どぶろく最前線⑩ 「エコツーリズムとどぶろく造り」やまね酒造インタビュー
木桶仕込みのお酒を醸す「やまね酒造」(埼玉県飯能市)。お酒づくりだけでなく、山々の自然観察会や酒造り体験などのエコツーリズムも進めていて、環境意識が高まる昨今、企業や大学の研修の場にもなっています。酒を通じて自然との繋がりを体感する同社の取り組みを、創業者の若林福成さんにお聞きしました。
アニメで町おこしから、生きものが造る酒へ
若林 高校生の時に故郷の埼玉県栗橋町に、アニメで町おこし企画を提案しました。その時、真剣に話を聴いてくださった方が酒販店さんで、商工会や行政に説明する場を設けてくださいました。私にとって家族や教師以外で正面から接した初めての大人で、とてもよくしていただきました。
当時、隣町ではアニメの聖地になった神社の参拝客が急増してたいへん盛り上がっていました。私はそれを仕掛けた側の中心メンバーだったので、栗橋町もアニメで活性化できるのではないかと考えたのです。駅務員という設定で「栗橋みなみ」というキャラクターをつくり、商品のラベルに使ったりイベントのシンボルにしたりする活動は、大人たちを巻き込んで大きくなっていきました。
ある時、お世話になった酒販店さんに連れられて酒蔵の見学に行きました。酒造りをする蔵の方のひたむきな姿に引き込まれ、酒は微生物の働きで生まれることを知ります。私は小学生の時、毎週のように上野の国立科学博物館まで、特別講座を聞きに行ったほど、生きものが大好きなんです。この見学の時に、大好きなアニメと町おこしと生きものと酒が繋がって、酒蔵をやってみたいという思いが芽生えました。
若林 16~17年前です。その後、ボランティアで活動する限界を感じて、19歳の時にキャラクターを活用した地域活性化事業(町おこしプロモーション戦略)を全国各地でプロデュースする「合同会社福成」をつくりました。
アニメのキャラクターをラベルにした「萌酒」を酒蔵に提案し、秋葉原でイベントをやると、酒のイベントに来る人とはまったく違う人たちが大勢集まったんです。アニメを切り口に、新しい出会いを創れることに自信を深めました。
また、オタクだけの婚活パーティ「オタ婚活」は、男女とも定員の10倍の応募があり大ヒット、あちこちから取材が殺到して、婚活業者が次々に参入してきました。
若林 大学院を卒業するとキャラクターの仕事と並行して、アニメ聖地の神社の前で酒場を始めました。その時に「新政酒造」と出会い、生きものを大切にした無農薬・無施肥の米作り、木桶仕込みという考え方に共感し、いずれ酒を造るなら出発点はここにしたいと思い、門を叩いたんです。すでに造りが始まっていたので、その時は受け入れていただけなかったのですが、一年くらい後に佐藤社長から突然電話があって、空きが出たから来てみないかと誘ってくださった。それで店を閉めて蔵で修行させていただきました。その後、地元の酒蔵を手伝わせてもらいながら、開業の場所を探しました。
理想の地「飯能」で創業するも多難な船出
若林 候補地を50ヶ所以上見たのですが、これだという気持ちにならず、なかなか決められませんでした。そんな時に子どもの頃に通った国立科学博物館の先生が「若林君が話してくれる生きものは、飯能に行けばみんな会えるよ」と言っていたことを思い出しました。調べると飯能には哺乳類が30種類以上棲息していて、カモシカや熊だけでなくヤマネもいることがわかりました。東京から電車で一時間しかかからないのに豊かな自然があるのです。
―ヤマネは会社名にもされています。
若林 ええ。日本最古参の哺乳類で生きた化石、森の妖精といわれる天然記念物です。ヤマネが棲む環境を守る会社にしようという思いから名付けました。生態がよくわかっていないので森の中に巣箱をあちこちに設置して、カメラで自動撮影すると30秒の間に7個体が映っている動画を撮れまして、NHKでも放送され研究者たちからも高くご評価いただきました。こうした環境保全の取り組みは、この春に「環境省 第19回エコツーリズム大賞」で「特別賞」を受賞しました。
―すばらしいですね。
若林 おっしゃるとおりで酒販店さんがコンビニをやって廃業された建物です。飯能でもヤマネがいるところは駅から離れた山の中なので、適当な物件がなかったのですが、大家さんが「元は酒屋だったからこれも何かの縁でしょう」と貸してもらえることになりました。
―酒造りを始めたのは2021年だそうですが、コロナ禍の最中です。順調に進んだのでしょうか?
若林 いや、厳しかったです。その年の7月に初めてどぶろくを発売したのですが、すぐに4回目の緊急事態宣言が出て、飲食店での飲食や県境をまたぐ移動が制限されました。
木桶2本仕込んだうちの1本は応援してくれる仲間になんとか捌けたのですが、もう1本はそのまま残って売り先がありません。始めてすぐにダメになってしまうのかと覚悟しました。でも、フォロワーが200人しかいなかったTwitter(現:X)に苦しい状況を投稿すると、アニメ時代の仲間や人気の声優さんたちが次々に拡散してくれて、「アニメイベントの若林さんを助けよう」という声が広がって「いいね」が約3万もつきました。翌日は朝から店の前に行列で、どぶろくはあっという間に完売、予約を取ってお待ちいただきました。
―すごいお話ですが、その後は安定して売れるようになりましたか?
若林 結局、半年近く酒造りを休みました。ガス抜き穴のある瓶の商品は宅配便で送れず、それならと冷凍してシャーベットどぶろくにしたら、夏はよかったのですが、気温が下がったらまったく動かなくなりまして…。再開したのは昨年の春です。
チームビルディング研修に酒造り
若林 ここを拠点に自然観察会やエコツアーのガイドをしました。野鳥、昆虫、水生生物、植物、星空など観察ツアーのメニューはいろいろできます。
コロナで家にいる時間が長かったこともあって自然に触れたい、家族だけで行くから案内して欲しいという方が多数いらして、その経験から木桶を使った酒造り体験ツアーというプログラムが生まれました。
参加者からここで飲んで泊まりたいという声も多かったので、自宅兼事務所の建物の一階を民泊にしました。昨年1年間で300人くらいお泊りになっています。
―酒造り体験ツアーで300人ですか?
若林 エコツアーやバーベキューパーティの方も含めてです。最近は企業の研修や大学のフィールドワークでのご利用が増えています。10人くらいで一緒に酒造りをするチームビルディングのトレーニングとか、サスティナビリティを担当する部門の研修とか。行政の視察も多く、エコツーリズム大賞を受賞したことで、会社に話を通しやすくなったとよく言われます。
大学生は生物学のゼミの合宿や卒論のためのフィールドワークでご利用いただくことが多くなりました。これまで行っていたところが、インバウンド需要の増加などで宿泊費が高騰し、学生では泊まれなくなっているらしく、近くて安いここになってきているみたいです。
―学生さんが酒に触れる場になるのはいいですね。
若林 はい。生まれて初めて飲んだ酒がうちのどぶろくということもあります。お泊りの方には酒もリーズナブルに提供していますし、よく飲んでくれます(笑)。
若林 仕込みは四斗の木桶なので全量買い取っていただけるなら、オーダーメードで相手の希望通りに組みます。自分たちの結婚披露宴で使いたいからと、何日も通ってきた方もいました。
1~2日間の体験希望なら、うちの製造計画に沿って「その日はこの工程なら手伝ってもらえますがいかがですか」と確認して参加してもらいます。外国人の参加者も月に3組くらいはあります。
エコツアーは、動物の生態を春夏秋冬と観察するので何回も通って泊まります。酒造り体験も何度も来る方がいます。最初は店と客の関係ですが、徐々に関係が深くなり仲間としてのやり取りに変わっていきます。
地元の木材で酒を仕込む
若林 小豆島のヤマロク醤油さんからです。大学院が香川だったのでその頃から交流があって「木桶職人育成プロジェクト」にも毎回参加しています。桶の職人さんに飯能まで来てもらって、この山の木で木桶を作れるか見てもらいました。大丈夫ということだったので、一年枯らした材を小豆島に送って桶に組んでもらいました。
飯能はかつて入間川を使って江戸に材木を送り出し、「西川材」と呼ばれた杉・檜で栄えた町です。できるだけこの木材の酒造道具で酒を造りたいと思い、ほかの道具も買い足しています。高価なので毎年、少しずつですね。
―ヤマロク醤油社長の山本さんの木桶仕込みへの熱意はたいへん強いです。お互いに刺激しあって発展していけると思います。本日はありがとうございました。
※記事の情報は2024年10月3日時点のものです。
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