必ずしも、安いワイン=スクリュー・キャップではない理由
イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが在住していたヴェネツィアをはじめイタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回は、ワインのスクリュー・キャップについてお話します。
ニューワールドのワインでは今やスクリュー・キャップが主流
「安いワインに手軽なキャップ、経費節約なんでしょ」
というのが、私の家飲み友達のおおかたの意見だ。私もそう思っていたノンベエの一人だ。確かに、価格の安いワインには、よくスクリュー・キャップが使われている。注意して見ると、それらの多くはニューワールド系のワインだ。例えば、チリ・ワイン、カリフォルニア・ワイン、オーストラリア・ワインなど。ヨーロッパの老舗国ではない地域のワインには、やはり安物のイメージがつきまとっているし、さらに味も格下という先入観が私にはあった。
しかし最近のチリ・ワインを飲んだことがおありだろうか。例えば、今やどこのスーパーでも見かける「アルパカ」の赤。500円程度の低価格にして、堂々たるスクリュー・キャップ。棚を見る限り「安、悪」の予感ムンムンなのだが(個人的印象ですみません)、飲んでみるとしっかりとボディがあり、カベルネ・ソーヴィニョンとメルローのブレンドによる程よいタンニンが味を引きしめ、かなり上品に仕上がっている。高級感はないがカジュアルで、デイリー・ワインとしては十分なクオリティーだと思う。ということは、
「安ワイン=スクリュー・キャップ=格下の味」
の方程式はもはや成り立たないのではないか。悶々としていたある日、とある輸入食材店で、私がイタリアで愛飲する白「ソアーヴェ(Soave)」がスクリュー・キャップで並んでいるのを目にしてしまった。しかもD.O.C.、つまり国の保証付のランクだ。私が長年親しんだ味だ。買って飲んだ。やはりうまい。しっかり本場の味を保っている。ついに私のなかで、あの方程式が崩壊してしまった。
プロが語る「スクリュー・キャップ」進化のワケ
「2000年以降、ニューワールドの輸出用ワインは、多くがスクリュー・キャップに移行せざるをえなくなりました」
開口一番、山井さんはこう切り出した。
「その一番の原因はブショネです」
「ブショネ」とはコルクに潜むバクテリア汚染のことである。これによりコルク栓は劣化し、ワインに悪臭が付着する。
「その頃、オーストラリアから輸入したワインの約20パーセント、5本に1本からブショネの被害が出ていたんですよ」
その原因の大元はコルクの品質にあった。良質のコルクはヨーロッパ産のもので、価格も高い。ましてオーストラリアなどは、そのコルクを輸入するのに、余計にコストがかかる。すると必然的に、質の劣る安いコルクを仕入れることになり、当然そんなコルクは劣化しやすく、菌に侵されやすい。
「そこで、特にニューワールドでコルクに代わる栓の開発が進んだわけです。そうしたなか、最も優れていたのがスクリュー・キャップだった。現在では、瓶内のワインにまったく変化なく、品質にほとんど問題ありませんね。さらに改良が進み、わずかな空気を通して熟成を促すことさえできるキャップもありますよ」
と語りつつ、山井さんが挙げてくれただけでも、たくさんのメリットがあった。
- ワインの大量生産に向く。
- 外気の影響を遮断し、品質が損なわれない。
- 輸出や運搬がしやすい。
- 開けやすいので、持ち運びや屋外での飲みに便利。
- 飲み残したとき、簡単に、しっかりと栓ができる。
- さらに冷蔵庫などに横にして保存することができる。
デメリットはないのかと尋ねてみた。
「強いて言えば、外側からのショックに弱いという点ですね。何か硬いものにキャップをぶつけたりすると、柔らかい素材なので窪んだり、亀裂が入ったりして、瓶内のワインにも影響が出ることがあります。スーパーなどで買って、袋に入れて持ち歩くときなどに注意ですね」
とは言え、家の中ではこのようなことも、まず起こらないと強調した。
「もう一つ、開栓のとき、開け損ねて、キャップを空回りさせてしまう人がいますね」
と笑い、ロゼのボトルを1本取り出してきた。それを見て、すぐに私も思い出せた。これは以前に山井さんのワイン会に参加したときに見せて頂いた開栓方法だ。開栓のときにキャップを握るのではなく、下の方、キャップと繋がるボトルの首を覆う部分をパキッと捻るのである。すると難なく、ほとんど力をかけずに開栓された。スマートで、しかも手つきが格好いいのだ。
「もちろん、コルクの良さもあります。自然の素材ですから、ワインとの相性もいい。特に長期熟成のタイプならば、コルクの変質によって微妙な空気の混入が起きて、個性的なワインになったりする楽しみもある。ですがそれは逆に言うと、品質を一定に保ちにくい。普段の若飲みのタイプならば、コルク栓である必要はもうないですね。スクリュー・キャップの質がこれだけ良くなれば、品質の管理と維持、それに経営的な観点からも、こちらが主流になるでしょうね」
山井さんは固く腕を組んだ。どうやらイタリアやフランスでも、この潮流には変わりがないようだ。このようなキャップの改良に加え、質の高いコルク材の減少もあって、世界のワインはどうやらスクリュー・キャップに世代交代、といったところだ。
取材の帰り道、公園の桜がつぼみをふくらませていた。まもなく、この公園も花見客で賑わうことだろう。そんな中で宴会をする自分を想像し、今年のお花見はスクリュー・キャップのワインにしようと心に決めている。そのときは、あの山井さん直伝の開栓を披露するぞ、と私はこっそり手つきを真似てみた。
※記事の情報は2017年5月9日時点のものです。
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