歩いて楽しむ酒①「シャルトリューズ」~アルプスの麓の修道院でつくられるリキュール~

世界中のオーセンティックなバーには必ず並ぶ名酒の蒸溜所を訪ねたときの模様をレポートします。

メインビジュアル:歩いて楽しむ酒①「シャルトリューズ」~アルプスの麓の修道院でつくられるリキュール~

 

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「シャルトリューズ」をご存知でしょうか?
透明なボトルにグリーンの液色が美しく映える、フランス産のリキュールです。もともとリキュールは修道院などで薬用酒として発達しました。それが薬学の発達とともに「薬」としての役割方解き放たれると、おいしさや美しさを求めるようになります。こうした流れに拍車をかけることになったのが、1800年代後半に欧州のワイン産地が壊滅的な打撃を受けたフィロキセラ禍です。新大陸から入り込んだフィロキセラという害虫がブドウをことごとくダメにしてしまい、ワインやブランデーの供給が滞ります。この時に「カンパリ」のようなリキュールや、スコッチウイスキーが欧州でポピュラーな酒になっていきます。「シャルトリューズ」も例外ではありませんでしたが、今もなお秘伝のレシピに基づき修道士がつくっています。今回は2012年秋に「シャルトリューズ」の蒸溜所を訪ねた時のことをレポートします。

最寄駅はアルプスの麓ヴォワロン(VOIRON)

「シャルトリューズ」をつくる蒸溜所は、フランスの南東部ローヌ・アルプ地域圏の小さな町「ヴォワロン(VOIRON)」にあります。アルプスの麓、かつて冬季オリンピックが開催されたグルノーブルから約40kmほどで、11月初旬は雪こそありませんでしたが、朝夕はかなり冷え込みを感じました。
ヴォワロンの駅舎
こじんまりとして、かわいらしいヴォワロンの駅舎
ヴォワロンの景色
遠くの山は雪化粧。緯度は低いが冷涼な気候
シャルトリューズ
「シャルトリューズ」はこんなお酒。世界中のオーセンティックなバーには必ず並ぶ名酒。グリーンの「ヴェール」はアルコール度数55度、黄色の「ジョーヌ」は40度
駅には観光案内も地図もありませんでしたが、あらかじめプリントしておいたグーグルの地図を見ながら5分も歩くと、すぐにそれらしい建物が目に入りました。グリーンに白抜きで「CHARTOREUES」と書かれています。近づくと社屋は広い庭のある教会のようです。もともとは山の上の方にあるグランド・シャルトリューズ修道院でつくられていましたが、今は街に工場を移し、製造担当の修道士が常駐しています。
シャルトリューズの蒸溜所
駅前の通りを道なりに歩いていくとすぐに見つかった
シャルトリューズの蒸溜所
手入れされた庭を囲むように建物が配置されている
シャルトリューズの蒸溜所
蒸溜所のロビーにはグランド・シャルトリューズ修道院の模型が鎮座

ボタニカルの肝は「シナモン」「スターアニス」「バニラ」

リキュールは梅酒と同じようにベースになる蒸溜酒にボタニカル(ハーブやスパイス)を浸漬してエキス分を抽出し、それを蒸溜して香気成分を取り出してつくります。ここまではジンとよく似ていますが、蒸溜液を樽で熟成させたり、糖分を加えて甘味をつけたり、独自の配合でブレンドしたりして味わいをまとめます。

「シャルトリューズ」にはたくさんのボタニカルが使われていますが、なかでも3大ボタニカルとされているのが「シナモン」「スターアニス」「バニラ」です。受付ロビーから無料で見学できる資料館へと進むと、『シャルトリューズ』だけでなく酒や蒸溜の歴史が順序立てて説明されていました。素材として使われるボタニカルは、欧州がアフリカやアジア、新大陸と貿易範囲が広がるとともに新しいものが次々に取り入れられ、レシピは洗練を重ねていきました。
製造工程のパネルとボタニカルの素材
パネルで製造工程を示したうえ、ボタニカル素材を公開していたのには驚いた
ボタニカルの素材
展示では使用するボタニカルを手にとれるようになっている
シナモン
三大ボタニカルのひとつ「シナモン」(肉桂)。古代エジプトでミイラの防腐剤としてつかわれたという
スターアニス
「スターアニス」は八角ともいわれ中華料理でも使われる
バニラ
中央アメリカが原産という「バニラ」。「シャルトリューズ」の味わいに欠かせない

修道僧に伝わる秘伝のレシピ

秘伝のレシピに基づいて修道僧によってつくられている「シャルトリューズ」は、昔の製造の様子を見るとまさに薬酒としてつくられていたのだとわかります。展示されているリアルな模型は、ハリーポッターに出てきそうな魔法薬を調合しているようです。使用するボタニカルを公開しても、何をどれくらいの割合で使うのか、ベースのスピリッツに漬け込む時間、再蒸留する温度や使用する蒸溜器、できた蒸溜液のブレンドや貯蔵熟成の方法は門外不出です。
銅製の釜は蒸溜器。長い鼻のように伸びた部分から蒸溜液が流れ出る
銅製の釜は蒸溜器。長い鼻のように伸びた部分から蒸溜液が流れ出る
手作業でつくっていた頃の製造現場。大量のボタニカルが積みあげられている
手作業でつくっていた頃の製造現場。大量のボタニカルが積みあげられている

世界一長いリキュールの地下貯蔵庫

この蒸溜所でもうひとつの見どころは、リキュールの貯蔵庫としては世界最長といわれる地下の貯蔵庫です。定期的に見学ツアーが開催されており、製造を担当する修道士たちが案内してくれます。階段を下りて重そうな扉を開けると、人の背丈を超えるほどの大きな樽が並んだ貯蔵庫が奥へと伸びていました。長さは164mとききましたが、肉眼では突き当りが見えません。
右手の蒸溜器は銅製。左奥に見える新しい蒸溜器はステンレス製で一般品の製造に使用する
右手の蒸溜器は銅製。左奥に見える新しい蒸溜器はステンレス製で一般品の製造に使用する
樽の大きさは成人男性の背丈の2倍はある
樽の大きさは成人男性の背丈の2倍はある
ガイドの修道士の説明を聞きながら歩くこと10分、ようやく貯蔵庫を抜けると目の前に銅製の小ぶりな蒸溜器が現れました。昔はこの蒸溜器で製造していたそうですが、現在は一般品にはもっと効率のいい新型の蒸溜器を主に使っており、これを使うのは特別な限定品をつくる時だけとのこと。
右手の蒸溜器は銅製。左奥に見える新しい蒸溜器はステンレス製で一般品の製造に使用する
右手の蒸溜器は銅製。左奥に見える新しい蒸溜器はステンレス製で一般品の製造に使用する
ボタニカルを浸漬したスピリッツを、再度蒸留して香気成分を取り出す工程を示したパネル
ボタニカルを浸漬したスピリッツを、再度蒸留して香気成分を取り出す工程を示したパネル

奥深いアルプス周辺の蒸溜酒文化

「シャルトリューズ」をつくるローヌ・アルプ地域圏ではアブサンもよく飲まれます。酒屋さんの店頭にはワインと並んで、薬草系のリキュールやアブサンが並んでいます。ボタニカルが強く香る独特の味わいは、慣れないという方が多いのですが、一線を超えると病み付きになってしまう不思議な魅力があります。

アブサンの本場としてはフランスのポンタルリエ (Pontarlier)が知られています。北イタリアでもアルプスに近い地域や、南部ドイツ、オーストリア西部など、スイスを囲む一帯は蒸溜酒づくりが盛んです。放っておけばすぐに失せてしまうボタニカルやフルーツの香りを、蒸溜することで長くとどめておこうとした、蒸溜の本質的な意味を感じられる地域です。

日本でも俄かにクラフトジンに注目が集まっています。ジンはオランダで生まれロンドンを経て広く飲まれるようになったスピリッツです。そこに通底するのがアルプス周辺の魅惑のリキュールであり、ぜひ、一度試して欲しい酒たちです。
ヴォワロンに近いシャンベリー(Chambéry)の街の酒屋さんのショーウィンドウには『シャルトリューズ』にアブサンが並んでいた
ヴォワロンに近いシャンベリー(Chambéry)の街の酒屋さんのショーウィンドウには『シャルトリューズ』にアブサンが並んでいた

おすすめカクテルは「アラスカ」と「サンジェルマン」

最後に『シャルトリューズ』のおすすめの飲み方を。 ソーダ割りやトニックウォーターで割っておいしく飲めますが、私のお気に入りはジンとシャルトリューズ(ジョーヌという黄色い方。グリーンのものよりアルコール度数が低い)を2対1でシェイクするだけの「アラスカ」です。アルコール度数が高いので気を付けてお召し上がりください。

そしてレモンやグレープフルーツの果汁と卵白を加えてシェイクする「サンジェルマン」。卵白が入るので酔いがゆっくり回るような気がします。
「アラスカ」はジンベースのシンプルなカクテル。うまいがキツイので要注意
「アラスカ」はジンベースのシンプルなカクテル。うまいがキツイので要注意
「サンジェルマン」は卵白を使う。カクテルに卵を使うことを意外に感じるかもしれないが、とてもおいしい
「サンジェルマン」は卵白を使う。カクテルに卵を使うことを意外に感じるかもしれないが、とてもおいしい
※記事の情報は2018年9月13日時点のものです。
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