”自らの手で育てた薬草での酒づくり”に取り組む「金ケ崎薬草酒造」訪問レポート

かつて薬として利用されることも多かった酒は、薬学が発達するとともにおいしさや美しさを求め始めます。世界中で飲まれるカンパリはその典型です。日本でおいしい薬草酒の開発を目指す金ケ崎薬草酒造を訪ねました。

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コロナ禍を機にスタートアップ

2021年3月に2人の仲間と金ケ崎薬草酒造(株式会社K.S.P)を起ち上げた老川和磨さんは1993年生まれの元バーテンダー、この会社を始める前は東京・目黒でバーを経営し、カナダのレストランで働いた経験をお持ちです。コロナ禍を機に故郷の金ケ崎町(岩手県胆沢郡)に戻り、ずっと温めていた「自らの手で育てた薬草での酒づくり」に取り組むことを決めます。一昨年11月にリキュール製造免許を取得し、今年、『和ハーブリキュール「和花」』と『茶酒・桑ノ木田30』をリリースしました。老川さんに事業化の経緯をお聞きしました。

「リキュールの製造免許で、ベーススピリッツにボタニカルを浸漬してつくる薬草酒を始めました。蒸留もしたいと思っていたのですが、木造の古い建屋なので防火上、蒸留器の設置が難しいこともあって、このやり方を選びました。建屋は農家をやっている実家が、精米所として使っていたもので、ここなら家賃もいりません」
金ケ崎薬草酒造(株式会社K.S.P)
周辺に田畑が広がる住宅街にある金ケ崎薬草酒造。スタートアップ企業にとって家賃がかからないのは大きなアドバンテージだ
「8年前、バンクーバーのレストランで働いていた時に、オーナーから天然の素材だけでカクテルをつくるように言われました。当時、向こうではオーガニック食品がトレンドで、既存のリキュールやシロップを使ったカクテルは敬遠される傾向にあったからです。カクテルの注文が日本よりとても多いので、オーダーが入るたびにフレッシュジュースを搾ることはできませんでした。

それならリキュールやシロップを自分でつくってみようと思いつき、市場でタイム、ローズマリー、ミント、バラなど香りのいい植物を買い集めて、煮たり、蒸したり、漬けたりしてつくってみたんです。するとこれがなかなか好評で、ボタニカルを活用したカクテルづくりにのめり込みました」
老川和磨さん
元バーテンダーらしくスーツ姿が似合う老川和磨さん
「帰国して東京でバーをやっていると、次第に自分で育てた薬草を使った酒をつくりたいという思いが募ってきて、資金を蓄え始めました。そんな時にバンクーバーから新しい店を出すので手伝って欲しいとオファーがあったんです。そこで何年かやり、イタリアのリキュールづくりを見てから薬草酒づくりをスタートだと考え準備したら、コロナで出店計画はストップ。ならば早いほうがいい、今始めようと決めて、昨年、金ケ崎に戻ってきました」
さまざまなボタニカルを漬け込む
さまざまなボタニカルについて、量、アルコール度数、浸漬時間などノウハウを蓄積する
工場のバックヤードは出番を待つ大量のボタニカルが溢れていた
工場のバックヤードは出番を待つ大量のボタニカルが溢れていた

目指すのは日本ならではの薬草酒

老川さんは薬草酒をつくりたいと思った理由を、日本には西洋のような薬草酒がないからと言います。漢方の流れをくむ健康薬草酒はありますが、「カンパリ」のように広く楽しまれているものは確かに見あたりません。

「上京してバーで初めて飲んだ酒がベルモット『カルパノ アンティカ フォーミュラ』でした。酒はあまり強くないけれど、せっかくなのでバーらしいものをとお願いしたら出してくれたのです。この一杯がきっかけで酒が好きになり、紆余曲折あって飲食の世界で働くようになりました。

バーテンダーとして洋酒に触れ、海外でも働いてみて、日本には植物がたくさんあるのに薬草酒がないことに気づきました。日本の植物を使った薬草酒をつくり、その工程を知ってもらうことを通じて、日本に新しい酒文化をつくれるかもしれないと思ったのです。よくベルモット(「チンザノ」など薬草のフレーバードワイン)やアマーロ(「カンパリ」など苦みのある薬草リキュール)をつくっているのかと聞かれますが、そういうのをつくっているつもりはなく、日本の素材を生かしたハーブリキュールを目指しています」
漬物用の樽で試作を繰り返してレシピを固める
漬物用の樽で試作を繰り返してレシピを固める
ボタニカルの種類や組み合わせ、ベストな配合比を見極める
ボタニカルの種類や組み合わせ、ベストな配合比を見極める
金ケ崎薬草酒造が発売した「和花」シリーズは、ハーブ以外に季節ごとの野菜や果実を中心に選定し、「春・夏・秋・冬」それぞれの季節を表現、穏やかな味わいの奥に旬を感じることを狙ったものだそう。「和花」には、檜など木にスポットを当てた「樹」や果実を中心に置いた「果」のサブシリーズがあり、バーでの使用まで想定しています。
カクテルバーでの使用も狙う「和花」シリーズ
カクテルバーでの使用も狙う「和花」シリーズ
もうひとつの『茶酒・桑ノ木田30』は、養蚕が盛んだった金ケ崎に残る桑とほうじ茶でつくるリキュールで、水やソーダで割って居酒屋などで気軽に楽しめる商品です。性格の異なる二つの商品を開発したのは経営リスクを管理する側面もあります。老川さんは、「和花」シリーズのように尖った商品だけでキャッシュを回すのはリスクが大きすぎると考え、価格を抑えて毎日楽しめる『茶酒・桑ノ木田30』を開発したと説明します。
『茶酒・桑ノ木田30』
居酒屋で気軽に楽しめる『茶酒・桑ノ木田30』は地元の人気商品

独自性を求める料飲店が変える製造のシステム

原料のボタニカルは、会社の近くに借りた二反(約20アール)の畑で約50種類が栽培されています。金ケ崎薬草酒造はこれらを薬草酒の原料にするだけでなく、早い段階で苗を販売して全国にボタニカルの栽培者を増やし、収穫物をまた買い上げ薬草酒にする、拡大循環を進めようと構想しています。
タンクで漬け込む
ベーススピリッツは醸造用アルコール。開発したレシピをもとにタンクで漬け込む
「日本に薬草酒の文化をつくるには、自分たちだけでなく、全国各地に栽培する人と栽培される植物の種類を増やす必要があります。苗を栽培して供給する一方で、薬草酒の市場を開拓して彼らから薬草を購入する循環をつくり出したい。すべての酒は植物からつくられているのですから、そういう意味でも栽培は大切です」と老川さん。
ニガヨモギ、フェンネル、よもぎ、赤しそなど50種類の薬草を自ら栽培する
ニガヨモギ、フェンネル、よもぎ、赤しそなど50種類の薬草を自ら栽培する
自ら栽培したボタニカルで薬草酒をつくるだけに止まらず、苗を販売して薬草の栽培家を増やし厚みのある薬草酒の製造基盤をつくろうとする金ケ崎薬草酒造。そのチャレンジを応援したいと思います。

■ 金ケ崎薬草酒造HP

※記事の情報は2023年3月16日時点のものです。

  

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