蒸留酒「ジュネヴァ」、ベルギーの産地訪問記

オランダ産のイメージが強いジンのルーツ「ジュネヴァ」ですが、同じネーデルラントのベルギーでも盛んにつくられ、第2の都市ハッセルトにはジュネヴァ博物館があります。今回はこの博物館とフィラーズ蒸留所のレポートです。

メインビジュアル:蒸留酒「ジュネヴァ」、ベルギーの産地訪問記

ベルギーのジュネヴァ主産地ハッセルト

オランダと並ぶジェネヴァの産地ベルギーで、スキーダムのように蒸留所が集中したのは、ブリュッセルから東に約80㎞離れたハッセルトでした。オランダとの国境に近いこの町は大阪の伊丹市と姉妹都市であり、ベルギーではファッションの街として知られています。
 
ベルギー地図

旧市街地にある国立ジュネヴァ博物館を訪ねました。古いレンガ造りの蒸留所をハッセルト市が買い取り、改修工事を経て1987年に開館したものです。建物は元々修道院農場で、1階のチケット販売所は牛舎だったそう。その奥では昔ながらの製法で、現在もジュネヴァを製造しています。この博物館の展示から、ベルギー及びオランダ南部でのジュネヴァの歴史について紹介しましょう。
ハッセルトのジュネヴァ博物館
ハッセルトのジュネヴァ博物館は旧市街の中心部にある
博物館の建屋は農家が蒸留所を併設したスタイル
博物館の建屋は農家が蒸留所を併設したスタイルでベルギーでは一般的だった
左奥の細長い蒸留器でジュニパーベリー・スピリッツを蒸留し、右端の胴の太い蒸留器でモルトワイン(穀物原料のスピリッツ)を得る
左奥の細長い蒸留器でジュニパーベリー・スピリッツを蒸留し、右端の胴の太い蒸留器でモルトワイン(穀物原料のスピリッツ)を得る
原料の穀物を準備する博物館の職員
原料の穀物を準備する博物館の職員
オランダ独立戦争の際、1681年に北部が独立を宣言しますが、南部とまだオランダから独立していないベルギーは分離される形になりました。1601年にアルブレヒト大公は南部での蒸留酒づくりを禁じたため、北部のジュネヴァは急成長、一方、南部からは多くの蒸留家がフランスやイギリス、アメリカなどに移住し、コニャックやラムの製造に関わりました。また、密造が横行し安易な製造でジュネヴァの品質は低下します。
有名なペストマスク
有名なペストマスク。ジュニパーベリーは伝染病に効くとされ広まったと説明
ジュニパーベリーのポスター
さまざまな薬効が謳われたジュニパーベリー。ポスターには「ドクター・ジュネヴァ」とある
ジュニパーベリーそのものを展示。松のように刺々した葉がたくさん
ジュニパーベリーそのものを展示。松のように刺々した葉がたくさん
18世紀に禁止令が解かれると、今度は農業の近代化のためにジュネヴァの蒸留を兼業する農家経営が奨励され、この博物館のような農家が蒸溜所を併設するスタイルが広がります。また、ジェネヴァの蒸留と併せて、運送業、運搬容器の製造や鍛冶屋、銅細工など周辺の産業の発展を見ました。徐々に蒸留所の産業化が進み、ジュネヴァの製法は北部でおこなわれていた三回蒸留を採用するようになり品質が向上します。
農産物を加工しジュネヴァを造り、残滓は飼料となって循環する
農産物を加工しジュネヴァを造り、残滓は飼料となって循環する
農業の近代化のために蒸留所を併設するよう勧めるポスター
農業の近代化のために蒸留所を併設するよう勧めるポスター
ジュネヴァが潤沢に供給されるようになると、19世紀半ばに1人当たり6ℓだった消費量は同世紀末には16ℓに増え、過剰な飲酒が社会問題化します。反アルコール運動が広がり1887年には公共の場での酩酊が禁じられ、1919年にはベルギー法務大臣エミール・ヴァンデルベルデ氏が公共の場での蒸留酒の飲酒を禁止、酒税を四倍に引き上げ、一度に購入できる量を2ℓに制限することを法制化、1984年まで続きました。  

こうした歴史からでしょうか、ハッセルトのジュネヴァ博物館の展示では、アルコール問題や適正飲酒の啓蒙に多くのスペースが割かれていました。
19世紀に禁酒思想が勢いを増し、蒸留酒は厳しく制限されるようになる。ジュネヴァには受難の時代
19世紀に禁酒思想が勢いを増し、蒸留酒は厳しく制限されるようになる。ジュネヴァには受難の時代
酩酊して家庭が崩壊するさまを描いた絵画
酩酊して家庭が崩壊するさまを描いた絵画
ジュネヴァに使用されるボタニカルの展示
ジュネヴァに使用されるボタニカルの展示。ひとつひとつの素材を触れるようになっている

ジュネヴァから総合蒸留所へ フィラーズ(Filliers)

現在、ベルギーにはジュネヴァ製造所が25ヶ所あります(ベルギー国立ジュネヴァ博物館調べ)。ブリュッセルの西方70㎞のダインゼ市にあるフィラーズ(Filliers)蒸留所はそのひとつ。見学をお願いすると同社CEOバルト・クヌゥデさんと五代目マスターディスティラーのペドロ・ブルゴさんが迎えてくださいました。
フィラーズ社の経営をリードするCEOクヌゥデさん
フィラーズ社の経営をリードするCEOクヌゥデさん
フィラーズ社の工場
フィラーズ社の工場。奥の背の高い建物には連続式蒸留器がある
フィラーズ蒸留所の創業は1880年です。農業の傍ら蒸留酒をつくっていたフィラーズ家は、製造機器を整え蒸留所ビジネスを本格化させました。と言っても余剰穀物で冬場にジュネヴァをつくるスタイルで、この頃ベルギーにあった1000を超える蒸留所のひとつにすぎませんでした。二度の世界大戦に翻弄されながらも蒸留所ビジネスを継続、困難を乗り越えて再開しました。1960年頃には農業を切り離して酒造業に専念し、積極的な設備投資によって事業は大きく発展します。

1967年にスタートしたジュネヴァの樽熟成は、すでに50年以上経過しており、この原酒を使えることは大きな財産です。1970年には卵のリキュール「アドヴォカート」をヒットさせ、1986年には初のフルーツフレーバーのジュネヴァをラインナップしました。さらに2007年にはスコットランドからポットスチルを導入してモルトウイスキーの製造を開始し、総合蒸留酒メーカーとしての地位を確立します。現在は最上級のジュネヴァやベルギージン、シングルモルトウイスキーなどで構成する「プレミアム・スピリッツ」と、フルーツ・ジュネヴァやスタンダードなジュネヴァをラインナップする「ファン・スピリッツ」を自社ブランドで展開するほか、国内外からOEMを請け負ったり原酒を供給したりしています。
  
会社の成り立ちの説明の後、工場を案内してもらいました。レンガ造りの工場の前に建つ四本の巨大なサイロには、原料のモルト、コーン、小麦、ライ麦が蓄えられています。一度、農業を止めて酒造業に専念しましたが、近年は原料の自社栽培を再開、農家との契約栽培も拡大しているそうです。工程順に見学し、大きな縦型発酵タンクでは、発酵中の醪を試飲させてもらいました。
屋外には4つの大きなサイロ
屋外には4つの大きなサイロ。原料のモルト、小麦、ライ麦、コーンが貯蔵されている
大型発酵タンクから発酵液を抜き取るブルゴ工場長
大型発酵タンクから発酵液を抜き取るブルゴ工場長。モルトワインは麦汁を採らず、ドロドロの状態で糖化、そのまま発酵に進む
発酵初日と2日目の醪を飲み比べる
発酵初日と2日目の醪を飲み比べる。2日目でアルコール度数は4~5%。ほのかな酸味と甘みでおいしい
蒸留器はジュネヴァ用、ジン用、ポットスチル、連続式蒸留器と四種類あり、ジュネヴァに欠かせないモルトワインはもちろん、ニュートラルスピリッツまで製造できます。

EUの規定でジュネヴァは、単式蒸留器でつくられるモルトワインの割合によって、大きく三つに分けられています。オウド(古い)ジュネヴァはモルトワインを15%以上含むもの、ヤング(新しい)ジュネヴァはモルトワインが15%未満のもの、そしてグレーン・ジュネヴァは穀物だけを原料に連続式蒸留器で蒸留したものです。
高さ10mを超える連続式蒸留器
高さ10mを超える連続式蒸留器。ニュートラルスピリッツを製造できるので製品開発の幅が大きく広がる
ジュネヴァ用の単式蒸留器は2基ありモルトワインを得る
ジュネヴァ用の単式蒸留器は2基ありモルトワインを得る
ジン用の蒸留器
ジン用の蒸留器。1928年に3代目が開発した初のベルギージンのレシピを元に造った「Filliers Dry Gin28」にはこの蒸溜器を使う
フォーサイス社製のポットスチルを導入
フォーサイス社製のポットスチルを導入し2007年からシングルモルトウイスキーの製造をスタート
そして圧巻の貯蔵庫にはバーボン樽に詰められたジュネヴァが、5~6段の貯蔵ラックにびっしりと並んでいます。すべてバーボン樽で熟成するためバニラ様の甘い香りが支配的です。一方、隣接するウイスキーの貯蔵庫はラックを使わない4段積みで、バーボン樽のほか複数のシェリー樽が使われています。貯酒量は増え続けているそうですが、ヌクゥデさんは「広い土地があるから立体型のセラーにはしない」と言います。
バーボン樽で長期熟成したジュネヴァを汲みだすブルゴ工場長
バーボン樽で長期熟成したジュネヴァを汲みだすブルゴ工場長
6段式の貯蔵ラックにたくさんの樽が積まれていた
ジュネヴァはバーボン樽で熟成。6段式の貯蔵ラックにたくさんの樽が積まれていた
モルトウイスキーはシェリー樽で熟成。昔ながらの積み方だ
モルトウイスキーはシェリー樽で熟成。昔ながらの積み方だ
フィラーズ社のプレミアムジン「Filliers Dry Gin28」
フィラーズ社のプレミアムジン「Filliers Dry Gin28」
熟成年数の異なるジュネヴァ
熟成年数の異なるジュネヴァ。バーボン樽由来の甘い香りが特長
今、フィラーズ社は海外市場に目を向けています。そのためにプレミアム商品を充実させ、「ジュネヴァ」「クラフトジン」「シングルモルトウイスキー」をグローバルマーケットに投入しつつあります。日本でフィラーズを楽しめるようになる日も近いのではないでしょうか。

※記事の情報は2023年4月6日時点のものです。

 

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