桃とワインが健康にとって抜群の組み合わせとされるわけ

イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが在住していたヴェネツィアをはじめイタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回は、イタリア人も大好きなフルーツ「桃」の意外な食べ方をお教えします。

ライター:京藤好男京藤好男
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ヴェネツィアの名物カクテルと地元産桃の深い関係

今年もまた、和歌山県の友人から桃が届いた。さあ、夏の始まりだ! とわが家では、ここ数年この贈り物が初夏を告げる使者のようになっている。

和歌山県といえば、梅やみかんを真っ先に思い浮かべるだろうが、実は桃の生産も盛ん。収穫量としては、山梨、福島、長野に次いで全国第4位なのだ。和歌山大学観光学部の研究員でもある、その友人のS先生は、紀州の多彩な魅力を楽しく教えてくれる。

「桃は降水量が少なく、水はけのよい盆地でよく育ちます。紀の川市桃山町はそうした生育環境としてうってつけの土地。全国的に見れば収穫量はほどほどですが、味は抜群。東京ではなかなか手に入らないでしょうから、ぜひご堪能ください」

そんな一言が添えられている。これから一層暑くなる季節に、桃は旬を迎える。S先生に案内してもらった雄大な和歌山の自然を思い出し、まだ硬さの残る桃のひと玉を手でしごきながら、私は溢れ出る甘い香りを胸いっぱいに嗅いだ。

新鮮な桃の香りは、私をイタリアの思い出にも誘ってくれる。ヴェネツィアに暮らしていた頃、初夏の市場や青果店の店先は、いつも桃の香りでみたされていた。イタリア人もこの季節は桃をよく食べる。それもそのはず。イタリアは桃の生産量が中国に次ぐ、世界第2位なのだ。それほどに桃は、イタリアの食生活に深く結びついている。

だから、ヴェネツィアの伝説的名店「ハリーズ・バー(Harry’s Bar)」で桃のカクテル「ベッリーニ(Bellini)」が生まれたのも偶然ではない。1948年、バーテンダーのジュゼッペ・チプリアーニ(Giuseppe Cipriani)によって考案されたというそのカクテルは、桃のピューレに、地元ヴェネト州産のスパークリング・ワイン「プロセッコ(Prosecco)」を合わせたものだ。実は、その際に使用された桃は、ヴェネツィアから本土に渡ってすぐの、同じヴェネト州にあるモリアーノ(Mogliano)という地の桃であることが知られている。アドリア海に近いモリアーノも温暖でなだらかな丘陵地であり、なんと紀元後800年代からの歴史をもつ桃の名産地だ。その果実は白く、濃厚で、口で溶けるような食感が特徴だ。ピューレにしやすいのも頷ける。チプリアーニ氏もこの季節、この桃に心を奪われたに違いない。

ちなみに、現在その「ハリーズ・バー」でカクテル「ベッリーニ」をいただくとグラス一杯17ユーロ(約2300円)ほどする。あまりにも高価なので、地元の住民はほとんどそれを口にしない。代わりに、100%果汁の桃ジュースか、旬の完熟桃を細かく切ったものを、プロセッコに混ぜて自前のカクテルを楽しんでいる。「家飲み」としては、こちらの方がずっと手軽で親しみやすく、おすすめだ。プロセッコに限らず、スパークリング・ワインが余ったら、そのまま冷やしておいて、翌日に桃ジュースで割ればいい。初夏のアペリティフとして最高だ。

紀元後700年から伝わるワインと桃の健康的な組み合わせ

さて、和歌山の桃をおすそ分けしようと、行きつけの銀座のイタリア料理店を訪れた。そこに、私のイタリア料理のアドバイザー的存在、友人のマウロ・ロッカーティさんが働いている。おいしそうな桃を見るや、ワインにまつわる、こんなイタリアの常識を教えてくれた。

「ワインと桃は最高の組み合わせ。一緒に摂ると体に良いと言われ、イタリアではワインと桃のレシピがたくさんあるよ」

それを知らなかった私に、極上のワインをたしなむ手つきで、桃の一つを撫でながら、

「『サレルノ養生訓』というのがあるんだけど、知ってる?そこにワインと桃の話が出てくるのさ」

と教えてくれた。『サレルノ養生訓(Regimen Sanitatis Salernitanum)』とは、11世紀に、医学校で有名な南イタリアのサレルノで編纂された、健康の教訓をまとめた書物だ。あとで、家に帰って調べてみると、その第42節にそれにまつわる訓示があった。

Ben a retto fine intendi
se la pesca col vin prendi;
com’è l’uso che s’associ
l’uva fresca colle noci;
non la milza, ma gran beni
dalla passa han brochi e reni.
(Regimen Sanitatis Salernitanum, Capo 42º)

桃はワインと一緒に摂ると
腸に良い作用がある
新鮮なブドウとクルミを
一緒に摂るのと同じように
干したものは脾臓には良くない
が、気管支や腎臓には大変効果がある
(『サレルノ養生訓』42節)

この『サレルノ養生訓』は、編纂は11世紀とされるが、700年代にヨーロッパ最古の医学校が開設されたサレルノに、綿々と語り継がれている健康指南である。そんな古くから言い伝えられる食の組合せとあれば、それがどれだけ深くイタリア人の健康意識に浸透しているか、想像するのは難しくない。やがて、カクテル「ベッリーニ」が生まれても、何の不思議もないわけだ。

イタリアのおばあちゃん直伝ワインと桃のレシピ

桃をおすそ分けしたその日、レストランでいつもの美味しい食事をいただいた後、別れ際にマウロさんがうれしい約束をしてくれた。

「あとで、桃とワインのレシピを送るよ」

そして家に戻った頃、1通のメールが届いた。

「これは、僕のおばあちゃんがいつも作ってくれた思い出のワインと桃のレシピだよ」

と前書きされ、次のレシピが添えられていた。

作り方

  • 桃を切って、ワインに数時間浸けておく。ワインは白でも赤でもお好みで。ワインから桃を取り出して、冷やして食べる。
  • 赤ワインに砂糖とシナモンを加え、桃を入れて煮る。冷ましてから、桃の実を食べる
1.も2.も、僕はジェラートを添えて食べるのが好きだよ!

何というシンプルなレシピであることか。しかし、『サレルノ養生訓』を思い出してみれば、これが腸や腎臓の働きを高めてくれるというのだから、試してみない手はない。

そして最後に、

「二日酔いのときも、イタリアでは桃がいいと言われるよ。でもこのときは、ワインには浸けないで」

いたずらなニコニコ・マークとともに、そう書き添えられていた。次に飲みすぎたときには、この桃たちを抱いて寝よう! と、私は和歌山産の桃を愛おしく眺めた。もうすっかり、私のなかで、ワインと桃は切り離せなくなっていた。

※記事の情報は2017年6月13日時点のものです。
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