【東京島酒めぐり】八丈島に焼酎を飲みに行く

東京の南方286㎞の海上に浮かぶ常春の楽園・八丈島。この島で酒といえば焼酎です。異国情緒が漂う島の、麦麹とサツマイモで造る独自の焼酎を訪ねます。

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薩摩の流人が伝えた焼酎造り

空港に降り立つと、目の前に八丈富士がその雄大な姿を見せていました。1月だというのに緑豊かで、椰子の街路樹がそよいでいます。まずは島を見渡せる登龍峠展望台に向かいます。くねくねとした道を車で登ること20分、展望台から見下ろす島に平野はわずかで、稲作には向かなそう。正面に広がる太平洋の大海原に島影はなく、かつて流刑地とされたことも納得です。
空港には歓迎の大看板
空港には歓迎の大看板。羽田からわずか1時間で異国感が漂う
登龍峠展望台から島を見下ろす。大海原が広がり、ひょうたん型の島のくびれがわかる
登龍峠展望台から島を見下ろす。大海原が広がり、ひょうたん型の島のくびれがわかる
八丈島への流人でもっとも知られているのは宇喜多秀家でしょう。関ケ原の合戦で東軍に敗れ、この島で生涯を閉じました。流人は政治犯や僧侶が多かったとされ、先端の知識やさまざまな技術を島に伝えました。流人が島の文化や生活に大きな影響を与え、島民たちも流人を温かく迎えたと言われています。
宇喜田秀家の像
大河ドラマでお馴染み宇喜田秀家は八丈島に流された
焼酎を伝えたのも流人でした。

島津藩御用で代々回漕問屋を営んでいた丹宗庄右衛門は、1853年に密貿易の罪に問われ島に送られます。彼は島でサツマイモの栽培が盛んなことに着目、蒸留器など必要な資材を取り寄せ、芋焼酎造りを島に伝えました。それまで島では米はおろか粟や稗などの穀類はすべてたいへんな貴重品で、伊豆御代官所はたびたび禁酒令を出しました。何度も禁酒令が出ているということは、それでも濁酒を密造する人がいたということであり、酒が強く求められていた証でしょう。

庄右衛門の芋焼酎は、当時の島の暮らしぶりを記録した近藤富蔵の『八丈実記拠』に「米穀一ツブノ費ナク、五ヶ村二島ヲ習フテ農作家作ニ大益ヲ得タリ」と記されています。

八丈島ならではの芋と麦の焼酎

現在、全国に焼酎蔵は約360(単式蒸留焼酎免許場数)あり、伊豆諸島にある9つの蔵が「東京島酒」を名乗ります。そのうち4つが八丈島にあります。  

八丈島の焼酎の特徴のひとつは麦麹を使うことです。本格焼酎は、芋、麦、米などさまざまな主原料を使用しますが、澱粉を糖化する麹には伝統的に米を用いてきました。しかし、米が極めて貴重だった八丈島では、麹づくりに麦、それも軽量で島に運びやすかった押し麦を水で戻して使いました。麦麹の一次仕込みに蒸したサツマイモを掛けて二次仕込みに進み、単式蒸留器で一度だけ蒸留するのが八丈島の焼酎です。
空港のお土産物店にはたくさんの島焼酎が並ぶ
空港のお土産物店にはたくさんの島焼酎が並ぶ
もう一つの特徴は麦焼酎と芋焼酎をブレンドすることです。芋焼酎の主産地である南九州や、麦焼酎の大分では、芋焼酎と麦焼酎をミックスすることはまずありません。これには八丈島の食糧事情と農政が関係しています。

八丈島の芋栽培は食用が主目的で、その余剰で焼酎が造られていました。けれども芋からサトウキビや観葉植物などの換金作物への転換が図られ生産量が減少、焼酎の原料の供給が難しくなったのです。そこで登場したのが麦焼酎でした。徐々に減圧蒸留で飲みやすく仕上げた焼酎が浸透し、現在は、①麦麹の芋焼酎、②麦焼酎、①と②のブレンド焼酎の三つのタイプが造られています。  

ちなみに芋に代わって栽培されるようになったのは観葉植物のロベ(フェニックスロベレニー)です。今では国内で流通するロベのほとんどが八丈島産です。
八丈島といえばクサヤ。干物を特製のつけ汁で発酵させた保存食
八丈島といえばクサヤ。干物を特製のつけ汁で発酵させた保存食

八丈島産の三種の芋で造る 八丈島酒造

島のほぼ中央に位置する八丈島酒造は1915年創業で、八丈島で最も古い酒蔵です。訪ねるとちょうど麹を造っているところでした。

本格焼酎の麹造りは、まず回転式のドラムで麦を洗い、適度に水分を含ませて蒸します。ドラムの中で麹菌をまぶしたら、三角のテントのような屋根のある棚に移して広げ麹菌を繁殖させます。
八丈島酒造の焼酎は、蔵元自家製の島寿司や明日葉の天ぷら、クサヤのピザと合わせた
八丈島酒造の焼酎は、蔵元自家製の島寿司や明日葉の天ぷら、クサヤのピザと合わせた
製麹作業を披露する奥山武宰士さんは元Jリーガー
製麹作業を披露する奥山武宰士さんは元Jリーガー
この蔵は芋焼酎に特にこだわりが強く、原料芋はすべて八丈島産、契約栽培農家に作ってもらった白黄芋系、紫芋系、橙芋系の三タイプの芋を一度にすべて使うのが特徴です。こうすることでフルーティな香りが豊かな焼酎になるのだそうです。

この日は4つの商品を試しました。地元で人気の「八重椿」は麦焼酎主体で芋焼酎をブレンドしています。「島流し」は芋焼酎が主体でアルコール度数は35度、「一本釣り」は麦焼酎で、フラッグシップの「江戸酎」は麦麹に3種の芋を掛け、3年以上貯蔵熟成させています。  

これまで社長で杜氏の奥山喜満さんが一人で造りを守ってきましたが、元Jリーガーのご子息 武宰士さんが蔵に戻り、新しいステージを目指し歩み始めていました。
一次仕込みで麦麹を発酵させ二次仕込みで主原料の芋や麦を投入、本発酵に進む
一次仕込みで麦麹を発酵させ二次仕込みで主原料の芋や麦を投入、本発酵に進む
シャツの背中には「八重椿」「江戸酎」「一本釣り」「島流し」のロゴが躍る
シャツの背中には「八重椿」「江戸酎」「一本釣り」「島流し」のロゴが躍る

味の決め手は蒸留 八丈興発

翌日、「情け嶋」で知られる八丈興発を訪ねました。同社は島外にも積極的に出ています。およそ20年前の爆発的な焼酎ブームで、オリジナル性の強い八丈島の焼酎は脚光を浴び、島外に販路が拡大しました。

離島では原材料の調達にも、商品の出荷にも運賃がかかります。価格競争力はありませんが、趣味的な市場でなら十分にチャンスがあります。一方で、さまざまな酒が島に流入して島内の競争は激化、観光や島外の需要開拓に成長機会を求めざるを得なくなっていきました。
八丈興発の社屋
八丈興発の社屋。広々とした作業性の良い工場を併設する
東京島酒を名乗る伊豆七島の蔵は9蔵。そのうち4つは八丈島だ
東京島酒を名乗る伊豆七島の蔵は9蔵。そのうち4つは八丈島だ
高い蒸留技術と絶妙なブレンドで独自の味わいを出す八丈興発の焼酎
高い蒸留技術と絶妙なブレンドで独自の味わいを出す八丈興発の焼酎
観光需要はこれから着々と伸びるでしょう。東京からアクセスしやすいうえ、マリンスポーツや釣りの好スポットが豊富、さらに島のあちこちに良質な温泉が湧いています。観光資源に恵まれた南国感の漂うこの島は、多くの旅行好きを惹きつけるはずです。
黒い溶岩が固まってできた南原千畳岩海岸。見ごたえのある景色が広がる
黒い溶岩が固まってできた南原千畳岩海岸。見ごたえのある景色が広がる
絶景露天風呂温泉「みはらしの湯」
絶景露天風呂温泉「みはらしの湯」。近くにはサーフィンや釣りの人気スポットがたくさん
では、島外の焼酎市場で八丈島の焼酎はどのように支持を獲得するのでしょうか。八丈興発の小宮山善友社長は、蒸留とブレンドの技術をその拠り所にしようとしているようでした。

八丈島の焼酎蔵には、芋焼酎と麦焼酎のブレンドの知見が蓄積されています。ウイスキーを見れば明らかですが、蒸留酒はタイプの異なる原酒を数滴加えるだけで表情ががらりと変わります。そして、焼酎の原酒は、芋と麦や麹などの原材料の違い、常圧と減圧という蒸留方法の違い、さらに熟成の違いでバラエティが豊かです。ブレンドの黄金律を追求することで、独自のポジションを得ることができそうです。

そして、もうひとつの鍵は原料芋の確保でしょう。栽培農家の高齢化が進み、酒蔵が栽培に乗り出さざるを得なくなりつつあります。余剰な芋から生まれた焼酎は、求める芋を自ら作る時代を迎えています。
八丈興発の蒸留器
八丈興発の蒸留器。減圧と常圧の使い分け、カットのタイミングなど蒸留技術は奥深い
蒸留が始まると工場内の緊張感が一段と高まる
蒸留が始まると工場内の緊張感が一段と高まる
しばらくすると蒸留液が流れ出てくる
しばらくすると蒸留液が流れ出てくる。どこで止めるかの見極めは大事なポイントだ
リンク先
八丈島観光ガイド 
八丈島酒造 
八丈興発株式会社 
島焼酎紹介動画 in English

※記事の情報は2023年6月15日時点のものです。

 

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