どぶろく最前線⑨ 「目指すは日本酒の酒蔵」ラグーンブリュワリー・田中洋介さんインタビュー
どぶろくやさまざまな副原料を使った醸造酒を造るクラフトサケブリュワリーが次々に誕生しています。新潟市の福島潟にある「LAGOON BREWERY(ラグーン・ブリュワリー)」もそのひとつ。代表の田中洋介さんに起業した経緯と狙いをお聞きしました。
輸出用の日本酒の製造免許で独立
田中 もともと好きな場所でした。白鳥がたくさん飛んできますし、さまざまな野鳥が棲み、晴れた日には佐渡ヶ島も見えます。でも、はじめからここに決めていたわけではありません。正月にたまたま通りかかったら、この建物のテナントを募集していて、市の施設だったのですぐに内見を申し込みました。中に入ると「タンクはここに置いて、あそこを麹室にして…」とイメージが膨らみ、ここにしようと決めました。
田中 ええ。新潟市に合併される前に、豊栄市が地元の方向けの食堂や交流の場として造ったもので、借りるにはレストランの営業が必須条件でした。公共交通機関での足がないところですから、酒を提供する場としては難しいのですが、カフェ&ショップとして運営しています。
―醸造所にするには水回りなどの大掛かりな工事が必要だったのではありませんか?
田中 いえ、この一帯で共用する浄化槽を使うことができ、排水処理の施設を造らずに済んだのでラッキーでした。
田中 社長といってもオーナーではありませんでした。私は酒造りの現場に居たかったのですが、会社からは「社長」を求められます。ちょうど10年やって、コロナ禍でも経営は安定していたので、そろそろかなという気持ちがありました。そんな時に新しく輸出用清酒製造免許(輸出するための日本酒の製造免許。国内での販売はできない)ができて、最初はいったい誰がやるのだろうと思いました。しかし、クラフトサケのパイオニアである「WAKAZE」や「木花之醸造所」などの動きが耳に止まり、この制度を活用すれば自分で酒蔵を持てると考えるようになりました。
―輸出用の清酒製造免許と、どぶろくなどを製造できるその他の醸造酒製造免許の組み合わせた展開ですね。
田中 はい。2021年の1月にこの物件に出会ってオーナーに退職を申し入れ、4月に社員に伝えて、8月に退社しました。その間、事業計画をつくり、酒造免許の申請、金融機関への融資の依頼、10月に工事が入って11月に開業と、いろいろなことが同時並行で一気に進み、本当に痺れる日々でした。
特約店をメインに販路を設計
日本酒に関心のある人たちの間では、クラウドファンディングでサポートしたり、商品を購入したりして、応援する動きが広がりました。ただ、多くは1本2500円(500ml)くらいと日本酒と比べるとちょっと高価です。一度試してみる人は多いと思いますが、継続するのかどうかちょっと心配でした。今も安定して売れていますか?
田中 うちは720mlで2500円と少し安いのと、酒専門店と特約して卸売りをメインに販売しているので、直販比率の高いところよりも安定しています。特約店は前職の繋がりで取引をお願いしたところに加えて、引き合いがあれば基本的に取引する方向で話を進めてきました。一度付き合ってみて、合わなかったら改めればいいので。
―ホームページを拝見すると、思っていたよりも販売店が多くて驚いたのですが、そういうことでしたか。売れ行きが安定しているのは心強いですね。ところで、国内で販売するクラフトサケ(その他の醸造酒)と輸出の日本酒は、どれくらいの割合なのでしょうか?
田中 まだ、国内向けのクラフトサケがほとんどで9:1くらいです。クラフトサケでは、濁っているものよりも澄んだ酒のほうがよく動きます。自分自身を振り返ってみても、濁りよりも澄んだ酒のほうが早く減るので、お客様もそうなのではないか、澄んだ酒のほうが飲むペースが速いから売りやすいのだろうと見ています。うちではタンクにできた酒を搾らずにどぶろくで詰め、残りを搾って澄み酒にします。最初は1:1だったのですが最近は1:2で澄み酒が多くなりました。
麹から自分で造る
田中 100石造れるように設計しています。杜氏と私の二人で造って、当面は100石を目指そうと考えてタンクのサイズと本数を決めました。まだ、半分の50石くらいですが結構忙しくて(笑)。それでも3週間で1本仕込むゆっくりしたペースです。日本酒の蔵が酒造期に週に2~3本仕込むのに比べたら、気持ちも体も楽です。
―麹もここで造っているのですか?
田中 四畳半くらいの小さな室を設けて造っています。日本酒を造りたくて独立したのですから、そこは譲れません。
―クラフトサケブリュワリーをいくつか訪ねましたが、麹室と搾りの設備が弱くて、人手も作業日数も余計にかかっているところが多かったです。外部から乾燥麹を調達することも選択肢のひとつではないでしょうか。
田中 そこは哲学ですから。おいしい酒を造ることだけを目指すならそれもありでしょうけれど、どこまで自分でやるのかということです。輸出用清酒製造免許だから麹は造っていないとは少なくとも言えない気がします。周りは田んぼなので米も作るかとか際限がなくなってきますから、その辺は自分なりの決め事が要ると思います。
主原料はあくまで米と米麹
田中 おっしゃるとおりです。うちは副原料に使うものは、自然と手に入る範囲のものにしておこうと決めています。こちらからあちこちに探しにはいかない。古町の女将さんが出してくれたクロモジのお茶がおいしく色もきれいだったので使ってみようとか、トマトのどぶろくに協力してくれた農家さんがイチゴも作っているからそれでやってみようとか。
―たしかにあそこの名産のリンゴを使ってとか、あの山葵をとか追いかけていったら、何をやっているのかわからなくなりそうです。
田中 日本酒を造りたくて始めたのですが、経営には国内向けに売れる商品が必要です。最初は副原料を使うことに抵抗がありましたが、やってみるとおもしろい。トマトを使ったどぶろくはいったいどんな味になるのかとワクワクしました。クロモジは木の枝なので溶けませんから、発酵中のどぶろくに布に包んで数日間沈めました。どちらもどぶろくで飲んでも、搾ってもおいしく仕上がりました。
それでもフルーツを使うことには最後まで抵抗がありました。リキュールにもクラフトビールにも似たようなものがありますから。それらの原料を見るとフルーツが一番先に書かれていたりする。フルーツを使うと飲む側は味をイメージしやすく、造る側もどんな酒になるか見える。そういう意味であまりワクワクはしないのですが、できたものはおいしいですし、よく売れます。そんな忸怩たる思いを抱えつつも背に腹は代えられず、フルーツを使ったものも造ります。しかし、原材料の最初に、米・米麹が来るようにしています。主原料はあくまで米・米麹ということです。
田中 うちも声をかけていただいて最近は月に2回はイベントに出ています。百貨店の催しに組み込まれることも増えていて、日本酒の催事の時が多いですね。クラフトサケはまだ家庭で飲まれるところまで浸透していないのでイベントで試してもらうことは大切だと思います。
―そうですね。日本酒のスタートアップ酒蔵として、益々の発展を期待しています。本日はありがとうございました。
(於 ラグーン・ブルワリー/聞き手 山田聡昭)
※記事の情報は2024年9月19日時点のものです。
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