田辺聖子『春情蛸の足』の再現レシピ《肴は本を飛び出して⑦》
「小説やエッセイ、漫画に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲んでみたい」 家飲み派の筆者がささやかな夢を叶える連載、今回は田辺聖子の短編集『春情蛸の足』からの再現です。
中年以上の男女が恋しくなる「フツーのオカズ」で一献
◾あらすじ
ちょっとドキッとするような色っぽいタイトルに惹かれて手に入れた、田辺聖子先生の短編集です。テーマは、おもに大阪を舞台にした大人の男女の悲喜こもごもの「情」と、それに絡んだ「食」。
タイトルの一編「春情蛸の足」は、おでん屋で再会したかつての同級生といい雰囲気になった中年男性が、好物の蛸をきっかけに近寄ったり現実に戻ったりするというお話。色情でも激情でもなく、“春情”という言葉がぴったりくる、ちょっとだけ日常からはみ出した大人の欲情がコミカルに描かれています。
ほかにも、「人情すきやき譚」「お好み焼き無情」「薄情くじら」など、題名だけでむふっとなってしまうような作品が集録されています。
今回ご紹介する「味噌と同情」の主人公・中垣(なかがき)は大阪に暮らす中年男性。“バタ臭い”洋食一辺倒の妻の料理に満たされぬ中垣は、週に1、2度スタンド割烹「お常」に立ち寄り、旬のお惣菜を食べるのが何よりの楽しみ。「そういうものを賞玩するのは、中年以上の男女であろう」と自己分析(?)しつつ……。
春には蕗(ふき)の炊いたん、筍とわかめの炊いたん、嫁菜めしに土筆(つくし)の油いため。夏にははもの皮と胡瓜もみを合わせて酢で和えたはもきゅう、鴨なす田楽……。などと季節の味を楽しむなかで、特に我が家庭では味わえない味噌料理を喜ぶ中垣。
この店があってよかったと喜ぶ気持ちが女将への思慕へと変わるのかと思いきや、さにあらず。実は、女将の常子(つねこ)は知人の元妻。知人が若い女へ心変わりして離婚した後、「お常」を開店。開業の相談に乗ったのがほかならぬ中垣だったのです。
今回は、その相談の場となったミナミの割烹店で2人が食べた料理を再現します。
◾ここを再現
白木のカウンターに並び、常子はこの店について話し始めます。
「よそのお店では出えへん、普通のお惣菜、食べさしてくれはりますねん」
「実は、わたしも、そんな、フツーのオカズ、そして、旬のものを出すお店、作ろかしらん思うて。中垣さんにここのお料理あがって頂いて、批評、お聞きしたい思いましたの」
(中略)
中垣は常子が注文した小鉢物の料理を、「むさぼり食った」といってもよい。みななつかしいたべものである。
いわしの煮付けが出てくる。針生姜とともに、醤油と砂糖でこっくりと煮てある。新鮮ないわしなのか、身も崩れていず、酒の肴によい。
しっとりと煮つけられたおからが出てくる。山椒と紅生姜が天盛りしてあって、これも酒が旨くなる。常子は酒はだめだといい、ビールで相手をする。
そのうち、白味噌で煮たすじ肉のドテ焼きまで出て来た。こんにゃくとともに、白味噌の中でぐつぐつと煮られ、とろけるばかり柔らかくなっている。
『春情蛸の足』<味噌と同情>田辺聖子 講談社文庫より
ここで中垣が食べているのは、本当に「フツーのオカズ」なのですが、田辺先生の手にかかるとこうも美味しそうに見えるのがすごい。これは再現したくなるでしょう。
・いわしの煮付け
・おから
・白味噌味のスジ肉のどて煮(こんにゃく入り)
【再現レシピ①】いわしの煮付け
◾食べてみた
うん、酒に合います。青背の魚はやっぱり美味しいなぁと。生姜がまたいい香りを添えてくれること。二十代ではわからなかった味かもしれません。
【再現レシピ②】おから
「しっとり」のポイントは最後に溶き卵を混ぜること。余熱で火を通すくらいにすると、しっとり、なめらかな口当たりになります。料理ブログで知った手法なのですが、これ、おすすめです!
◾食べてみた
しっとりを重視しすぎたためつゆだくくらいになってしまいましたが、これはこれでアリ。なにかと乾燥しがちな四十路にはちょうどよかったかも〜。
紅生姜と山椒を天盛りにするのは初めて。紅生姜ってのがなんだか大阪らしくていいものですね。おからをちびちびつまみつつ、盃を傾ける冬のひと時。これで隣にいい男はんがいてくれたら最高だなぁ。
【再現レシピ③】白味噌味のスジ肉のどて煮(こんにゃく入り)
だしに酒と醤油少々を加えたもので牛スジとこんにゃく(味がしみやすいよう手でちぎってから下茹で)を30分ほど煮込み、白味噌を加えて1時間ほど弱火で炊きました。冷めたらまた火を入れて、というのを半日ほど繰り返しています。
◾食べてみた
牛スジはとろっとろ〜、こんにゃくは味噌あじがしみて噛むほどにうまい。ふだんは醤油味で炊くことが多いので、白味噌風味が新鮮。いい感じです。これも中垣同様、中年になってわかる良さなのかもですね。味噌、美味しい。欲張ってビールとお酒を並行呑みしていたのですが、どちらにも合います。
翌日、具が少なくなったところに豆腐を足して煮込んだらこれまたうんまかったですよ。酒が進みましたよ。
***
居酒屋ではちょいちょい頼むけれど、家飲みのおつまみとして作るのは意外と少なかったと気づいた今回の3品。
作ってみたら簡単だし、一度にたくさん作れるし、なによりほっこり家飲みできるしでいいこと尽くしでした。こんなフツーのオカズで飲むことに幸せを見出しつつ、余生を過ごしたいものです。
※記事の情報は2020年2月4日時点のものです。
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