日本ワインの礎マスカット・ベーリーA ~川上善兵衛の夢を継ぐ者たち②

日本のワインぶどうの父が創業した「岩の原葡萄園」を巡ります。

メインビジュアル:日本ワインの礎マスカット・ベーリーA ~川上善兵衛の夢を継ぐ者たち②

北斜面・礫岩質の土壌

岩の原葡萄園の畑は6ha、東京ドーム1.3個分で、日本のワイナリーでは中堅より少し広いくらいです。敷地は23haありますが、急斜面で作業効率が悪く、危険なところでの栽培をやめたため現在の形になりました。ワインも年々品質を上げてきて、前回ご紹介した『深雪花』のように、日本ワインコンクールでは善兵衛が開発したブドウで好成績を残せるようになってきました。

ブドウ畑と工場を、栽培技師長の建入一夫さんに案内していただきました。社屋の後ろに迫る斜面に歩いて向かうと、下の方だけブドウが植えてあります。以前は斜面全体にブドウが植えられていたのかと質問すると頷き、「段々畑のようになっているところもただの急斜面だったと聞いています」と返ってきました。
ブドウ畑の斜面
畑は北斜面の礫岩質。かつては斜面の上まですべてブドウが植えられていた
建入さんはこの葡萄園を、山梨や長野と異なり盆地ではなく、標高が80~180mあり天気がよいと海岸線まで広がる頚城平野を見渡せるとしたうえで、テロワールには3つの特徴があると説明します。

ひとつは北斜面であることです。農耕に不向きな土地を活用してブドウを栽培することが目的であったことから、ブドウは北向きの斜面に植えられたのです。 2つ目は土壌が礫岩質であることです。麓の田んぼの一帯は粘土質ですが、葡萄園は岩の原という名前のとおり岩がゴロゴロしています。

豪雪というテロワール

そして3つ目は豪雪です。棚栽培のブドウ畑では大雪に備えて棚の高さが2~3mもあります。ここまで高くしておけば雪に埋もれることはないという先人たちの教えです。棚栽培に誘導するブドウの主幹を「X字」にクロスさせているのは、雪の重みで棚がつぶれても、幹が裂けないようにするためです。
主幹がX字になった木
棚栽培のマスカット・ベーリーA種の畑。右の木の主幹が「X字」に輪を描くようになっているのがわかる。雪で棚がつぶれた時に木が裂けないようにする工夫だ
主幹の曲がった木
マスカット・ベーリーA種を欧州系品種のように垣根仕立てでの栽培にチャレンジしたこともある。写真のブドウの木の下部が曲がっているはその名残。樹勢が強くて管理が難しかったほか、狸の獣害がひどかったという
有機栽培ぶどう畑
岩の原葡萄園ではマスカット・ベーリーA種の有機栽培にも取り組んでいる。土地の個性をそのままブドウに反映させることを狙う
栽培技師長の建入一夫さん
岩の原葡萄園に入社して以来、ずっと栽培を担当する栽培技師長の建入一夫さん。やってみると有機栽培の畑のブドウは他とまったく違ったと振り返る
さらに豪雪は、醸造棟や熟成庫にも関わっていました。善兵衛は岩の原葡萄園を開設した3年後、初めてワインを醸造しますが、発酵温度が上がりすぎて思ったようなワインになりませんでした。対策として建設されたのが、湧水を引き込んだ石蔵の建設です。冷涼な庫内で醸造し発酵温度が上がりすぎないようにコントロールしようとしたのです。その3年後には雪室を備えた第2号石蔵をつくります。冬の間に踏み固めた雪を貯蔵し、冷媒として活用する試みです。
第2石蔵
冬の間に室に運び込んだ雪を利用して室温を下げる第2石蔵
石蔵に並んだワイン樽
石蔵の中はひんやりして一年中、一定の温度に保たれる。樽で熟成中のワインが並ぶ
雪室
雪室。格子の間に白く壁のように見えるのはすべて雪。塩をまいて踏み固めた雪は夏を越えても残る
雪室の説明図
雪で直接室温を下げるわけではなく、冷媒として活用する仕組み

見違えたマスカット・ベーリーA種のワイン

圃場と工場をひと通り見た後で5つのワインをテイスティングしました。 最初に白ワインを2点。『ローズ・シオター2016』はパイナップルのような華やかな甘い香りが特徴です。『レッド・ミュルレンニューム2017』は、ライチを思わせる香りとフレッシュできれいな酸が印象的。
テイスティング用のワイン
左から『ローズ・シオター2016』『レッド・ミュルレンニューム2017』『マスカット・ベーリーA2015』『ヘリテイジ2015』極甘口の『レッド・ミュルレンニューム2016』
次の『マスカット・ベーリーA2015』は日本ワインコンクールで金賞を受賞し、部門最高賞に輝いた逸品です。有機栽培のブドウを自生酵母(ブドウに付着した天然の酵母)で醸したもので、柔らかい口当たりと、強すぎず程よいボディはマイルドな肉料理とよく合いそう。『ヘリテイジ2015』はマスカット・ベーリーA種にブラック・クイーン種を5%加えて、ボディに厚みをつくっています。最後はブドウを房のまま凍らせて溶け始めた果汁だけで仕込む極甘口の『レッド・ミュルレンニューム2016』です。

岩の原葡萄園ではこれらのワインの品質の指標として、日本ワインコンクールの評価を重視していると言います。つくり手は自身のワインを一番良いと思いがちです。コンテストはワインに精通した第三者による評価であり、市場の評価に通じます。コンテストで入賞する味わいを目標にすることで、独りよがりにならないようバランスをとっているのです。

かつてワイン好きな人々の間では、マスカット・ベーリーA種のワインの評価はけっして高くありませんでした。キツネ臭といわれる香りを嫌う方が多く、実際、品質レベルの低いものもあったのです。しかし、2007年に岩の原葡萄園のワインが、日本ワインコンクールで金賞を受賞すると、ワイナリーの目の色が変わります。栽培や醸造の仕方を突き詰めてブドウの力を引き出せば、高評価を得るワインになると証明されたからです。以来、マスカット・ベーリーA種のワインの品質は急速に上がっています。

「だいぶ前にマスカット・ベーリーA種のワインは飲んだことがあるけれど……」という方に、様変わりしたマスカット・ベーリーA種のワインを試してみることを強くお勧めします。
 
ちなみに5/15(土)~5/26(日)は岩の原葡萄園で年に1回の人気イベント「岩の原ワインバル」が開催されます。ワインとおいしいフードをお楽しみいただけるほか、セミナーも開催されるそうです。シャトルバスも運行されるとのことですので、どうぞお出かけください。
イベントの詳細は、こちら

※記事の情報は2019年4月25日時点のものです。

 

  

  

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