どぶろく最前線③ イタリアで日本酒をつくるために
この夏、イタリアで酒蔵を起業する夢を抱く若者が、博多に醸造所「LIBROM」を構えました。酒蔵での修業後、「どぶろく」等を製造できる「その他の醸造酒」製造免許でのスタートアップです。代表の柳生光人氏に展望をお聞きしました。
アイデア実現のために即行動
柳生 はい。大学二年の時に海外に一年間住んで日本の文化の素晴らしさを実感したのですが、同時に日本の社会を生きづらいと感じている自分に気づきました。子供のころからサッカー一筋で、欧州、特にイタリアにとても憧れていたので、海外で仕事をするならイタリアでやりたい、何か日本の文化を発信する仕事をできないだろうかと考えました。そしてイタリアで米が栽培されていることを知って、向こうで酒蔵をつくって清酒を広めるビジネスアイデアが浮かびました。
――もともと酒に関心があったのですか?
柳生 いいえ。私はほとんど飲めなくて、まったく関心はありませんでした。でも、酒蔵で修業を続けていくうちにその奥深さに魅了されました。
柳生 そうですよね。でも、絶対にこれをやるしかないと思って、大学四年の夏に新谷酒造さん(山口市)を訪ねて、卒業したら酒づくりを勉強させて欲しいとお願いしました。すると見習いとして卒業前に蔵に来なさいと言ってくださったんです。すでに卒業に必要な単位は取り終わっていてゼミの卒論を残すだけだったので、教授に相談すると単位はあげるから行きなさいと。すぐに東京のアパートを引き払って新谷酒造さんで四ヶ月間修行して、卒業したら来なさいと言ってもらえました。
――その後ですか、名杜氏の農口尚彦さんのところへ行ったのは。
柳生 新谷酒造さんでお世話になって一年ほど経った時に、農口さんが蔵人を募集していると聞きました。ダメもとで応募すると、採用していただけて農口尚彦研究所(小松市)で三年間勉強させてもらいました。
――勉強になりましたか?
柳生 学ぶところは多かったです。農口さんはあのお歳で(今年90歳)で若い蔵人と同じように働きます。インフルエンザに罹った時もわずか二日で現場に復帰して、皆が寝ていてくださいと言っても「麹と醪を見るから寝ていられん」と、酒づくりにほんとうに命を懸けていました。
また、お客様をとても大事にされます。予約制で見学を受け入れていたのですが、休業日に県外から予約なしでお客様がいらっしゃった。私が事情を説明してお断りしたところ、たまたま居合わせた農口さんは規則はわかるが遠くからお越しになった方を断るなんていかんと、ひどく叱られました。どなたにも敬語で話されますし、技術的な面はもちろん、人として学ぶことが大きかったです。
清酒に花・ハーブ・フルーツ
柳生 最初は天神とか有名な繁華街を探したのですが家賃が高くて手が出ませんでした。醸造所を併設して料飲店もやるには20坪は欲しいところで、ここは23坪なんですけれど、機械設備もあるので路面店に絞ると、繁華街から離れた物件になっていきました。
よさそうな物件があっても飲食店はダメとか、醸造所は難しいとか、なかなかまとまりません。ここも飲食店はダメという話でしたが、若い人のチャレンジを応援しようとオーナーさんが(飲食店の)営業をOKしてくれて決めることができました。
この界隈は4~5年前からこだわりのある飲食店の出店が続いています。古くからの住宅地で高級住宅街もあって、鮨屋や日本料理店、名店で修行した方のレストランなどができて、最近は、大人が酒を楽しむ町です。実はそんなことも知らなかったのですが、ワイン好きな女性をターゲットにイメージしていたので、ここにしてよかったと思います。
――女性がターゲットというのは、味も女性を意識しているということですか?
柳生 そうですね。私にとって日本酒は、最初はイタリアで起業するためのツールでしかありませんでした。アルコール度数が高くて臭い、おじさんの酒で選択肢になかった。それが業界に入って180度転換しました。日本酒を自分の酒ではないと思っている人にそんな経験を伝えたい。まずは女性で、女性が変われば男性は付いてくる。ボトルデザインも酒質もそのように考えて進めてきました。
――酒は3シリーズあるそうですね。
柳生 花とフルーツとハーブの3つです。花はおとなしいので日本酒に近く、ハーブは香りが強いのでわかりやすい。フルーツは果実感を重視しています。
――副原料は醪が発酵を終えた後に浸漬するのですか、それとも一緒に発酵させる?
柳生 途中で加えて発酵させています。副原料によってレシピは変えていて、一番動くのは麹です。酸の無いフルーツを使う時には酸味が欲しいので白麹を使うとかです。
使うのは福岡県産の旬の新鮮フルーツ
柳生 福岡県産の素材にこだわっていて、花とハーブは福津市の農家さんに分けてもらっています。有機無農薬でハーブを栽培していらして、今だとこういうものがあるよという感じで出してもらっています。
フルーツは旬のものを使うと決めています。この時期だったらマンゴーやパッションフルーツとかあるよね、でも福岡につくっている人がいるのかなという感じで探して、訪ねて行ってお話をお聞きして、お互いに納得したうえでフルーツを分けてもらえれば製造に入る、という流れです。
――農家さんも予定した出荷先があると思います。そこに割り込んで分けてもらうのは難しいのでは?
柳生 僕らが使うのは加工用なので、形が悪かったりサイズが合わなかったりして市場に出せないものでいいんです。断られることも多いですけれどそういうところも楽しくて、反対に農家さんに喜んでもらえることもあります。
――フルーツは原料米に対してどれくらいの割合で加えるのでしょうか?
柳生 だいたい2割です。総米100kgに対してフルーツが20㎏。農家さんに収穫スケジュールを確認して、その日に取りに行き、摘みたてのフレッシュなものをすぐに仕込みます。収穫日に合わせて作業計画を立てますが、フルーツは天候に左右されて収量もスケジュールも不安定、それに醪を合わせなければならないのが難しいところです。
――いまタンクはいくつお使いですか?
柳生 300リッター4本です。最初、3本だったのをローテーションが厳しくなって1本増やしました。搾りの日がここだから、タンクを空けておかなきゃと考えて予定を組みますが、ここにフルーツが入ってくるのでこんがらがります。
イタリアでの製造を前提に低精白にチャレンジ
柳生 麹用の米は山田錦の等外米を68%精米したものを業者から調達しています。掛け米用は玄米で仕入れ、自分たちでコイン精米所に持って行って92~93%にします。
――イタリアで清酒をつくる時にはコイン精米レベルでつくることになるのでは?
柳生 そう考えて低精白の米で麹をつくってみたのですが、麴が米の中に入って行きませんでした。掛け米が低精白だとしっかりした麴を使わないと米が溶けず味も出ません。
――温度を上げても溶けませんか?
柳生 上げれば溶けますが雑味が出て来るので、その兼ね合いを考えて麹米は68%にしました。それから最近、糖化力の強い麹に変えてみたら米がよく溶けて味が乗りました。
――なるほど麹にも改善の余地がありそうですね。酵母はきょうかい酵母ですか?
柳生 ええ、きょうかい9号を使っています。
――搾りはどこで?
柳生 あの小さい槽で搾ります。一度に160リットルしか搾れないので、1本のタンクの醪を2回に分けています。
――タンクも圧搾器も麹室も小さくて、人手と時間がずいぶんかかっているのですね。
柳生 なので、今、500mlを2500円にしていますが、これでもギリギリです。もっと高くしたいのですが3000円になると動きが鈍い。スタートした時は3250円だったのですがリピートが少なかった。2500円だとリピートもあって、いまのところ一番いい感じです。
広報体制を確立して好転
柳生 金融機関から調達しました。補助金はコロナ対策費に回されて使えませんでした。
――それは厳しかったですね。でも、お話をうかがっていると順調なご様子です。
柳生 最初はどうなるかと思いましたが、少しずつ回り始めたように感じます。まだ、軌道に乗ったとは言えませんが……。
よかったと思うのは、自分がイベントに出て商品や自分たちのことをアピールできる体制をつくったことです。最初は酒づくりも店もすべてを二人で回していたので、ずっとここに張り付かなければなりませんでした。今は料理人を雇い、ホールの担当者をつけたので、外に出られるようになった。昨日も京都で酒イベントに出たのですが、いろいろな人にLIBROMというブランドやクラフトサケが認知されてきている印象を受けました。
――輸出用の清酒製造免許は考えない?
柳生 今は考えていません。イタリアで清酒をつくることが目的なので。
――もし、清酒の製造免許がとれていたら清酒で始めましたか?
柳生 はい。実はその他の醸造酒をやり出したばかりの頃は抵抗がありました。花を副原料に使ったのも、味や香りが弱く、清酒に近いものができるからで、ハーブやフルーツは考えていませんでした。でも、清酒で始めていたら安くておいしい酒がたくさんあるので、500mlで2500円では難しかったと思います。今はフルーツやハーブ感をしっかり出したほうが、お客さんはワクワクするのだと感じています。
――イタリアも南から北まで長いです。酒蔵はどの辺につくりますか。
柳生 軟水のあるミラノとか北のほうでやりたいです。ここでやってみて、街中のブルーパブスタイルもおもしろいと思っています。
――近い将来、イタリアに酒蔵をつくれるといいですね。
(2022年7月12日 於LIBROM 聞き手:山田聡昭・酒文化研究所)
※記事の情報は2022年11月17日時点のものです。
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