どぶろく最前線⑦ 洗練された味わいでシーンを牽引する「とおの屋 要」のどぶろくとは?

岩手県遠野市でオーベルジュ「とおの屋 要」を営む佐々木要太郎さんのどぶろくは、無肥料・無農薬の米から生まれるエレガントな味わいが高く評価されています。米を無駄にしたくないという思いと、おいしさを追求した造りは日本酒の蔵元たちにも影響を与えているようです。これまでの道のりを伺いました。

メインビジュアル:どぶろく最前線⑦ 洗練された味わいでシーンを牽引する「とおの屋 要」のどぶろくとは?

最初は「おいしいどぶろく」が分からなかった

―現代的などぶろくの先駆者として先頭を走ってきた佐々木さんのどぶろくは、銘酒を揃えた酒専門店で取り扱われ、海外の高級レストランでも採用されています。エレガントな味わいは高く評価されていますが、今日はそこに至るまでにどのような創意工夫をされたのかお聞きしたいと思います。遠野では、どぶろく特区制度ができるとすぐに何人か手を挙げましたが、佐々木さんも特区制度を活用して始めたのですか?

佐々木 はい。最初は父がやると言って特区制度ができてすぐに始めました。ですが私がどぶろくづくりに嵌ってしまったので、父は米をつくるだけで一度もどぶろくはつくっていません(笑)。

―今も特区の製造免許のままですか?

佐々木 いいえ、今は本免許です。始めた頃から製造数量は本免許に必要な6000リットルを超えていたのと、農家から米を調達するためには本免許に切り替える必要があったからです。特区の免許は自分でつくった米でつくることが条件で、他所から購入した米の使用は認められていません。

―製造量が6000リットルを超えるどぶろく農家は稀ですが、それだけの量をどこで販売されていたのですか?

佐々木
 自分の民宿のお客様に無料で出していました。まだ、おいしくできなかったのですけれど、つくらないと上手になりませんから。いち早く瓶詰商品もつくりましたが、1本300円で売って父とは大喧嘩です。

―それではまったく元がとれませんね。

佐々木
 大赤字でしたがおいしくないので、そのくらいの価値しかないと考えていました。

―それが今のエレガントなどぶろくに変わるのは何がきっかけだったのでしょうか?

佐々木
 始めた頃は初めてつくったので、「おいしいどぶろく」ということがわかりませんでした。自分がつくったものも他の生産者のものもどれも同じようで、おいしいと思えない。

そんなときに”こういうものではない”ということを教えてくれたのが、お名前も存じ上げないのですけれど、新潟の酒蔵で杜氏をしているという方でした。見るからに職人気質で、どぶろく特区に関心があったので試してみたと自己紹介され、日本酒もどぶろくも米と米麹と水からつくる酒だが、このひどい酒はなんだと。勉強不足をズバリ指摘されて、怒りさえおきず、彼の言葉がスーッと腹に落ちました。その翌日、私は頭を丸め、煙草をピタッと止めました。彼の言葉で自分が知るどぶろくとは違うおいしいものがあるということがわかったんです。  

それからはもっと上のクラスのどぶろくを目指そうと、岩手県工業技術センターや東京の日本醸造協会に足を運びました。工業技術センターには3年くらい足繁く通い、麹づくりや速醸酛での日本酒づくりをいろいろ勉強させてもらって、酒をもっと良くするにはどうすればいいかと質問をぶつけていくと、丁寧に指導してくれていた先生が『もう、佐々木君の要望には応えられない。私たちは研究者であって酒づくりは現場の杜氏さんに敵わない。さらに上を目指すなら酒蔵に行きなさい』とおっしゃいました。

―それで酒蔵で酒づくりを勉強された?

佐々木
 はい。いろいろありましたが、伝手をたどって奈良の酒蔵で一緒に酒づくりをさせていただきました。それはとんでもなく大きな、ほんとうに大きな出来事でした。今のうちの酒質があるのはそこでの経験と、今年で11年目になる製造スタッフが入ってきてくれたからです。

 ―酒蔵では何を学ばれましたか?

佐々木
 技術としては酛(もと)づくりでの暖気樽の入れ方です。その蔵では生酛でも速醸でも暖気樽を使って温度をコントロールしていました。あとは麹づくり。12月に店を閉めて二週間ほど泊まり込みで受け入れていただきました。そのとき杜氏さんが率いる蔵人の皆さんに、初めてひとりの醸造に携わる職人として扱っていただきました。
佐々木要太郎さん
上質などぶろくを追求し、米づくりから変えた佐々木要太郎さん。料理人としても独自の世界を目指す(写真提供:佐々木要太郎さん)

米を購入するために本免許に

―製造免許を本免許にされたのは農家から米を買うためとおっしゃいましたが?

佐々木
 今うちの契約農家になって無農薬・無肥料で酒米「五百万石」と岩手「亀の尾」をつくってもらっている方がいるのですが、その方が酒蔵と栽培契約を結んだ際に取引価格がとても安くて悩んでいらしたんです。無農薬・無肥料でつくるとカメムシの食痕が出るなどするので、米の等級が等外になってしまい、酒蔵は高く買いません。私も米をつくっていますから、収量の浮き沈みが激しい無農薬・無肥料の米は、どれくらいの価格が必要になるかわかります。

このときに日本酒の蔵と無農薬・無肥料で栽培する米農家との取引は成り立たないことがわかって、この米は自分が買うしかないと思いました。そのために本免許に切り替え、米を酒蔵が提示していた価格の5倍で引き取りました。今は毎年、全量買い取る契約で収量によって価格は調整しています。

―全量買い取りなら生産農家は安心ですが、どんな品質の米を求めていますか?

佐々木
 無農薬栽培であること、そして無肥料でやって欲しいとリクエストしています。

―佐々木さんご自身はどれくらい田圃をやっていらっしゃるのですか?

佐々木
 最初は5反歩(約0.5ヘクタール)で、今は3町歩(約3ヘクタール)です。

―増えた田圃は管理しきれなくなった農家から使って欲しいという話が舞い込んだんでしょうか?

佐々木
 いいえ、遠野ではそういうケースはありません。なかなか田圃を借りられず、うちの田圃は遠野でもいちばん条件のよくないところです。無農薬での栽培も嫌われるので、なかなか増やせません。
遠野市観光案内図
遠野へはいわて花巻空港からエアポートライナーで1時間15分、新幹線新花巻駅から在来線で1時間。どぶろくのほかホップの栽培が盛んでビールも人気の観光地

鍵は無農薬・無肥料の固い米

―米に強いこだわりをお持ちですね。

佐々木
 日本酒の前にどぶろくがあり、さらに遡ると稲作、米があります。ここを知らずに酒づくりはできないと思っています。勉強させていただいた蔵の杜氏さんがおっしゃった「酒づくりは土方作業の先にある」という言葉が今も強く心に残っています。土方作業とは、蔵の掃除や身の回りの整理整頓、機械のメンテナンスなどで、酒づくりが始まる前にしっかり準備をして、環境を整えることを指していると思います。自分に置き換えたときにそれはどこなのだろうと考えて、自分なりに米づくりに落とし所を見つけました。  

米づくりに深く入って行けば行くほど、なぜ、これほど労力をかけた米をたくさん削らなければならないのかという疑問にぶち当たります。日本酒はきれいな酒にするために高精白にすると言いますが、米は土の中のあるものを食べて育ちます。ならば健全な土で米をつくれば高精白にする必要はないのではないかと考え、無農薬・無肥料で米を栽培して、つくった酒のデータをとることにしました。最初の頃はいろいろ試して精米歩合60%が理想の味に近く、それでつくっていたのですが、10年ほど経ってから、そろそろいいかなと思い食用米のコイン精米機で精米した米でつくってみたのです。

―田舎のロードサイドで見かける、あの飯米用の精米機ですか?

佐々木
 はい。高い精度を求めない精米機で、精米歩合にすると95~98%でしょう。それでつくったどぶろくは、精米歩合60%でつくったものと、お取り扱いいただいている酒専門店の方ですら区別できませんでした。

―それは10年間、無肥料で栽培したことで田圃の窒素が抜けて、蛋白質など酒の雑味のもとになる成分が少ない米ができたということでしょうか?

佐々木
 それもあると思います。食用では甘みが足りないのですが、昔、今のように肥料を入れなかった時代の米はこんなだったのではないでしょうか。

―佐々木さんの米は酒米品種ですか?

佐々木
 もち米を掛け合わせていない「遠野1号」という品種です。昭和の初めに在来品種を掛け合わせて寒冷地向けに開発された品種で、一度途絶えたものを私どもで復活させました。

―契約農家さんの「五百万石」と岩手「亀の尾」と、佐々木さんの「遠野1号」では、どぶろくに違いが出ますか?

佐々木
 はい、発酵過程がまったく違います。私の田圃のように無肥料で20年というスパンになっていないので、栽培農家さんの米はまだ柔らかい。うちの酒づくりでは柔らかい米はどんどん溶けてしまってよくありません。固い米をゆっくり溶かして、醪日数が100日から150日、さらに瓶に詰めてからも酵母は失活しません。

―発酵温度はどれくらいですか?

佐々木
 品温は3℃から5℃を行ったり来たりですね。8℃でも100日を超えてきます。タンクは琺瑯と木桶で、木桶は品温が5℃くらいで安定するのでとても使いやすいです。琺瑯タンクはものによってマットを巻いたり外したり、時には下に電気を入れて温めたりすることもあります。
「とおの屋 要」
JR遠野駅から徒歩8分の住宅地にある「とおの屋 要」。1日1組しかとらないオーベルジュだ
室内
落ち着いたデザインの室内。木のぬくもりを感じる家具が並ぶ

米の味が反映された完全発酵、醪日数は100日超え

―醪日数がそんなに長いとは思いませんでした。

佐々木
 土が変わり米が変わるにつれて、無添加でやっているものですから、醪日数が長くなっていったんです。全国から日本酒の蔵元や新たに起業した醸造家が大勢いらっしゃいますが、無農薬・無肥料でつくった米と慣行栽培米(一般的な米づくり)で何が違うのかとよく聞かれます。慣行栽培米は私からすると肥満体質で溶けやすい。私どものデータではアルコール発酵がグンと進んで山なりにシュンと落ちていくのに対して、自然栽培米は無添加なら先ほど言った通りずっと発酵が続いて醪日数が100日を超えます。

―今の話は彼らの興味を引くでしょう。

佐々木
 はい。無農薬・無肥料を取り入れる蔵があり、とてもうれしく思います。

―さきほどの、無添加とは酵母を添加せず蔵付き酵母だけで発酵させるという意味ですか?

佐々木
 酵母だけでなく乳酸も人工的なものは一切添加しないという意味です。

―それだと雑菌汚染が気になりますが?

佐々木
 雑菌汚染されないように、独自に開発した水酛づくり*で仕込みます。これで大丈夫です。

*室町期に確立された米を水に数日間浸漬して乳酸発酵を誘導する手法

―なるほど。麹はどうされているのですか? どぶろく農家には乾燥麹を使うところが多いですけれど。

佐々木
 専門業者に委託して、乾燥麹にしてもらっています。自分でつくったこともありますが、うちの米は固いので私の腕が悪いのか、麹菌のはぜ込みがよくないんです。米を溶かすのに強い麹が必要なので、専門業者に米を送って高い技術で麹をつくってもらっています。

―海外に輸出もされていますが、どのような状態で送るのでしょう。冷凍ですか?

佐々木
 冷凍はしません。火入れは一切しないので生々のままリーファーコンテナか、相手が急ぐときは航空便で送っています。

―途中で酒が噴き出しませんか?

佐々木
 これまで一度もありません。

―アルコール度数は?

佐々木
 12~14度に抑えています。いや、抑えるというより、そこまで行く、それ以上にならないという形です。私が考える完全発酵は、米の味わいが圧倒的に反映されていることがひとつ、そしてバロメーターとして発酵中にうっすら上澄みができる状態になること。そうなった時に酵母がご馳走様と言って休眠に入ったと考えています。

どぶろくは濾せないので発酵が旺盛な時に瓶詰めするととんでもないことになります。酵母が休眠するまで発酵させることで火入れしなくとも酒が安定します。
田植え
佐々木さんの米作りは無農薬・無肥料を徹底する(写真提供:佐々木要太郎さん)

理由があれば高価格は受容される

―「とおの屋 要」をオープンした2011年頃には、今のスタイルのどぶろくが完成していたのでしょうか?

佐々木
 ほぼ、できていました。ですが、それから知られるようになるまでに時間がかかりました。

―今、販路は直営のレストランで提供するほかは酒専門店ですか?

佐々木
 はい、酒専門店さん40店に販売していただいています。これまでずっと育てていただいたので、基本的にネットやレストランで直接販売はしません。
「とおのどぶろく水もと酵母添加500ml」と「〃速醸火入れ500ml」
「とおのどぶろく水もと酵母添加500ml」(右)と「〃速醸火入れ500ml」。地元のコンビニエンスストアで購入できた。
―輸出はどちらかの酒専門店を通じて出しているのですか?

佐々木
 現地の方と直接取引しています。向こうですべて準備してもらって、オーダーが入れば商品があるときには出しています。ただ、自分なりにいろいろ考えて、輸出は積極的にやらなくてもいいかなと。

国内の消費が減っているから海外にというのは違うと思うのです。将来の種まきのために輸出するのはいいけれど、では、国内でやれることを全部やったのかと振り返るとまだまだある。海外で受け入れられるということは、先々日本でも受け入れられるかもしれないわけで、きっかけが必要なだけでもっと飲まれる時代がくると思っていて。

―そう考える理由は?

佐々木 私は料理人でレストランをやっています。驚くのは20代の方の健康意識が強く、環境意識がとても高いことです。店は一泊で飲み物も入れるとひとり5万円~7万円するのですが、20代の方がいらっしゃるんです。決まってうちのどぶろくを飲んでくれていて、聞いてみると興味があるのが自然環境とか、自分たちがアレルギー源を持つ時代に生まれてしまったがゆえによく調べていると言う。彼らは理由があれば高価格を受け入れる。そういう変化を目の当たりにして、日本酒やどぶろくの価格はちょっと違う時代に来ているのではないかと思います。

―大量生産でつくられる酒は良質で安価を求められますが、手づくりで自分の哲学を商品に込めるような酒は、もっと高くても受け入れるだけ市場の懐は深いですね。

佐々木
 ほんとうにそう思います。うちの商品を扱っていただいているお店にはコンビニエンスストアが4店あります。千葉に一店と地元の遠野市内の三店で、全アイテムを置いていただいているのですが、500mlで2500円くらいする商品がよく動いています。米も麹も高価なものを使っているので、この値段になってしまうのですが、酒専門店のお客様だけでなく、誰もが利用するコンビニエンスストアで売れることにとても勇気づけられました。

―本当に近年は若い方の意識が大きく変わってきていると思います。本日はたいへん刺激的なお話をありがとうございました。

(聞き手…山田聡昭・酒文化研究所 取材…2022年3月)

※記事の情報は2024年2月22日時点のものです。

  

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