どぶろく最前線④ どぶろく蔵として酒蔵を復活した福光酒造
返納した清酒製造免許の復活を目指した福光酒造は、特区制度を活用したどぶろく蔵としての再興を果たしました。「濁酒を國酒に!」とアピールする4代目蔵元・福光寛泰さんにインタビューを行いました。
12年ぶりに酒づくりを再開
福光 いいえ。ここは母の実家で祖父が2代目の蔵元、親族が引き継いで3代目でした。私は10歳まで広島市内に居て、その後、父親の転勤で光市(山口県)です。大朝には夏休みや正月に遊びに来ていましたが、住んだことはありません。縁あって岩国市の酒蔵に17年ほどお世話になり、福光酒造を始める前は副杜氏でした。
―酒造りの経験は十分でしたね。
福光 酒蔵に就職する前は、研究生として酒類総合研究所でワインの研究を手伝い、その時に知り合った唐津の酒蔵の後継者に請われて、同社が休んでいた清酒造りを復活させるのを一緒に進めました。ですからワイン造りも、使っていなかった酒蔵を再稼働させることも経験しています。
福光 福光酒造は2006年に先代が倒れて清酒製造免許を返納、廃業しました。大朝から酒蔵がなくなってしまい、私もいずれここで酒造りをと思っていたのでしたが、それも叶わなくなった。叔父は私に苦労させたくないと思ったのでしょう、何の相談もありませんでした。でも、福光酒造のことはずっと気になっていて、2016年に復活させようと動き始めました。税務署に免許の復活を相談してみると返納を受理しているのでできないとの答え、ご存じのとおり今は新規の清酒製造免許は下りませんから、清酒蔵の復活の道は閉ざされました。そんな時に、大朝は特区だからどぶろくかワインでなら復活できると提案され、2018年にどぶろくとワインの製造免許を取得、酒造りを再開しました。
―10年以上使っていなかった酒蔵で造りを再開するのはたいへんだったと思います。
福光 古いものがそのまま残っていて片付けと掃除は気が遠くなるほどでしたが、休造していた佐賀の蔵で一度経験していたのでコツコツと進めました。
一人でできるどぶろく、一人ではできない清酒
福光 蔵の近く、標高が450mのところに3反の田圃を借りて地元の高冷地農業試験場で開発された「こいもみじ」という品種を植えました。一昨年は1.2トン収穫でき、精米歩合55%と91%の米で4種類のどぶろくを15石つくりました。
―一般免許の「その他の醸造酒」にするにはちょっと量が足りませんね。
福光 ええ、一般免許にすれば仕入れた米も副原料も使えるのですが、増産するには米を増やさなければならないので時間がかかります。
―精米歩合91%のほうはコイン精米ですか?
福光 はい。混まない時間を見計らって100円玉をたくさん持って精米しに行きました(笑)。55%のほうは精米所にお願いしています。外注すると糠が戻ってこないのが残念なのですけれど、今期は精米歩合を80%と60%にして、すべて精米所にやってもらいます。コイン精米は食害米(虫が喰った跡があるもの)を取り除ききれなかったので。
―60%まで磨く必要がありますか?
福光 清酒でも60%と80%では味がまったく違いますでしょう。どぶろくを初めて飲む人においしいと思ってもらいたいので、きれいな飲みやすい酒も必要だと思い、あえて60%まで磨きます。
―なるほど。麹もつくるのですか?
福光 もちろんです。
―低精白の飯米は菌糸がなかなか中に入って行かなくて、麹造りが難しいと聞きます。
福光 たしかにそういう傾向はあるので、仕込みに使う麹の量を加減しています。
―清酒とどぶろくの両方を造ってみて、いちばんの違いは何だと思いますか?
福光 清酒造りは一人ではできないけれど、どぶろくは一人でできるところですかね。特に上槽の行程は手間がかかりますし、失敗すると酒をダメにしてしまうので、一人ではできません。でも、どぶろくはそもそも搾らないから、この工程がない。
濁酒(どぶろく)を國酒に!
福光 清酒を造りたいけれど、できないからどぶろくだと思っていたのを、逆転の発想でどぶろくこそ日本の酒の原点だと捉えて、その魅力をアピールしようと考えたのです。どぶろくは清酒のルーツだといわれるのに、酒税法の区分では「その他の醸造酒」と括られきちんと位置づけられていません。密造酒とか粗悪な酒というイメージを持っている人も多いです。でも、かつて酒蔵のない地域に住んでいる人たちが飲んだ酒は自分で造ったどぶろくだったと思います。この辺は神楽が盛んですが、神楽に出てくる酒もまずどぶろくです。本当の意味で長く飲み継がれてきた酒はどぶろくで、どぶろくこそ國酒だと言いたいのです。
―まったく同感です。どぶろくはもっと敬意を払われるべきです。米とも暮らしとも密接にかかわってきた酒です。
福光 どぶろくを通じて発酵文化に触れてもらいたいとも思うので、地元の料理人とどぶろくを使った料理を開発したり、秋まつりには蔵を開放して地元の食と一緒に楽しんでもらったりしています。
―販路はほとんど地元ですか?
福光 そうですね。地元の酒販店にお任せしています。ほかには道の駅に置いてもらい、一部ですが広島市内の専門店にお取り扱いいただいています。
福光 酒類総合研究所でワインの研究に携わったこともありますが、どぶろくだけではインパクトが弱いと思ったからです。ブドウ畑は森を切り拓いて半年かけて平地にしました。山ブドウ系の品種を中心に植えて、垣根式で最小限の防除だけ、まだ樹齢も若く収量は少ないです。田圃もどぶろくもありますし、事務もすべて一人でやっているので、ぶどう栽培にあまり時間を避けません。それでできる範囲でワインをつくり、山梨の一升瓶ワインのように緩い感じで飲めるようにしたいです。ちなみにワインで使う酵母は清酒用の酵母、酸が少なく柔らかく仕上がります。
―ユニークな試みですね。大朝らしいどぶろくとワインが出てきそうです。本日はありがとうございました。
(聞き手:山田聡昭 酒文化研究所/2022年11月15日/於 福光酒造)
※記事の情報は2023年5月4日時点のものです。
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