優しい味がした。

「ん?うまい!」

思わず声が出る。想像していたような青臭さやえぐみはまったくなく、ほんのりした甘さがあった。それはまるで浜辺のカフェレストランにでてくるルッコラのサラダのようだった

「真ん中の若い葉は柔らかいから生のまま食べられる。沖縄では味噌汁の具や炒めものなど、いろんな料理に使うのよ」
ツルナと二ガナと島とうふ
僕は砂浜にしゃがんだままワシワシとツルナを食べた。まるで カピバラにでもなった気分だ。

「そしてあれがニガナ」

タエさんが指さした先には黄色いタンポポのような花を付けたひょろっとした草が生えていた。

「とっても苦いけど栄養があるの。沖縄では胃薬がわりにも使われていてね、飲み過ぎたり食べ過ぎたりしたときにはこれを食べるととってもスッキリするのよ」

差し出された葉っぱを食べてみると、ジワッとした苦みが舌の奥に広がった。でもそれは吐き出すような苦さではなく、いかにも滋養のありそうな味だった。

「火を通せばこの苦みも減るから、油で炒めるといいよ。花ごと食べられるからゴーヤの代わりにチャンプルーに入れなさい」

タエさんは他にも浜辺に生えている野草の名前と食べ方をあれこれ教えてくれた。天ぷらにすると美味しいというクサトベラ、砂浜を這うように生えているニンブトゥカー(スベリヒユ)、独特のぬめりが美味しいツルムラサキ、サヤエンドウのような実を付けるカラスノエンドウ……。このあたりの砂浜ではどこにでも群生していいるグンバイヒルガオの花も天ぷらにすると美味しいそうだ。タエさんのレクチャーは僕にはとても新鮮だった。
チャンプルー
こうして「食べる」という目で見るとまわりの景色が一変して見えた。今やビーチ全体がサラダバーのように感じられる。そうか、そうなんだよな。もともと俺たちニンゲンはこうした野生の植物を食べていたんだよ。なのに今や「野菜は畑でとれるもの」と思ってしまっている。俺はついさっきまで野菜不足を嘆いていたけど、それは自分の目が曇っていただけ。自然のことを知らなかっただけ……。僕は自分の無知を恥じた。

「あんまり雨がひどくなったらウチにいらっしゃいね。ボロ屋だけど洞窟よりはマシだから」

タエさんそういって家の場所を教えてくれた。僕はお礼をいうと両手一杯の野草を抱えて洞窟に戻った。

教わった通り、ツルナは塩とオリーブオイルを振ってサラダにし、ニガナは豆腐チャンプルーに入れた。クセのないツルナは食卓に鮮やかな緑を加えてくれたし、ニガナの苦みはじんわりと僕の心に染み渡った。

チャンプルーをつまみに、僕は泡盛の水割りを飲んだ。村の酒屋で買った泡盛だ。小瓶に張られた可愛いラベルには『泡盛』とだけ書いてある。このすぐ近くの酒蔵で作られている安酒だそうで、酒屋のオジイは「かねやま」と呼んでいた。

かねやまはすっきりした味だったが、穀物香の奥に甘い香りがあり僕には美味しかった。スパムの塩気とニガナの苦みと泡盛の甘味が溶けあい、僕をとてもシアワセな気分にさせた。雨は次第に強くなり、エメラルドグリーンのちゅら海は暗闇の中でゴウゴウと鳴っていた。しかし洞窟の中は穏やかで暖かった。まるで地球の子宮に抱かれているような気がした。

野草を囓り、泡盛を飲む。

雨を眺め、海を想った。

今日は海には出られなかったが、自分は今いい旅をしているんだなあと、僕は思った。もし明日雨が上がったらタエさんの家にお礼に行こう。シーカヤックで釣りをして、もし魚が釣れたらそれをお土産に持って行こう。そんなことを考えた。

 
シーカヤック
【註】
* フィールドライフ:
この旅の模様は全国のアウトドアショップで無料配布中のフリーペーパー『フィールドライフ春号』で読めます。ぜひお手に取ってみて下さい。

カヤック&ドローン撮影・山田真人


※記事の情報は2018年6月7日時点のものです。
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