ビールの美味しさを逃がさない注ぎ方とは? キーワードは「味変」「泡なし」「発泡抜け」
ちょっとしたコツで美味しくも不味くもなってしまう家飲みビール。専門家に美味しく飲むコツを教わりました。
この方にお聞きしました
福島 茶坊主 寿巳(ふくしま ちゃぼうず ひさし)さん
ビアアーティスト・ビアゼネラリスト。 クラフトビールの導入サポートなど飲食店の運営をサポート。 日本全国各地にて美味しいビールの注ぎ方のワークショップを開催。 ビール注ぎのプロ「ビアアーティスト」の育成に力を入れている。 株式会社SOUJU (http://souju-sic.com/)
なぜ「茶坊主注ぎ」を考え始めたのか
飲食業界で長く働いていて、ビールと言えば最初は大手メーカーの樽詰めのビールをいわゆる「ビールの液7 : 泡3」で提供していました。その後クラフトビール専門店で働くことになり、泡なしで提供する方法を知り、その方法も身に付けました。しかしある日、他のスタッフが同様に泡なしで注いだビールを飲んでみたら、美味しくない…。
僕は毎日、すべてのビールの状態を味見してチェックしてから開店、つまり何か問題が起きて美味しくなかったらそのビールは提供しないようにしていたので、ついさっき出せると判断したビールが美味しくないなんてあり得ないはずでした。もう一度自分で注いで飲んでみたら、美味しい。注ぎ方で味が変わってしまうと気付いた瞬間でした。 その後、注ぎ方の他、二酸化炭素の圧力や、グラスの選び方などすべてを見直して、今の提供の仕方に至ったんです。
さらに、クラフトビール専門店の次に働いたカフェでは、樽詰めのクラフトビールではなく、瓶・缶を扱いました。そこで樽とは違う、瓶・缶の注ぎ方を研究できたんです。そうして得た方法をある日、居酒屋でアサヒビールのスーパードライの瓶でもやってみたら…、なんと甘く感じる味わいになったんです。今回はそれと同じく、スーパードライの缶と瓶を例に説明したいと思います。
おすすめする泡なしビールは、ラーメンで言えば、ラーメン店のテーブルの上に乗っているさまざまな調味料を入れて「味変(あじへん)」する前の状態だと思ってもらえればいいでしょう。まずは味変前の状態で味わう。後は好みで、次回から変えたければ変えればいいんです。味変前のビールを知らずして、自分の好みに近づける味変はできないからです。
1. ビールを買うときの注意点
聞き手による補足:要冷蔵が多い小規模ブルワリーの製品は、大手メーカーのものほど回転率が高くはないことが多いので、冷蔵されているものを買うのが無難だろう。
2. ビールを保存するときの注意点
まずお店から買ってきた場合、それがどのように保存されてきたのかは分かりません。「触って冷たければいいのでは」と思うかもしれませんが、容器が先に冷えて、中身が十分冷えるにはさらに時間がかかるので、飲みごろであるかが分かりません。 また買ってきても、届けてもらっても、ビールは揺らされます。その状態で開けると、缶ならば泡がモコモコと上がってきます。何度も見たことがあるでしょう。溶けていた二酸化炭素が振動によって外に出てしまい、意図せず「気の抜けた」状態になってしまいます。 冷蔵庫で一日置けば、揺らされて出た二酸化炭素は、またビールの中に戻ります。そうした缶を開けても、中で発酵しているなど特殊な銘柄でない限り、泡がモコモコと上がってくることはありません。 同じ銘柄を2、3本買ってきて、1本はすぐ飲んで、その他は十分に冷蔵保存してから飲むのもいいでしょう。違いがはっきりと分かります。
冷蔵庫の中での置き方にも注意点があります。飲みごろの温度を意識してか、冷蔵室より少し温度が高い野菜室がいいという話があります。しかし引き出すタイプが多く、そうするとまた揺らされて意図せず発泡が抜けるので、おすすめしません。それにビールを冷蔵庫から取り出してグラスに注ぎ終わるまでに温度が上がっていくので、飲みたい温度よりも低めで保存するのがいいでしょう。揺れるという意味ではドアポケットもいけません。 だから、静置できる冷蔵室が最適です。さらに重要なのは、横にしないで立てて置いておくことです。横にして転がってしまうと、また発泡が抜けてしまいますし、転がらなかったとしても飲むときに取り出して立てる際、結局揺れてしまいます。100円ショップで売っているような、瓶・缶の飲み物を置けるラックに立てておくと、完璧です。
もうお分かりかと思いますが、冷蔵庫から取り出す際は「慎重にそーっと」なのです。
冷蔵庫としてワインセラーを使う手もあります。温度を分けて保存できる機種があったり、一般的な冷蔵庫より振動が少なくて発泡をより保てたりする利点があります。酵母入りの銘柄を保存する際は、沈殿物が舞い上がりづらくていいですね。ただやはり立てて置いた方がいいので、中の仕切りを変えられる機種にしましょう。
聞き手による補足:冷蔵庫を新調する際は、冷蔵室に330ミリリットルの瓶を立てて置けるものにするといいだろう。
3. グラスの選び方
形状は、後述する注ぎ方にも関連してきますが、注ぐときに意図しない発泡の抜けが起きないように、輪郭が直線で、下に向かってすぼまっているものをおすすめしています。すぼまりがないと、ビールが底に当たるときの角度が垂直になって衝撃が強くなって、また「意図しない発泡の抜け」の原因になります。 具体的な形状としては、アメリカン(US)パイントグラス(上の写真参照)というものです。これがかなり広く使えるのでおすすめしています。
ただしヴァイツェンというビアスタイルはヴァイツェングラス、上が丸くて下に向かってくびれている形のものをおすすめしています。 脚付きのグラスを使って、脚の付け根を持って飲むと、あごが上がって舌の奥に早めにビールが届き、エグ味や酸味を感じやすくなります。アメリカンパイントグラスは自然と上の方を持つことによりビールが舌の真ん中に最初に当たるようになるので、どんな味わいの特徴を持つビアスタイルにも使いやすいでしょう。
聞き手による補足:グラスを持つ位置によって味わい方が変わることについて。「舌の上で味を感知する味蕾(みらい)一つひとつで基本五味(うま味、苦味、甘味、塩味、酸味)すべてを感知できるので、舌の特定の部分で特定の味を強く感じることはない」という話をたまに目にするが、一つの味蕾での基本五味の感じ方が全く同じであるという研究結果はないので、不確かな推論である。現に、舌の先の方では甘味を、奥の方では苦味を強く感じるというのは筆者の経験に合う。
4. グラスの洗い方
そして洗剤を付けて洗うのですが、スポンジをグラスの形に合わせて動かすのではなく、スポンジを持つ手は動かさず、グラスを回したり左右に動かしたりして洗いましょう。こうすると、グラスにひびや欠けがあったときに引っかかって気付きやすくなります。 また目の粗いスポンジを使うと、特に薄いグラスでは目立った傷が付くので、避けましょう。食洗機は振動が起きて、他の洗っているものとぶつかって破損することがあるので、おすすめしません。
洗い終わったら、水切り台に逆さまに置いて、「余分な」水分を切ります。グラスの内側に付いた適度な水滴は、目には見えないが実はでこぼこしているグラスの内側を平らにする効果をもたらしてくれます。だから、グラスは注ぐ直前には内側が適度に濡れている方がよく、グラスを洗うのは飲む直前がいいんです。水を切る際に布の上に置いたり、布巾などで拭いたりしないようにしてください。グラスに布巾の匂いが付着したり、細かな繊維が残ったりして、発泡が飛ぶ原因にもなります。
聞き手による補足:使い終わったグラスはもちろんすぐに洗って、次に使うときに水ですすいで内側を濡らすのもいいかもしれない。しかし筆者の経験上、グラスが乾いてから時間がたつと、すすいでも落ちきらないほこりが付くのか、そこにビールを注ぐと内側に気泡がついて意図せず発泡が抜けてしまうことが多い。この意味でも、飲む前にもグラスを洗浄するのが有効だ。
5. 缶を開ける
そしてプルタブを少し開けて中の気体が抜けたら、10秒ほど置いておきます。プルタブを開けるときの音は、冷蔵庫に静置しておいたものならば、よく聞く「プシュ!」ではなく「シュ…」という控え目な音のはずです。
その後、プルタブを全開にしてビールを注いでいきます。 このように2段階に分けて開けるのは、プルタブを開けるときの内圧と外圧の変化でビールの液面をすくいあげてしまうことで、炭酸が抜けるのを防ぐためです。
瓶の場合はなるべく静かに開栓して、10秒ほど置いておいてから注ぎましょう。
聞き手による補足:まずプルタブの周りを拭くことに、飲食業界で働くプロぶりを感じた。「念のため」の意識が結果的に素晴らしい提供につながるのだと。
6.ビールの注ぎ方
もっと具体的には、ビールをグラスの内側にらせん状にはわせるように静かに出していって、注がれていくビールが渦を巻くかたちです。 なぜ渦を巻くといいのか。らせん状ではなく、直線的に注いでいく方が、よく「混ざる」んです。コーヒーに砂糖を溶かすとき、スプーンでぐるぐるかき混ぜるのではなく、前後に動かす方がよく混ざって、早く溶けます。それと同様で、渦を巻くように注いだ方がかき混ざらないので、発泡が抜けづらいんです。
缶の中身を全部注ぎ切ってもいいのですが、少し残しておくのも面白いですよ。そうすると、最初に注いだ泡立ったビール、泡なしのビール、缶に残ったビールの3種類ができることになります。飲み比べてみてください。僕は泡なしをおすすめしていますが、どれがいいかは最終的には皆さんの好み。
「泡なしであれば、缶からそのままがいいのではないか」と思うかもしれませんが、飲むたびにあの狭い口を通すことになるので、口に運ぶたびにそこにビールがぶつかって発泡が抜けていくことになります。 さらに言えば、「かき混ぜ」による意図しない発泡の抜けが起きる注ぎ足しはNGというわけです。
聞き手による補足:缶より瓶の方が口がすぼまっているので、グラスの中に突っ込めて、ビールの出方を制御しやすく、「渦巻き」をつくりやすい。まずは瓶で訓練していくといいだろう。そして泡なしビールの味わいの特徴は、まずグラスを鼻に近づけても、泡ありビールと比べると香りが弱い。しかし口に含めば、ビールが舌に当たって味がするのと同時に溶けていた二酸化炭素が弾けて、香りが口経由で鼻に至る。つまり、味と香りが同時に立体的に脳に届く。これが、香りは香り、味は味として楽しむのとは違う、泡なしビールの魅力だ。
動画で見る「基本のビールの注ぎ方」
茶:僕の考え方は、
【造り手】は美味しいビールを造る義務があり、
【飲み手】は美味しいビールを飲む権利があり、
【注ぎ手】は美味しいビールを注ぐ責務がある、
と考えています。
今回お話した方法が、皆さんそれぞれの「美味しい」に役立てば幸いです。まずは下の動画でぜひ、「渦巻くビール」をご覧ください。
今夜の家飲みから、ぜひトライしてみてください。
ビールにまつわる素朴な疑問を茶坊主さんに聞いてみた!
Q:スタイル専用グラスは使うべき?
茶:こだわりの飲み方として使っていただくのはいいかと思いますが、いろいろなグラスで飲んでみるのも新しい発見があって面白いですよ。マグカップやシャンパングラスなんかで味の違いを楽しんでみたり。
Q:泡はいらない?
茶:スタイルによっては泡があった方がいいものもあります。
たとえばヴァイツェン。味わいがしっかりしたものの場合は泡を立てた方が最後の一口まで飲み飽きないで楽しめると思います。すっきり系の場合は、泡なしの方が最後まで美味しく楽しめます。
泡なしの「茶坊主注ぎ」は、いわば缶や瓶の中身をそのままグラスに移すイメージなので、それを基本と考えて、ご自身でいろいろな泡の立て方や注ぎ方をアレンジしてみてください。
Q:プラカップでも美味しく飲む方法は?
茶:プラカップは匂いやホコリなどが付着していたり、ガラス製のものと同様に表面の凹凸があるので、ビールを注ぐ前にカップの内側を水ですすぐことをおすすめします。
聞き手:長谷川小二郎
※記事の情報は2018年9月5日時点のものです。
- 1現在のページ