【不屈のアイリッシュウイスキー】その特徴と歴史、おすすめ銘柄

一説では“ウイスキーの元祖”とも言われているアイリッシュウイスキー。長らくスコッチ人気の陰に隠れていましたが、ここ数年でクラフト蒸留所が次々に誕生するなどかつての栄光を取り戻そうとしています。そんなアイリッシュウイスキーの特徴、栄枯盛衰の物語、代表的な銘柄や今飲むべきおすすめの1本まで幅広くご紹介します。

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アイリッシュウイスキーとは?

アイリッシュウイスキーとは、アイルランドおよび英国の構成国の1つである北アイルランドで造られるウイスキーのこと。

アイルランドといえば、世界的に有名な黒ビール「ギネスビール」が生まれた国としても有名です。またアイルランド人の暮らしに欠かせないのが「パブ」で、どんなに小さな村にも1軒はパブがあり、人々がウイスキーやビール片手に語り合う社交の場としての機能を果たしています。
パブ

そんな酒をこよなく愛する国民性の中から生まれたアイリッシュウイスキー。「Irish Whiskey Act, 1980」第1条では、次のように定義されています。

  • 穀物を原料とする
  • 麦芽の酵素によって糖化、酵母の働きで発酵させる
  • アイルランド、もしくは北アイルランドで醸造(糖化/発酵)、蒸留、熟成をする
  • 木製樽で3年以上熟成する
  • アルコール度数94.8度未満で蒸留する

アイリッシュウイスキーの特徴は?

アイリッシュウィスキー蒸留所
アイリッシュウイスキーの特徴を語るときによく引き合いに出されるのが、お隣の国スコットランドで造られるスコッチウイスキーです。

スコッチウイスキーが大麦麦芽(大麦を発芽させたもの)を原料とするのに対し、アイリッシュウイスキーは大麦麦芽に未発芽の大麦などを混ぜたものを原料とするのが一般的です。

この大麦の風味を最大限に引き出すために、ほとんどのアイリッシュウイスキーが単式蒸留機で3回蒸留を行います。蒸留を重ねることで、滑らかで繊細な口当たりになるのです。一方スコッチウイスキーは2回蒸留が主流です。

また、スコッチウイスキーは大麦麦芽を乾燥させるときにピート(泥炭)の煙で燻すため独特のスモーキーフレーバーがついていますが、アイリッシュウイスキーは基本的にピートを使わないため、大麦本来のやさしい香りと華やかな味わいが楽しめるのが特徴です。

このようにアイリッシュウイスキーは軽やかでマイルドな飲み口のものが多く、ウイスキーを飲み慣れない方にも好まれる傾向にあります。

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アイリッシュウイスキーの種類は?

アイリッシュウイスキーは原料や製法の違いにより大きく4つに分けられます。

①ポットスチルウイスキー
アイルランドのみで造られている伝統的なウイスキー。大麦麦芽に未発芽の大麦やオート麦などを混ぜて単式蒸留機で3回蒸留、樽で熟成させたもの。1800年代に導入された「麦芽税」による税負担の増加を避けるために、麦芽の代わりに未発芽の大麦を使うようになったことから生まれた製法。
【主要銘柄】レッドブレスト、グリーンスポット

②モルトウイスキー
原料に大麦麦芽のみを使用し、単式蒸留機で2~3回蒸留したもの。”シングル”と付くと、一つの蒸留所で造られた原酒のみを使ったものを指します。
【主要銘柄】カネマラ、ブッシュミルズ シングルモルト

③グレーンウイスキー
トウモロコシなど様々な穀物を使用し、連続式蒸留機で蒸留したもの。クセが少なくマイルドな口当たりのものが多く「サイレントスピリッツ」と呼ばれることも。
【主要銘柄】ティーリング シングルグレーン、キルベガン シングルグレーン

④ブレンデッドウイスキー
ポットスチルウイスキーやモルトウイスキー、グレーンウイスキーの原酒をブレンドしたもの。
【主要銘柄】ジェムソン、タラモアデュー

アイルランドこそがウイスキー発祥の地?

アイルランド風景
「スコッチウイスキーとは?」の記事でも触れたとおり、ウイスキーの起源についてはいまだはっきりしたことがわかっていません。けれど、アイルランドの人々が“アイルランドこそウイスキー発祥の地”と信じて疑わないのには理由があります。

1つは、ウイスキーの名前の由来がゲール語で「生命の水」という意味の「ウシュクベーハー(Uisge-beatha)」を語源としたものと言われているから。ゲール語とは、アイルランド人やスコットランド人の祖先であるゲール族が使っていた言葉で、今でもアイルランドではゲール語が憲法で第一公用語に規定されています。

さらに、1171年にイングランドのヘンリー2世の兵がアイルランドに侵攻した際、帰還した兵が「アイルランド人がオスケバウを飲んでいる」という報告をもたらしたとされています。「この“オスケバウ”とはウイスキーのことを指しているに違いない」というのがアイリッシュウイスキー愛好家の見立て。しかし実際のところ報告書にはこの飲み物の特徴までは書かれていないので、私たちが知るウイスキーがこの時代からアイルランドで飲まれていた、と断定することはできません。

アイルランドのウイスキー発祥説は定かではないものの、長い歴史がアイルランド人のウイスキー造りに対する誇りやアイリッシュウイスキーの品質の高さを築き上げてきたことは確かです。

18世紀に入ると世界でもアイリッシュウイスキーの評判が高まり、ロシアのピョートル大帝も「世界のあらゆる酒のなかでアイリッシュのスピリッツがべストだ」と絶賛。19世紀半ばのヴィクトリア朝時代にはアイルランド全土で約160もの蒸留所がフル稼働し、アイリッシュウイスキーは世界に広がる大英帝国の植民地やアメリカでも人気となりました。

アイリッシュウイスキーの衰退と復活の兆し

一時はスコッチウイスキーを凌ぐ生産量を誇り、世界中で愛飲されていたアイリッシュウイスキーですが、19世紀後半になるとその勢いは徐々に衰退していきます。

その最大の要因となったのが、生産性の高い「パテントスチル(連続式蒸留機)」の誕生です。遅れをとっていたスコッチウイスキー業界が、パテントスチルで蒸留したグレーン原料のウイスキーとポットスチル(単式蒸留機)ウイスキーを混ぜて「ブレンデッド」という全く新しいウイスキーを生み出したことで状況が一変したのです。
パテントスチル
連続式蒸留機は単式蒸留機よりも高効率にアルコール生成できる
皮肉なことに、このパテントスチルを生み出したのはアイルランドのイーニアス・コフィ―。当然コフィーは最初にアイルランドでパテントスチルの売り込みを行ったのですが、アイルランドの蒸留業者は「こんな風味の乏しいものはウイスキーじゃない」と一蹴。そこでスコットランドに渡って営業活動を行ったところ、ローランド地方の業者がこの新しい蒸留機に目を付けました。そうして1853年、スコットランドで世界初のブレンデッドウイスキーが誕生。人気はスコットランド国内だけにとどまらず、アイリッシュウイスキーを飲み慣れていた世界中の人々が、この安価で口当たりまろやかなブレンデッドウイスキーに魅了されたのです。

その後追い打ちをかけるようにアイルランドの独立戦争やアメリカの禁酒法、第二次世界大戦などの影響を受け、アイリッシュウイスキーはすっかり世界の表舞台から消えてしまいました。

時代の波に揉まれ、1975年にはブッシュミルズ蒸留所とミドルトン蒸留所のわずか2か所にまで蒸留所の数が激減したアイリッシュウイスキー。けれど1987年頃から少しずつ風向きが変わり始めます。ジョン・ティーリングという実業家がアイリッシュウイスキーの復興をかけてクーリー蒸留所を設立。「ティコネル」という本格派のシングルモルトウイスキーや、アイリッシュウイスキーでは初めてピートでモルトを乾燥させてスモーキーフレーバーをつけた「カネマラ」を送り出すなど、本来のアイリッシュにはない個性的なウイスキーを次々と打ち出していったのです。
クーリー蒸留所
かつて工業用アルコールを生産していた工場をジョン・ティーリング氏が2000万円で買い取り、1987年にクーリー蒸留所としてオープン。画像はWhiksy.comより引用
さらに2010年代に入ると世界的なクラフトウイスキーブームが到来。アイルランドでも小規模な蒸留所が次々に誕生し、現在では50軒近くにまで増加。このアイリッシュウイスキーの快進撃に、世界中のウイスキーファンが再び熱視線を送っているのです。

アイリッシュウイスキーの飲み方は?

ウイスキーを注ぐ
アイルランドを舞台にした名作映画といえば、ジョン・フォード監督の『静かなる男』。そのなかにアイルランド人のウイスキーの飲み方に対するこだわりがうかがえるシーンがあります。お節介で酒好きの老人ミケリーンが、「もったいないから水割りで飲んで」と言うヒロイン・メアリーに対して「ウイスキーはウイスキーだけで、水は水だけで飲むよ」と言い返すのです。このミケリーンのように、アイルランド人がウイスキーを飲むときは基本的にストレートあるいは水を加えてもほんの数滴程度。水割りにしたり、氷を入れたりはしないそうです。

また、アイルランドのパブではウイスキーのチェイサーとしてギネスビールが飲まれることも珍しくないといいます。芳醇なアイリッシュウイスキーを大切に味わいながら、合間にクリーミーなギネスをぐいと飲む。至福のひとときでしょう。

一方、クセが強すぎず軽やかな口当たりのものが多いアイリッシュウイスキーは、さまざまなカクテルにも使われます。とりわけ有名なのが「アイリッシュコーヒー」です。
アイリッシュコーヒー
アイルランドの空港で寒い中飛行機を待つ旅客ために生まれたこのホットカクテル。レシピは店によってまちまちですが、コーヒーに少量のアイリッシュウイスキーを入れて生クリームを浮かべるのが基本のスタイルです。

アイリッシュウイスキーのおすすめ銘柄は?

さまざまな紆余曲折を経て、近年再び活気づいてきたアイリッシュウイスキー。ここでは長く険しい歴史を潜り抜けてきた名酒から、今飲むべき注目の銘柄までご紹介しましょう。

■IRISH WHISKEY①

ジェムソン スタンダード
【蒸留所】ミドルトン蒸留所
【タイプ】ブレンデッドウイスキー
ジェムソンは1780年から続くブランドで、今も世界で一番売れているアイリッシュウイスキーとして知られています。ピートを使わず、大麦、モルト、グレーンの3つを原料とし、3回蒸留によって造られる豊かな香味とスムースな味わいが特徴です。「ジェムソン スタンダード」は香ばしく、まろやかな香りでなめらかな口当たり。微かなシェリー香も感じ取れます。

■IRISH WHISKEY②
 
タラモアデュー
【蒸留所】タラモア蒸留所
【タイプ】ブレンデッドウイスキー
こちらもアイリッシュウイスキーを代表する名ブランド。もともと1829年にアイルランド中部の街・タラモアに設立された旧タラモア蒸留所で生産されていたウイスキーで、後に経営者ダニエル・E・ウィリアムスが自分の名前の頭文字DEWを添え“タラモアの露”という名前にしました。原料大麦の穏やかな風味が効いていて、すっきりとした味わいです。

■IRISH WHISKEY③
 
ブッシュミルズ シングルモルト 12年
【蒸留所】ブッシュミルズ蒸留所
【タイプ】シングルモルトウイスキー
ブッシュミルズ蒸留所は、1608年創業とも言われるアイリッシュウイスキー最古の蒸留所のひとつです。伝統的な3回蒸留を行い、モルト原料には100%アイルランド産のノンピート麦芽を使用。軽やかでスムースな口当たりを実現しながら、モルトの味わいがしっかりと感じられるのが特徴です。

■IRISH WHISKEY④
 
レッドブレスト 12年
【蒸留所】ミドルトン蒸留所
【タイプ】ポットスチルウイスキー
“レッドブレスト”とはコマドリの赤い胸のことで、シェリー樽での熟成によりウイスキーが赤みを帯びることにちなんでいるそう。大麦麦芽と未発芽大麦の両方を使い、伝統的な銅製のポットスチルで3回蒸留を行うなど、昔ながらの製法を守って造られるシングルポットスチルウイスキーです。豊かな風味と複雑さが絶妙なバランスで、香ばしい木の香りが感じられます。

■IRISH WHISKEY⑤

カネマラ

【蒸留所】クーリー蒸留所
【タイプ】シングルモルトウイスキー
「カネマラ」とは、かつてピート(泥炭)の採掘場所でもあったアイルランド西部の街の名前。“アイリッシュの革命児”と呼ばれるジョン・ティーリング氏が手掛けたウイスキーです。未発芽大麦を使用せずピートを焚いて麦芽乾燥、2回蒸留というスコッチのモルトウイスキーと同じ製法を採ったアイリッシュウイスキーでは珍しいピーテッド・シングルモルト。

■IRISH WHISKEY⑥

ティーリング シングルポットスチル

【蒸留所】ティーリング蒸留所
【タイプ】ポットスチルウイスキー
ジョン・ティーリング氏の息子たちが2015年に開業した「ティーリング蒸留所」で蒸留された初のウイスキー。大麦麦芽と未発芽大麦を原料に3回蒸留し、バージンオーク樽、ワイン樽、バーボン樽で熟成したものをブレンドしたシングルポットスチルウイスキーです。ハイビスカスの花、ミツバチの巣、白ブドウを思わせる香りに、ライチや焼き立てのビスケットのような味わい。

***

アイリッシュウイスキーの味わいには、スコッチウイスキーとはまた違う、ほっとするようなやさしさや華やかさがあります。今また見直されつつあるその魅力に、ぜひ触れてみてください。

<参考文献・サイト>
・『ウイスキーはアイリッシュ ケルトの名酒を訪ねて』武部好伸 著/淡交社
・『ウイスキーの歴史』ケビン・R・コザー 著/原書房
・『ウイスキー・ウーマン―バーボン、スコッチ、アイリッシュ・ウイスキーと女性たちの知られざる歴史』フレッド・ミニック 著/明石書店
LEON『「アイリッシュウイスキー」ってどんなお酒だか言えますか?』


※記事の情報は2022年7月13日時点のものです。
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