ヴェネツィアでしか飲めない! おすすめのワケありワイン

イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが、在住していたヴェネツィアをはじめ、イタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回はヴェネツィアのバーカロ(居酒屋)で飲めるかもしれない(!)ワインについてご紹介します。

ライター:京藤好男京藤好男
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ヴェネツィアならではの冒険! フラゴリーノ探し

先日、あるカルチャースクールで、久しぶりに顔を合わせた20代の女性に、

「今度、フリーの旅行でヴェネツィアに行くことにしました。学生時代の親友と2人で。ヴェネツィアに詳しい先生にぜひおすすめの場所を教えていただきたくて」

そうアドバイスを求められた。入門講座で私のクラスにいた人だ。その頃は、まだ発音もままならなかったが、その後頑張ってイタリア語を学び続け、いよいよ勉強の成果を試しに行くらしい。私もうれしくなって、いくつかおすすめスポットを挙げていくと、彼女はちょっといたずらな顔をして、

「私たち、共通の趣味がお酒で、そのお、本場のワインを飲んでみたいのですけど…」

と小声になるのだった。そうか。冒険をしてみたいのだね。初めてのヴェネツィア、ワインの初心者、でも好奇心は旺盛、そんな人にとっておきの、ヴェネツィアならではのワインがあるのだ。

「それならぜひ、バーカロに行って、フラゴリーノを飲んでみて」

それが私からの冒険のチケットだ。というのも、フラゴリーノ(fragolino)とは一般のワイン販売所やスーパーなどでは手に入らないワイン、実は違法のワインなのだ。しかも、イタリアでは、ほぼヴェネツィアでしか飲めない。それを「幻のワイン」と呼ぶ人もいる。そう聞くと、そんなものを生徒にすすめるのか、とお叱りを受けそうだが、それはイタリアの「ワイン法」が関わっている。つまり、フラゴリーノはその規約に外れたワインなのである。

フラゴリーノはどうして違法なの!?

その違法性は、フラゴリーノを作るためのブドウ「ウーヴァ・フラーゴラ(Uva Fragola)に由来する。このブドウはアメリカ原産で、フランスに輸入され、やがてイタリアにも移植された。その原因は19世紀後半、フランスに端を発したフィロキセラという害虫による広大な被害だった。それはヨーロッパ各地に及び、イタリアのブドウ畑も軒並み侵食された。それに対して取られたのが「接木」による措置である。この害虫に強いブドウ品種を使い、元のブドウに接木し、いわばクローンを作って害虫を寄せつけない手段を考えた。そのときに「接木」として選ばれたのが、ウーヴァ・フラーゴラだったわけなのだ。

だから、そもそも、ウーヴァ・フラーゴラはワイン用には想定されていなかった。だがその後、このウーヴァ・フラーゴラだけを使ってワインを作ってみると、甘く、ほのかにイチゴの香りがした。イチゴをイタリア語で「フラーゴラ(Fragola)」というが、それがこのブドウのイタリア名の由来だ。そして、そこから作られるワインを「フラゴリーノ」と名づけた。だが、なぜそれが違法なのか。いくつか説がある。1つは、それをワインにすると、メタノール含有量が多くなるからだと言われる。だが、現在の醸造法では、そのメタノール分は、通常のワインの量まで抑えられるとの指摘もある。

(参考資料: http://blog.xtrawine.com/2017/02/vino-fragolino-illegale/)

もう1つ、アメリカ産のブドウの普及を抑えるためだという人もいる。生産者が被害に強いブドウばかりを好み、ヨーロッパ原産のブドウの栽培が減るのを恐れての対応とも考えられる。いずれにしても「ワイン法」が禁じているのは、あくまでフラゴリーノを「商品化」し、市場に流通させることである。おもしろいことに、ウーヴァ・フラーゴラを「生産」することについては触れられていない。おそらくは、将来の害虫被害に備えてのことかもしれない。

ヴェネツィアだからこそ、フラゴリーノが飲める理由

したがって、このウーヴァ・フラーゴラ自体は、今もイタリア各地で栽培されている。そのまま食用とする人も多いが、このブドウを自家製ワインに利用してもかまわない。赤も白もできるが、白のほうが甘みと香りを多く楽しめる。ただし、先述の通り「商品化」してはならない。だから、ボトルに詰めても、ラベルを貼ることはできない。それが一般の店舗で売れない理由である。だが、家族や友人に「分ける」のはいい。そんなことを、公にもできるシステムがあるのが、ヴェネツィアなのだ。ヴェネツィアには「バーカロ(Bacalo)」という独特の立ち飲み居酒屋があちこちにある。このバーカロではカウンター越しに、グラス1杯からの注文ができる。もちろん、フラゴリーノをメニューに載せるわけにはいかないが、耳元で「きみのフラゴリーノ、1杯分けてくれる?」と聞き、「いいよ」と1杯差し出す、そんなやり取りはオーケーだ。だから、店員とイタリア語でやり取りできる人だけが、こっそりありつける希少なワインなのである。そして必ずしも、どのバーカロにも置いてあるとは限らない。自家製だから、作ってないときや品切れのときもある。だから、何軒かのバーカロを回らなければならないことだってある。しかし、私はイタリア語の生徒さんに、このワインをヴェネツィアで探してみることを時々おすすめする。フラゴリーノ一杯のために、いくつもの店をまわり、店員さんに交渉するのだ。そして、ついにありつけたときの感動と充実感たるや、すばらしいものがある。もちろん、フラゴリーノの甘く爽やかな味わいも、ご褒美だ。イタリア語の免許皆伝の第一段階としては、うってつけの「ミッション」といえるだろう。興味ある方はぜひチャレンジしてもらいたい。

最後に1つ、ご注意いただきたい。フラゴリーノ(Fragolino)という名前で、一般に流通しているワインもある。通販サイトで検索すると、ちゃんとボトルにラベルが貼られて商品化されている「フラゴリーノ」が見つかるだろう。だが、先述の通り、イタリアのフラゴリーノは商品化できない。ゆえに、サイトで見つかるフラゴリーノは、それとは別物だ。これを、ウーヴァ・フラーゴラを使ったワインと取り違えないようにしていただきたい。それらは赤のスパークリング・ワインにイチゴのフレーバーを加えたワインなのだ。カクテル風で飲みやすくできている。家飲みのデザートワインにおすすめできる1本だ。


※この記事は2018年8月22日時点のものです。
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