日本ワインを訪ねる山梨旅 ~「日本ワインの歴史展」とサントリー登美の丘ワイナリー~

ブドウの生産量日本一、ワインの国内生産量も3割を占める”ワイン県やまなし”。好評開催中の「日本ワインの歴史展」、昨秋にリニューアルしたサントリー登美の丘ワイナリーを訪ねました。

メインビジュアル:日本ワインを訪ねる山梨旅 ~「日本ワインの歴史展」とサントリー登美の丘ワイナリー~

国を豊かにすることを夢見たワインづくり

「日本ワイン歴史展(於:笛吹川フルーツ公園くだもの館/山梨市)」を訪ねると、山裾までブドウ畑が広がるスケッチ画が目に留まりました。ワインを輸出して国を富ませることを夢見た桂二郎が描いた、甲府盆地のブドウ畑のグランドデザインです。

欧州には世界遺産に認定されたブドウ畑がいくつもありますが、よく手入れされた畑が山や丘一面に広がる様子は自然と人間の調和を感じさせます。彼は甲府だけでなく、日本各地にこうした景色をつくろうと思い描いていたのでしょう。
桂二郎が描いた甲府盆地の葡萄畑のグランドデザイン
桂二郎が描いた甲府盆地の葡萄畑のグランドデザイン。後に桂は大日本麦酒の社長を務めた
この画は桂が著した『葡萄栽培新書』(明治15年)の挿絵に使われました。ドイツでワインづくりを学んだ桂は、明治12年に帰国するとそのまま山梨に向かい、設立されたばかりの県立葡萄酒醸造所に赴任します。そこでアメリカでワインづくりを経験した大藤松五郎と、ワイン産業を興そうと尽力しました。
山梨県立葡萄酒醸造所跡から発掘された葡萄圧搾機の土台
山梨県立葡萄酒醸造所跡から発掘された葡萄圧搾機の土台
展示には、日本ワイン産業の草創期に活躍した人々の相関図があります。横幅は5メートルを超えるほどの大きなものです。ほぼ中央にいる桂の隣には、山梨県令としてワイン産業をリードした藤村紫朗、左側には大久保利通や日本を代表するブドウ品種マスカット・ベーリーA種を交配した川上善兵衛、「赤玉ポートワイン」でワイン消費の裾野を広げた鳥井信治郎の名前もあります。彼らは欧米で大量に消費され高値で取引されているワインに着目し、ワインを輸出して国を富ませようと考えたのでした。
日本ワイン産業の草創期に活躍した人々の相関図➀
日本ワイン産業の草創期に活躍した人々の相関図➁
日本ワイン産業の草創期に活躍した人々の相関図③
日本ワイン産業の草創期に活躍した人々の相関図④
明治期の日本ワインの功労者相関図。留学経験者など欧米のワイン事情を知る人たちが、日本でのワイン産業の育成を図ったことがわかる。

日本の風土に合ったブドウづくりへの課題

ワイン産業を育てるために課題はいくつもありましたが、高温多湿で雨の多い日本の気候に合ったブドウ品種の探求はそのひとつでした。

明治3年には北海道開拓使がブドウの試験園を開設し西洋品種を試し、明治10年に兵庫県の三田育種場にパリから持ち帰った100種類ものブドウを植えます。民間では明治13年に勝沼で高野積成が興業社を興して西洋品種に取り組み、愛知県の盛田久左衛門が欧州種のブドウ畑を開墾、明治15年には弘前の藤田葡萄園がピノ・ノワール種を導入しています。

明治18年頃にはワイン用ブドウ栽培がブーム化し、西洋ブドウの栽培家は全国に945人を数えましたが、同年5月に三田育種場で害虫のフィロキセラが発見され、耐性のない欧州種は全滅してしまいました。
笛吹川フルーツ公園
笛吹川フルーツ公園は、山梨県産品ショップやアスレチックなどを備えた人気のテーマパーク
このような厳しい状況下で川上善兵衛は、明治23年に新潟に岩の原葡萄園を開きました。彼はブドウ栽培の研究を重ね、明治41年に『葡萄提要』を著し、そのなかでフィロキセラ対策に多くのページを割いています。

この後でメンデルの遺伝の法則を知り、川上はブドウの交配を繰り返します。うどん粉病やベト病などの病気とフィロキセラなどの虫害に強いブドウ、さらに収穫量が多くワインづくりに向く品種を求め、昭和6年、3986(サンキューパーロク)回目の交配で誕生したのがマスカット・ベーリーA種でした。後にこのブドウは各地の栽培農家やワイナリーに提供され、日本を代表する赤ワイン用の品種となっていきます。
マスカット・ベーリーA種の系譜図
マスカット・ベーリーA種の系譜図。北米系品種が強い印象があるが欧州品種73%

白ワイン用品種では山梨や大阪で栽培されてきた甲州種です。欧州のブドウがアジアに伝わる途中、中国南方に自生する棘ブドウと自然交配し、15世紀以降に日本に伝わりました。欧州系ながら日本の気候に適応し、長く栽培されてきました。

甲州種の白ワインは海外でも高く評価されています。近年は栽培農家の高齢化が進み、高品質の甲州種が確保しにくくなるなか、山梨ではワイナリーと農家、行政が連携して栽培の拡大を図っています。
甲州種のルーツを探る展示
甲州種のルーツを探る展示。DNA解析で甲州種は欧州品種の割合が71.5%と判明

欧州品種への再挑戦

川上が交配した品種の栽培を進め、後に欧州系品種に再挑戦する舞台となったのは現在のサントリーの登美の丘ワイナリーです。明治42年に登美村の官営地の払い下げを受けてつくられた農園は、ドイツ人の醸造家の指導で本格的なワイナリーの先駆けとなります。昭和11年に寿屋(現サントリー)が寿屋山梨農場として経営を引き継ぎ、昭和30年頃から途絶えていた欧州系ワイン用ブドウ品種の栽培を本格的に開始します。昭和45年頃からは北海道鶴沼、山形県上山、長野県桔梗が原等でも進められ、平成に入ると全国に拡大しました。  

近年は各地でワイナリーの開業が続いています。行政が果樹栽培農家の後継者としてワイナリーの開業希望者をサポートしている長野県や北海道では、急増といってもよいほどです。開業する方のほとんどがブドウからワインをつくり、有機無農薬での栽培に取り組む方も少なくありません。これまで日本で栽培されていなかったブドウ品種へのチャレンジもあり、日本に合ったブドウ品種や栽培方法の知見はどんどん蓄積されてきています。日本らしさがワインに現れる日が来るのは、それほど遠くないのかもしれません。

サントリー登美の丘ワイナリーがリニューアルオープン

昨年9月、サントリー登美の丘ワイナリーはリニューアルオープンしました。一新された施設は、ブドウ畑を起点としてワインづくりにかける思いが伝わるように工夫を凝らしたと言うとおり、ブドウ畑をゆっくり見て、いかに栽培を重視しているかを感じることができます。
サントリー登美の丘ワイナリーのリニューアルオープン
サントリー登美の丘ワイナリーのリニューアルオープンには、山梨県知事の長崎幸太郎氏や甲斐市長の保坂武氏も列席した
サントリー登美の丘ワイナリーの新しい看板
新しい看板には「SUNTORY FROM FARM 水と、土と、人と」というコンセプトが。あえて壁にせずすき間を作り、畑を見せている
ショップの前にある富士見テラスからは甲府盆地が一望でき、遠くに富士山を臨みます。階段を降りるとブドウ畑が広がり、そこでワインを楽しむこともできます。
サントリー登美の丘ワイナリーのショップ内にある長い試飲カウンター
ショップの長い試飲カウンター。このほかプリペイドカード式試飲サーバーで豊富なラインナップを楽しめる
サントリー登美の丘ワイナリーで販売されている「ワインのみらい」シリーズ
「ワインのみらい」シリーズ、甲州の古木だけでつくったワイン。つくり手がワクワクするワインという言葉に納得
ショップには新たに「フロム・ファーム」ブランドを冠して再編されたワインが「品種シリーズ」や「ワイナリーシリーズ」など群ごとにまとまっていました。そのなかで特に惹かれたのは「ワインのみらい」シリーズです。つくり手自身がワクワクするワインにトライしたもので、このショップと公式オンラインショップだけで販売されます。ウイスキーで人気のミズナラ樽で熟成させたワインや、甲州種の若木だけあるいは古木だけでつくったワイン、梓川のアロマチック品種のブドウだけのワインなど、ワイン好きが興味をそそられそうなテーマばかり、たいへん興味深いものでした。  

また、店内には長い試飲カウンターが設けられ、さまざまなワインを試せるほか、本格的にワインを味わいたい方には有料のテイスティングセミナーが用意されています。
サントリー登美の丘ワイナリーの5000円のテイスティングセミナー
5000円のテイスティングセミナー。登美の丘を代表する赤と白、塩尻ワイナリーの赤、貴腐ワインを飲み比べる
サントリー登美の丘ワイナリーの見学用ブドウ園
見学用ブドウ園はワインを片手に散策できる。甲州種やマスカット・ベーリーA種、カベルネ・ソーヴィニヨン種等を見られる(写真提供:サントリー)

サントリー登美の丘ワイナリーの持続的な成長へのチャレンジ

日本ワインは持続的な成長のために、今、二つの大きな課題を抱えています。

ひとつはブドウの栽培農家の高齢化、もうひとつは温暖化などの気候変動への対応です。登美の丘ワイナリーは、これらの課題に対しても積極的な取り組みをスタートさせていました。  

山梨県と連携して遊休農地等を活用した圃場の開発を進め、一人だけだった栽培を専門とするスタッフを9名に増やしました。そして、生産量が減少している甲州種を安定的に確保するために、自社&自社管理畑を拡大し、2030年には300トンの収量を目指す計画です。昨年の収穫量が35トンでしたから8.5倍、これは山梨県全体の生産量の約一割に相当します。
眺望台の足元には葡萄畑が広がり、遠くに山々のパノラマを楽しめる
眺望台の足元には葡萄畑が広がり、遠くに山々のパノラマを楽しめる
気候変動に対しては従来からの草生栽培(ブドウ畑の下草をはやしたままにして土壌を管理する手法)やブドウの搾りかすの堆肥化に加えて、山梨県が進める「やまなし4パーミル・イニシアチブ(土壌の炭素量を年に0.4%増やすことで大気中の二酸化炭素の増加分を相殺するという国際的な取り組み)」に参加し、剪定した枝を炭にして畑に戻し始めました。

また、温暖化によってブドウの収穫期に気温が下がらず色づきにくくなっているため、山梨大学と共同で、昨年から収穫期を遅らせる副梢栽培の実験に取り組んでいます。メルロ種で良好な結果が出たため、今年はシャルドネ種とカベルネ・ソーヴィニヨン種でも試し、実施面積を8倍に拡大したそうです。  

こうした新しい取り組みによって、日本ワインは持続的に成長していくに違いありません。
ブドウ畑
副梢栽培。通常、葡萄は主梢と予備の副梢を残して剪定するが、あえて途中で主梢をカットし収穫期を約40日遅らせる
《所在地》
笛吹川フルーツ公園
〒405-0043 山梨県山梨市江曽原1488 
TEL 0553-23-4101
笛吹川フルーツ公園HP

サントリー登美の丘ワイナリー
〒400-0103 山梨県甲斐市大垈2786 
TEL 0551-28-7311
サントリー登美の丘ワイナリーHP


※記事の情報は2023年8月3日時点のものです。

  

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