沢村貞子『わたしの献立日記』の再現レシピ《肴は本を飛び出して64》

沢村貞子先生の『わたしの献立日記』より、「黒みそゴマあん」を再現! 多忙な女優業の中、“うまいもの”にこだわり、食を愛した沢村先生に倣って練ったゴマあんは絶品でした。家飲み大好きな筆者が「本に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲みたい!」という夢を叶える連載・第64回です。

ライター:泡☆盛子泡☆盛子
メインビジュアル:沢村貞子『わたしの献立日記』の再現レシピ《肴は本を飛び出して64》

日々の食を愛した大女優の偉大なる献立記録。

◾こんな本です

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昭和の名女優・沢村貞子さんが手ずから記録した毎日の献立とそれらにまつわるエッセイを収めた、食遺産と呼びたい1冊。

多忙を極める女優業の中でもパートナーと二人でとる毎日の朝食、夕食をとても大切にしていた沢村さんの、なんと36冊にも及ぶ献立日記から一部を抜粋したものだそうです。

現在のように手軽に持ち運べるスマホやPCもない時代に、いち個人で36冊という膨大なデータを残しただけでもものすごいことだと驚きますが、さらに素晴らしいのがその内容。

昭和63年2月の献立の一部を抜粋してみます。
2/2(火)晴れ(9度)
〈朝〉
うどん〈スパゲティ風〉(玉ねぎ、ハム、プチトマト)
サラダ(サニーレタス、グレープフルーツ、バナナ、りんご、ラディッシュ、みかん〈缶〉、いちご)

〈おやつ〉
レモンティー

〈夕〉
ひらめのお刺身
ひじきと油揚げの煮もの
たらこの焼きもの
かまぼこ、ねぎのみそ汁

2/12(金)雪(6度)
〈朝〉
クロワッサン
イギリスパン
ゆで玉子
サラダ(サニーレタス、バナナ、りんご、パイン〈缶〉、山芋)

〈おやつ〉
甘酒

〈夕〉
雑炊(ひらめ、かんぱち、椎茸、ぎんなん、小松菜、青のり、餅)
花豆の甘煮
岩のり佃煮
たたみいわし

沢村貞子 /『わたしの献立日記』(中公文庫)[献立日記・三十冊め (昭和63年1月〜9月)]より
「豊かな暮らし」という言葉がふさわしい、とても充実した献立。

大切な人とともに食べること、それに重きを置くことの大切さが伝わってきます。

沢村さんの献立日記が始まったのは今から60年近く前のことですが、開始当初の献立に「そら豆の白ソースあえ」や「舌びらめのムニエル」、「伊勢えびのマヨネーズ」などが登場しているのにはびっくり。煮物や酢の物、魚料理といった家庭的な和食メニューの中にさりげなくなじむハレのご馳走。そのバランスがなんとも絶妙で、レパートリーの広さと食に対する惜しみない情熱に深く感じ入りました。

狂言作者の父と、俳優の兄・弟をもつ芸能一家に育った沢村さん。

この本の序章によると父上は“うまいもの好き”で、ご自身もその血を引いているせいか、「やっぱりうまいものが食べたい」とのこと。

一体、何をどう食べたらいいのかと自問した結果、たどり着いたのはこの答えだったそうです。
いま、食べたいと思うものを、自分に丁度いいだけ──つまり、寒いときは温かいもの、暑いときは冷たいものを、気どらず、構えず、ゆっくり、楽しみながら食べること

沢村貞子 /『わたしの献立日記』(中公文庫)[食と生活]より
決して平坦とはいえない人生を送ってこられた沢村さんのこの答えは、現代においても至言といえるのではないでしょうか。

私ごとですが、現在私は長期帰省中で、ほぼ毎日80代の両親の食事を作っています。

沢村さんのようにハードな本業をこなす必要がないお気楽な身ではあるものの、毎日、二食から三食となるとどうしても献立に悩みがち。

まずはしっかりと栄養をとってほしい、そしてあわよくば少しでもおいしい、楽しい食事だと感じてもらいたい。その思いで台所に向かいますが、自分のコンディションによっては「今日はなんかめんどくさいからカップ麺で勘弁してもらいたい」「弁当かハンバーガーを買ってこよう」なんてことも多々。

そんなとき、沢村さんの立派な献立を思い出しては自己嫌悪に陥る反面、ジャンクごはんも時々のアクセントとさせてもらって、“気どらず、構えず、ゆっくり、楽しみながら食べること”の部分はクリアできているはずだと信じて、両親にサーブします。

いろんな形で私の食生活に影響を与えてくれるこの献立日記、きっとこれから先の人生でも幾度となく読み返すことになると思います。

『わたしの献立日記』ここを再現

今回は「献立ひとくちメモ」の中で紹介されていた自家製練りみそを再現します。

本当は、この本を読んだ方ならきっと一番気になる一品であろう「うにご飯」に挑戦したかったのですが、瓶詰めの雲丹をサラサラとした砂のようになるまで煎り上げる自信がなかったのと経済的な事情から断念。

でも結果からすると、この練りみそもとってもおいしく上等な味で心から「作ってみてよかった!」と思ったのでした。
 

◾お品書き

  • 黒みそゴマあん(里芋、大根、焼豆腐に添えて)

『わたしの献立日記』再現レシピ|黒みそゴマあん

黒みそゴマあん
〈材料〉
・黒ゴマ
・甘みそ(私は米みそを使用)
・砂糖
・みりん
・里芋、大根、焼豆腐(適宜カットし、白だしなどでうす味に煮ておく)

〈作り方〉
暇のあるとき、黒ゴマをたっぷり煎り、油の出るまですって、甘みそ、砂糖、 味醂にだし少々を入れてよく練った「黒みそゴマあん」をこしらえておくと便利。
うす味で煮た里芋、大根、焼豆腐などにかければ、ちょっとしたおかずが手早く出来るというわけ。

沢村貞子 /『わたしの献立日記』(中公文庫)[献立ひとくちメモ]より
最初は市販のすりゴマで代用しようと思いましたが、サラサラ雲丹の手間に比べたらゴマをするくらいのことはしないとバチが当たると反省し、すり鉢とすりこぎを引っ張り出して挑んでみました。代わりに、煎る作業は省かせてもらい、市販の煎りゴマを使っています。
 
胡麻をする
煎りゴマ1袋をすりはじめて15分。まだまだ粉末状手前です。これくらいでできるかと思い込んでいましたが甘かった!
 
ゴマがひとまとまりに
本当に油が出てくるんかいな、と疑い出しながらもがんばりました。開始から45分でやっとツヤっとした油が出てきてゴマがひとまとまりに! 感激〜。
 
調味料を加えたところ
調味料を加えたところ。好みのぽってり加減に仕上げられるのがいいですね。
 
出来上がり
出来上がりは小鉢にこれくらいの量。せっかく手間と時間をかけて作るならもっと大量にすればよかったかも? 

■食べてみました

すり鉢出してよかったーーー!

ゴマの風味がかなり濃厚で、いろんな木の実を合わせたような香りと深い味わいが生まれました。市販のすりゴマと調味料を合わせただけではこの味は出ません。腕がだるくなるほどすりまくった甲斐はありましたわ〜。嬉しい〜。

うす味に煮た根菜と焼豆腐にぽてっとのせていただきます。

里芋はねっとりとした芋に黒みそゴマあんが絡みついてコクのある味わい。軽やかな口当たりの大根にも合いますね。ふろふき大根の変化球という感じで実に結構。

焼豆腐も盤石です。実はこの焼豆腐は自家製で、しっかりと水切りした木綿豆腐を一口大にカットしてから表面をバーナーで炙っています。焼き目が多くて香ばしい豆腐に黒みそゴマあんのかんばしさが加わって思わずニンマリするうまさ。

気持ち熱めのぬる燗を合わせたのは大正解でした。

酒で温まった口のなかに黒みそゴマあんの風味が広がり、うん、うん…こりゃたまらんと心で独り言。

寒い季節にぴったりの組み合わせでした。

***

この後、残った黒みそゴマあんをゆでたこんにゃくにも合わせてみましたが、期待を裏切らぬ相性のよさ。まるでどこかのお店の名物田楽のようでしたよ。

沢村さんの時代に比べるとはるかに便利になり、いろんなものが手に入りやすくなった現代。それはそれでありがたいことだと受け止めつつ、時には名女優が愛した昭和の食卓をできる範囲で再現する余裕を持ちたいと思った次第です。

※記事の情報は2025年2月4日時点のものです。
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