深川から世界へ発信! オーストラリア出身の深川芸者

今回は、家飲みの世界を飛び出した番外編。ドラマや映画でお馴染みの「お座敷遊び」のお話です。近年縮小傾向にある花柳界を盛り立てようと頑張る、オーストラリア出身の深川芸者・紗幸(さゆき)さんの再興へ向けた取り組みとは?

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番組制作をきっかけに始まった厳しい芸者修行

花街のひとつ、東京・深川で置屋を営むオーストラリア出身の紗幸さゆきさん。アメリカの「ナショナルジオグラフィック」でディレクターとして活躍していた頃に、自身が芸者を目指す過程をドキュメンタリーにするアイデアが挙がったことがきっかけとなり、芸者への第一歩を踏み出したそうです。今回はそんな紗幸さんに、自身の経験や、花柳界活性化に向けた取り組みについてお話を伺いました。

──紗幸さんが芸者を目指すドキュメンタリーを制作することになり、花柳界に伝手はなかったものの、浅草で置屋を営むお姐さんが弟子として受け入れてくれたんですよね。

紗幸 そうです。ただ、受け入れてくれた65歳のお姐さんは、それまで一人も芸者の育成をしたことがない方で。浅草は花柳界でも特に封建的ですし、今思うとよく外国人の私を受け入れてくれたと思います。お姐さんが若いころに比べると芸者の数は減る一方でしたから、何か新しいことをしないといけないと思ったのかもしれません。たまたまそのお姐さんが年配格の芸者衆だったこともあり、浅草の花柳界に加わることが認められて芸者修行をはじめたのが2006年です。お茶と踊りと太鼓をすることが入門のときの条件でした。

──お稽古は順調に進みましたか?

紗幸 お稽古が始まってすぐ、とんでもない世界に入ってしまったと思いました。育成方針はお姐さんが入門した50年前のやりかたのままだったので、とても厳しいものだったんです。しかもお稽古代やもろもろで1年弱で500万円もかかり、それがすべて自己負担。見習いのうちは副業も禁止でしたから、お座敷にデビューするまでは無収入です。私からするとそれまでのキャリアをほったらかしにしている状態なのに、いつ芸者として独り立ちできるのか見通しが立たず、番組をつくるどころではありませんでした。
 
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深川芸者としてお座敷に出る一方で、大学で芸者文化の講義を受け持つ紗幸さん

母校の大学で芸者文化の先生に

──日々の稽古に明け暮れる中、転機はどのようにおとずれましたか。

紗幸 何とかしなければと思い、母校の慶応大学へ、学生に芸者文化を体験してもらう提案をしたんです。そうしたら、「それならあなた自身が芸者文化についての授業をおこなったらどうか」というオファーをいただいて。芸者修行とキャリアがうまく結びつくありがたい提案でした。大学からの依頼ということで浅草の花柳界からも授業をすることが認められ、自分の目指す方向が見えてきました。授業は英語で行っていたのですが、受講者は留学生と日本人学生が半々で30名ほどでした。この活動はオーストラリア政府にも認められて奨学金をいただくこともできたんです。

──紗幸さん自身にとっても芸者文化についてさらに深く学ぶきっかけになったんでしょうか。

紗幸 北海道から長崎まで、日本各地にある花柳界を調べて回りました。どういう背景があってどのように衰退してしまったのか、継続しているところはどういう条件があるのかなど。また、地域の産業との関わりが特に重要であることを知ることができました。この研究をしたことで、花柳界の構造を俯瞰的にみることができるようになりました。

──芸者さんというと、今では京都や金沢のごく限られた地域にしか残っていないイメージです。

紗幸
 全国の芸者の数はおよそ100年前が最大で、その後は減る一方です。深川もかつては有数の花柳界で、富岡八幡宮・成田不動尊・桜の名所などの観光地を抱え、大きな地場産業であった材木商の旦那衆に支えられて発展しました。ですが産業構造の変化や貯木場の移転により深川花柳界は衰退してしまい、私が移ってきたときにはお姐さんが数名いるだけの今にも途絶えてしまいそうな状態だったんです。

──そんな状況だったんですね。

紗幸
 そもそも花柳界というのは花(花魁)と柳(芸者)で成り立っていて、もとは芸をするのは男性の 幇間ほうかん(たいこもちとも呼ばれる)が中心でした。それが今から300年前の深川に三味線の達者な女性芸者が初めて登場します。その後、芸事を中心に活動する女芸者が全国に広がったので、深川は女芸者の発祥の地という歴史があります。花魁はきらびやかに髪飾りをたくさんつけますが、芸者は櫛一本とかんざしを前後にひとつずつだけという習俗も定まりました。

学生のお座敷体験授業

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大学では芸者文化を学ぶ講座を担当。若い学生にお座敷を体験させた
──ところで大学の授業では、最初に紗幸さんが提案した学生さんたちがお座敷を体験する授業は実現しましたか? お座敷というと、費用面でも敷居が高いイメージがあります。

紗幸 学生がお座敷代をもつのは難しいので、大学の大勢の先生方に一緒に参加してもらい、実現することができました。先生方の協力で、芸者文化の授業をおこなった4年間は毎年学生にお座敷を体験してもらうことができて。本当によかったと思います。

──芸者さんとしても、学生さんとのお座敷遊びは新鮮だったかもしれませんね。

紗幸 学生をお座敷に呼んだ時は、芸者にもたいへん喜ばれました。それまで自分より若いお客さんがお座敷に来ることがなかった半玉はんぎょく(見習いの芸者)さんからは、「紗幸さん、今日のお客さんは私たちよりも若いのね」と。年配の芸者衆も20代のお客様を喜んでくれました。
 
──今も大学での講義は続いているのですか?

紗幸 慶応大学だけでなく早稲田大学からも講義のオファーをいただいたり、現在は東洋大学でも週2回、日本文化と芸者に関する授業をしています。大学の授業以外でも、日本各地や海外からも依頼をいただいて、文化講座やイベントなどで講演することも多いです。新型コロナウイルス感染症流行前の2019年は、中東やヨーロッパなど9か国に深川芸者として招待されました。ノルウェーでは現地の子供にも着物を着させて私たちの芸を披露し、イタリアのローマの博物館では深川芸者の写真展覧会と講演会をおこなうなど、活動内容はさまざまです。

──日本だけでなく、世界に向けて日本文化の発信をされてるんですね。

紗幸 深川芸者として海外イベントに参加し情報発信することが多いからか、最近は留学指向のある日本人や海外から芸者になりたいと応募があります。
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芸者文化を伝えるために海外公演も多い

深川で芸者を育成

──先生、講師としても活躍されている紗幸さんですが、芸者さんとしてはその後どのような道を歩まれているんでしょうか。

紗幸 修行を始めて4年ほど経った頃、お世話になったお姐さんが置屋を引退する話が持ち上がりました。私はこの機会に置屋として独立したいと考えましたが、浅草では外国人という理由で独立は認められなかったんです。最終的に深川に移り、そこで置屋を始めることになりました。

──海外からも芸者さんになりたいと応募があるそうですが、紗幸さんの置屋でされている芸者育成プログラムの生徒さんには外国籍の方もいらっしゃいますか?

紗幸 いえ、芸者や置屋は風俗営業法の規制で外国人はビザがとれませんので。私が置屋をやることが認められたのは、日本の永住権をもっているからなんです。コロナ禍以前は、芸者志望の若い日本人の方を、毎年3名ずつ住み込みで預かっていました。高校や大学に通いながらお稽古に励んだ子もおり、これまでに世話をした子は10名を越えます。芸者になるためには芸事のお稽古、礼儀作法やマナーなどの習得に最低半年はかかりますね。

──以前の紗幸さんのように、芸者修行に励まれているんですね。

紗幸 その育成期間が無収入ではなかなか続けられません…。芸者は海外からの人気が高いので、観光や文化の面から支援を受けられるとよいと思っています。西欧のバレエやオペラの場合には、企業スポンサーがついて育成を支援してくれるので。
 
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深川芸者のお姐さんから踊りを習う半玉さん

芸者文化を体験したい外国人たち

──深川の花柳界を活性化するために、何が必要とお考えですか?

紗幸 外国人からは日本観光で芸者を呼びたいというニーズがあります。しかし「予約の取り方がわからない」「個人では料金が高くて頼めない」など課題は満載です。私の置屋では外国人ボランティアにこうした問い合わせに対応してもらっています。日本人のお客さんは先細りですから、外国人観光客の取り込みが大切だと思います。

──日本の大切な文化のひとつですから、その火が消えることのないよう願うばかりです。

紗幸 かつては和服も高価で着付けも難しかったので縮小する一方でした。しかし浅草などの観光地で、外国人観光客の着てみたいというニーズに応えるために簡単に着られて洗えるポリエステルの着物が生まれ、それが日本人観光客にも広がりました。海外からの観光客に対応することは花柳界の大きなテーマです。

──なるほど。

紗幸 そこでお手軽に芸者遊びを経験していただこうと、「舞妓ちゃんと一杯」という企画を始めました。1時間1万円で若い見習の舞妓ちゃんを派遣して、カウンターのお店で一緒に飲もうというものです。ここからお座敷につなげたいと思っています。それと深川を舞台にして芸者にスポットを当てた番組もつくってみたいです。「定期的に芸を披露できる舞台」や「お座敷とカウンターのある店」など実現したいことがたくさんあります。協力者を募り、ひとつひとつ実現していこうと思います。
 
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気軽に芸者遊びを体験できると好評な「舞妓ちゃんと一杯」。外国人だけでなく日本人の利用も多い
今回は深川芸者として、お座敷遊びにあまり馴染みのない人や外国人に向けたサービスを考案し、花柳界で奮闘する紗幸さんにお話しを伺いました。お酒にまつわる文化に触れることで、今日いただく1杯が、いつもより深みのある味わいに感じられるかもしれませんね。


〈深川芸者 紗幸 プロフィール〉
本名フィオナ・グラハム。
オーストラリアのメルボルン生まれ。


※記事の情報は2021年10月21日時点のものです。

  

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