日本ワインの礎マスカット・ベーリーA~川上善兵衛の夢を継ぐ者たち①

注目度は高まるばかりの「日本ワイン」。日本独自のブドウ品種「マスカット・ベーリーA」が農村を豊かにするブドウと言われる理由は?

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盛り上がる日本ワイン

日本のワインの消費量は36.4万KL(2017年)。ポリフェノールの健康効果が話題となり赤ワインが一大ブームとなった20年前の約1.5倍に伸長し、酒類全体に占める割合も4.3%まで高まりました。輸入ワインが国内の流通量の7割弱を占め主流ではありますが、近年は日本ワイン(国産ブドウを原料として国内で醸造・瓶詰めしたワイン)が注目されています。北海度や長野をはじめ全国各地に新しいワイナリーが次々に誕生し、「日本ワイン」という呼称が法律で定義されました。ボリュームはまだ国内で流通するワインの4.1%しかないものの、GI山梨やGI北海道など地理的表示制度を整え、ワインの本場EUに輸出する際にも表示できるようになった産地も出ています。
日本ワイン祭り
日本ワイン祭り
日本ワインの人気は年々高まっている。4月12日~14日に日比谷公園で開催された「日本ワイン祭り」は、ポカポカ陽気の好天に恵まれ大勢の人が来場した

日本ワインを特徴づけるマスカット・ベーリーA種

日本独自のブドウ品種では白ワイン用では甲州種が、赤ワイン用ではマスカット・ベーリーA種がOIV(国際ブドウ・ワイン機構)に品種登録され、欧州でも品種を表示できるようになりました。マスカット・ベーリーA種は岩の原葡萄園(新潟県上越市)を創業し、日本のワインブドウの父と言われる川上善兵衛氏が生涯をかけて交雑したブドウです。

日本ワインの品質向上を目指して2003年にスタートした日本ワインコンクール(Japan Wine Competition)は、今年で17回目、最大かつ唯一の日本ワインのコンテストです。日本ワイナリー協会や日本ソムリエ協会、各県のワイン酒造組合などで構成する実行委員会が主催し、昨年は12の部門に787点が出品されました。

このコンテストの出品数を部門毎に見ると、日本ワインを特徴づけるのがマスカット・ベーリーA種であることがわかります。出品数がもっとも多い部門はシャルドネ種やソーヴィニョン・ブラン種など欧州系のブドウを使った白ワインの部門で147点ですが、マスカット・ベーリーA種のワインが対象となる国内改良等品種の赤ワイン部門は142点と肩を並べています。そしてこの部門で入賞した59点のうち、主としてマスカット・ベーリーA種を使っているワインは49点、およそ8割を占めています。日本ワイン、特に赤ワインはこの品種を抜きに語れません。
日本ワインコンクール2018年出品と入賞状況
国内改良品種の赤の部門に出品されたワインのほとんどがマスカット・ベーリーA種
また、同じく日本の固有種としてOIVに登録されている甲州種は136点が出品されています。この品種の特徴は95%以上が山梨で栽培されている点で、マスカット・ベーリーA種が全国で広く栽培されている(山梨58%、山形16%、長野7%、その他19%)のと対照的です(国内製造ワインの現況2017年年度調査分 国税庁)。

目指したのは農村を豊かにするブドウ

岩の原葡萄園は新潟県西部に位置する上越高田(上越市)にあります。地勢的には長野や富山に近い豪雪地帯、今も冬場の積雪は1mをゆうに超えます。米どころとして知られる新潟ですが、「潟」という地名が示すように元は低湿地で、治水や灌漑の技術が未発達だった頃はたびたび洪水に襲われ、米を収穫できない年も珍しくありませんでした。
岩の原葡萄園地図
岩の原葡萄園のある越後高田は日本海に面した豪雪地帯だ
川上善兵衛はここで1868年(明治元年)に生まれます。川上家は自宅から10数キロ離れた海岸まで他人の土地を歩かずに行けると言われた大地主でした。実父が夭逝し7歳で家督を継ぐこととなった善兵衛は祖父のもとで育ちます。この頃、小作人の子供たちの貧しい暮らしを知り、裕福な自身とのギャップを考えるようになったと言われます。

善兵衛は祖父と親交のあった勝海舟の元に足しげく通い海外の情報を得ます。そして次第にワインに関心を寄せていきます。農耕に向かない荒れた土地でブドウを栽培しワインをつくって販売すれば小作人たちの暮らしを豊かにできる、ブドウから酒をつくれば米を食料に回せると考えたのです。そして1890年に岩の原葡萄園を開園します。
岩の原葡萄園ゲストハウス
岩の原葡萄園のゲストハウス。試飲カウンターを備えたショップとレストラン(冬季は休業)を備える
現本社屋は創業者である川上善兵衛の住居のあった場所に立つ
現本社屋は創業者である川上善兵衛の住居のあった場所に立つ
川上善兵衛の胸像
ワイナリーの入り口には川上善兵衛の胸像

リーズナブルでおいしい『深雪花』

しかし、上越高田はけっしてブドウ栽培の適地ではありませんでした。年間降水量はボルドーの2倍もあり、輸入した苗木はうまく育ちません。苗木の購入、畑の開墾、醸造棟の建設等の巨額投資が嵩み、田畑を失い家屋は抵当に入るなど苦難の道をたどります。
岩の原葡萄園
岩の原葡萄園は礫岩質の山の斜面につくられ、すそ野は粘土質の田圃が広がっている。降水量が多く欧州系ブドウ品種の栽培は困難を極めた
そんな窮地を救ったのが『赤玉ポートワイン(現在の赤玉スイートワイン)』を製造・販売する寿屋(現サントリー)の創業者鳥井信治郎です。引き合わせたのは上越高田出身で醸造学の権威、坂口謹一郎博士。ワインに人生をかけた善兵衛に、ウイスキーづくりに挑む自身を重ねたのか、信治郎は全面的な支援を約束し、善兵衛はブドウの研究に没頭します。生涯にブドウを10,311回交雑し、多湿な日本で栽培しやすく、ワイン醸造に向いていて、かつ収量の多い優良22品種を発表しました。そのひとつがマスカット・ベーリーA種です。

こうして「日本のワインブドウの父」と呼ばれるようになった善兵衛ですが、農村を豊かにするという当初の目的を忘れることはありませんでした。全国からブドウ栽培やワインづくりの助言を求めて訪れる人々を受け入れ、求められるままに苗木を提供しました。今、青森から熊本までマスカット・ベーリーAが栽培されているのはそのためです。
ワイン樽
山形県南陽市の大浦葡萄酒。セラーには樽でマスカット・ベーリーA種のワインが熟成中だった。このブドウは全国各地で栽培されている
開発から80年足らず、近年の良質な日本ワインを求める機運の高まりとともに、マスカット・ベーリーA種は栽培方法に工夫が重ねられ、醸造の前に選果(健全なブドウの粒だけを選り分ける作業)を徹底するなどした結果、2007年に日本ワインコンクールで金賞を受賞します。このあとのマスカット・ベーリーA種の品質の向上は著しく、日本独自の品種のワインとして親しまれています。
深雪花
『深雪花』(赤)はマスカット・ベーリーA種主体。2017年のビンテージは日本ワインコンクールで銀賞を受賞した。2000円前後の価格帯のワインが受賞するのは稀だ
深雪花
『深雪花』は赤・白・ロゼをラインナップ

※記事の情報は2019年4月18日時点のものです。

  

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