日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録

2024年12月5日にこうじ菌を使った日本の「伝統的酒造り」の技術がユネスコ無形文化遺産に登録されました。どんな内容で、どのような影響があるのでしょうか? 日本酒や本格焼酎のメーカーでつくる日本酒造組合中央会の記者会見を取材しました。

メインビジュアル:日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録

日本酒だけでなく本格焼酎・泡盛、本みりんも!

登録が決まったその日の朝、日本酒造組合中央会(東京都港区)は会見を開き、これまでの経緯を報告し、喜びとともに関係各所への感謝を表明しました。

会見では最初に同会の副会長で「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会」の会長を務める小西新右衛門氏が喜びを語りました。

「日本酒、本格焼酎・泡盛、本みりんという日本の伝統的な酒造りのすべてが登録の対象となった。これはこうじ菌を使った酒造りという括りで、国内では3年前に登録無形文化財に登録されたが、ユネスコでの登録にはさらに3年を要した。ご尽力いただいた皆さまに心から感謝を申し上げたい。日本では穀物の粒のままこうじ菌を繁殖させるバラ麹を用いる。日本で独自に発展したもので発酵文化の基となっている。登録は、そうした酒造りの技術の伝承であり、麹への理解を促す活動をしっかりやっていく」
正式決定時の面々
正式決定は日本時間で午前3時42分。未明にもかかわらず日本酒造組合中央会の関係者が集まり即座に祝杯を挙げた
続けて同会理事の宇都宮仁氏は、「(前略)日本各地の蔵元にはそれぞれ歴史があり、長い年月の中で、各地で磨き発展させた酒造りの技によって國酒が造られてきました。それは、地域の祭礼や年中行事に欠かせないものであり、四季折々生活習慣や食文化に合わせて楽しまれてきました。私どもは國酒を知ることは日本の伝統文化に触れることだと思っています(後略)」と同会の大倉治彦会長の挨拶を代読。

さらに日本酒造杜氏組合連合会の石川達也会長の言葉を代読し「(前略)酒造りの伝統技術は無形の文化遺産ですから、言語化・数値化した記録として保存すればいいというわけにはまいりません。その技術を継承していくのは、あくまで『人』なのです。したがって、酒造りの世界に意欲のある人が入り、伝統技術を体得していくことの可能な環境を整えることが必要になります(後略)」と続けました。
登録の当日、日本橋ふくしま館MIDETTEで日本酒が振舞われた
登録の当日、日本橋ふくしま館MIDETTEで日本酒が振舞われた

ソムリエが料理と日本酒のペアリングに注目

質疑応答では、日本酒が海外で受け入れられる手応えを感じた出来事を問われ、小西新右衛門氏は「ペアリングにおける日本酒の位置づけの変化です。10年くらい前からワインのソムリエたちが日本酒と料理の組み合わせに本格的に関心をもつようになりました。そういう流れがあるうえでの今回の登録なので海外での普及に拍車がかかると期待しています」と答えました。

また、登録の喜びを聞かれた宇都宮仁氏は「うれしいと同時に『しっかり伝えていけ』と書かれており、検証もしていかなければならないのでプレッシャーも感じている。これまでも子供向けの麹造り体験会などいろいろ進めてきているが、さらに麹を使った酒造り技術を知る機会を設けていく」と述べました。
登録を推進してきた小西新右衛門氏(左)と宇都宮仁氏(右)
登録を推進してきた小西新右衛門氏(左)と宇都宮仁氏(右)
酒造りの職人たちにより酒造り唄が披露された
日本酒に所縁の深い伊丹市で記念イベントが開催された。酒造りの職人たちにより酒造り唄が披露された

ユネスコ無形文化遺産登録が国内外での國酒の評価を高める

この前後にはテレビや新聞をはじめ多くのメディアが日本の伝統的な酒造りのユネスコ無形文化遺産登録を報じました。各地で酒蔵の喜びの声ともに、酒造りの職人が作業する様子や海外での日本酒人気の高まり、訪日外国人が日本酒を楽しむ姿が放送されたのをご覧になった方も多いと思います。酒離れが進んでいる若年層が日本酒に触れるきっかけになればという声を紹介する番組もありました。

ここで今回の登録の意義を考えてみましょう。2013年に和食が無形文化遺産に登録された時にユネスコ大使であった門司健次郎氏は自身のSNS(Facebook)で次の3つを挙げています。

第1は、登録により、日本の伝統的な酒類は、単なるアルコール飲料ではなく、日本の文化である、と広く内外に宣言されることです。

第2は、登録は、日本酒の存在を多くの日本人に再認識させるであろうということです。今日、日本酒は日本の社会生活の中で存在感を失ってしまいました。登録が話題になることにより、人々が全47都道府県にある地元の酒蔵に目を向けるようになることを期待します。

第3は、登録は、伸びつつある海外市場で日本酒の強い後押しとなることです。和食の登録が更なる和食ブームにつながったことが想起されます。

門司氏が指摘するとおり登録が契機となり和酒に関心が向けられ、国内で再評価の機運の高まりが期待できる。海外でも単なるアルコール飲料ではなく豊かな文化をもっているという理解を促すでしょう。
フランスのKura Master
フランスでソムリエたちが審査員を務める日本酒と本格焼酎のコンテスト「Kura Master」。日本の伝統酒が彼らを魅了し始めている

「どぶろく」にもスポット

さらに挙げるならば「どぶろく」と「麹」をクローズアップした意義も大きいと言えるでしょう。19世紀までどぶろくは日本中で飲まれていました。江戸期にはフルーツやボタニカルを副原料に使ったどぶろくが造られていた記録もあります。

けれど自家醸造が禁止されてからどぶろくは公の場から排除され、伝統的な酒でありながら酒造りの技術の継承と発達機会を失いました。近年のクラフトサケ(フルーツやハーブなどの副原料を使った新しい米の醸造酒造り)の取り組みは、どぶろくの失われた一世紀を回復する運動と見ることもできます。
クラフトサケの醸造者たち
クラフトサケの醸造者たち。2022年にクラフトサケブルワリー協会を起ち上げた

「麹」は日本の発酵食品の大元

麹については酒造りの根幹をなすと言われるものの、酒米や酵母のように麹そのものにフォーカスすることは多くありませんでした。麹は味噌や醤油の製造にも欠かせない微生物で、原料の大豆のたんぱく質やでんぷんをアミノ酸やブドウ糖に分解し、甘味や旨味の基となります。

酒や味噌・醤油の製造業が成長するとともに、特殊な技術と設備が必要な種麹造りは外部の専門業者に任されるようになり、有力な業者に集約されて今日に至っています。多くがBtoB取引で一般的に知られていない種麹屋に関心が寄せられ、日本の発酵食品文化を支える存在であると知られることは有意義なことです。
米麹
米麹。日本では米粒にこうじ菌を繁殖させる(ばら麹)。中国や朝鮮半島では穀物を砕いて水を加えて成型して麹を繁殖させる(餅麹)
左から日本酒に使う黄麹、泡盛・本格焼酎に使う黒麹、本格焼酎に使われる白麹、味噌に使う白麹
こうじ菌には多くの種類がある。左から日本酒に使う黄麹、泡盛・本格焼酎に使う黒麹、本格焼酎に使われる白麹、味噌に使う白麹

※記事の情報は2024年12月19日時点のものです。

  

『さけ通信』は「元気に飲む! 愉快に遊ぶ酒マガジン」です。お酒が大好きなあなたに、酒のレパートリーを広げる遊び方、ホームパーティを盛りあげるひと工夫、出かけたくなる酒スポット、体にやさしいお酒との付き合い方などをお伝えしていきます。発行するのは酒文化研究所(1991年創業)。ハッピーなお酒のあり方を発信し続ける、独立の民間の酒専門の研究所です。

さけ通信ロゴ
  • 1現在のページ