石井好子『石井好子のヨーロッパ家庭料理』の再現レシピ《肴は本を飛び出して㊵》

シャンソン歌手でエッセイストの石井好子さんの名著『石井好子のヨーロッパ家庭料理』より、南フランスとデンマークの料理を再現! 日本にいながらヨーロッパ気分の家飲みを満喫しました。家飲み大好きな筆者が「本に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲みたい!」という夢を叶える連載です。

ライター:泡☆盛子泡☆盛子
メインビジュアル:石井好子『石井好子のヨーロッパ家庭料理』の再現レシピ《肴は本を飛び出して㊵》

美食家のシャンソン歌手が仔細かつ鮮やかに記録した13か国の家庭料理。

◾こんな本です

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著者の石井好子さんは今から70年ほど前にフランスへ渡り、パリでシャンソン歌手としてデビュー。戦前の生まれゆえに「食べ物に興味をもつことが許されなかった」という彼女は、美食の国フランスで挨拶がわりに「今晩、何食べた」から始まる食べ物トークを延々と続ける人々に衝撃を受けるも、そこで暮らすうちにいつしか「せっかく食べるならおいしいものを食べたい。おいしいものを食べるために料理も覚えたい」と思うようになったといいます。

帰国後、食いしんぼうとしての研鑽を積んできた石井さんに『暮らしの手帖』編集長の花森安治氏が食エッセイの連載を依頼したことが始まりで、シャンソン歌手に加えてエッセイストとしての才能も開花。初めてのエッセイ集『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』はベストセラーとなり、その後も次々と著書を発表されました。

本書は1976年発刊の『石井好子のヨーロッパ家庭料理』(文化出版局)を2012年に河出書房新社が復刊し、2021年に新装版として発売。

ヨーロッパ各地で33か所の家庭(ただし、うち1軒はレストラン、2軒はホテル)を訪れ、キッチンで調理風景を取材して現地の人々と共に賞味してきた“家庭料理”を綴った一冊で、ネットもスマホもない時代によくぞここまで、と感嘆してしまうほど詳しいエッセイとレシピで構成されています。

紹介されているのは以下の国々(目次より抜粋)。

食べ物の話ですべてが始まる国──フランス
すばらしい風景、おいしい海の幸の──南フランス
暖かい人情、ふりそそぐ太陽、そして豊富な食べ物の国──イタリア
オリーブ油の香りが街を包む──スペイン
胸にしむファドのメロディーが懐かしい──ポルトガル
ハウゼ楽団の思い出とともにある国──西ドイツ
私の長年あこがれた音楽の都──オーストリア・ウィーン
言葉も料理もドイツ系、フランス系、イタリア系がある国──スイス

首都ブラッセルはパリに似た街──ベルギー
北のヴェニスといわれる水の都──オランダ
ヴァイキングの昔をしのばせる料理──デンマークのスモークガスボード
小島と湖の国──スウェーデン
フィヨルドの国──ノルウェー
田舎や裏街にむしろおいしいものがある──イギリス


この中から、いくつかのエピソードを紹介させてください。

海外でも活躍した男前のフランス人シャンソン歌手が、海を見渡す洒落た家で振る舞う「にんにく入り鶏の蒸焼き」は、庭でハーブを摘むことから始まり、ニンニクを20片も入れて、小麦粉の糊で蓋をしたキャセロールで調理するのだそう。レシピには「香草類は日本では手にはいりにくい。(中略)パセリだけ敷いてにんにくを置くだけでも、おいしくできる」と石井さんのフォローが入れられていました。1970年代、日本の家庭でハーブを使った料理をする人はどれだけいたのでしょうか。そんなことに思いを馳せることができるのも楽しい。

イタリアの髭まで生やした肝っ玉おばあちゃんは、撮影時に本来の調理担当である孫娘のやり方が気に入らず、ついには取って代わって見事な手つきでタリアテッレの麺を打ちます。かために茹でて子牛肉を添えたそのタリアテッレは、石井さんに「人生には何回か『ああ、おいしかった!』『すばらしかった』と、ため息が出るようなものにありつけるチャンスがあるが、これはまさにその一つであった」と言わしめました。また、「料理は経験の積み重ねだと、しみじみと思った」とも。

小さいけれど驚くほど使いよくできた台所で、やさしいドイツ婦人が作ってくれたのは、豆のスープとにしんのサラダ、巻き肉の煮込み・ダンプリング添えなどなど。レシピはいかにもきちょうめんなドイツ人らしく、材料、分量ともにタイプされていたといいます。ダンプリングはじゃがいもで作る団子のようなもので、丸めるときに中にクルトンを3、4個入れるのが中まで火を通すコツだそう。このポテトダンプリングは「ウィーンに行けばクヌーデルと称して食べているし、チェコのプラハに滞在していたときはクネードリーキという名で出てきた」と記され、石井さんの豊富な経験と抜群の記憶力がさらりと披露されています。

スイスでは、ヨーロッパにきて以来お目にかかったことがなかった“一つ鍋を囲む料理”に感激した石井さん。それは油で肉を揚げる「ブルギニヨン・フォンデュ」と、今や日本でもお馴染みになった「チーズ・フォンデュ」。一つの鍋を囲む日本の一家団らん風景を思い、スイスでやっとありつけた喜びを「雪の降る寒い戸外から、なべのある食卓に着くうれしさはたとえようもなかった」と綴りました。

どのシーンも生き生きと、そしてわかりやすく書かれていて、ページをめくるだけで自分まで彼の地の台所にお邪魔しているような気分になれるのが本当にすごい。写真は限られた点数のみでイラストは皆無、ほぼ文章という、現代では異色とも思える料理本なのですが、それだけに大いに想像力がかき立てられ、その料理への渇望が強まるのを感じました。

『石井好子のヨーロッパ家庭料理』ここを再現

本書内で紹介されている80品以上の料理は、前菜、主菜、麺料理、デザートと多岐に渡り、夢が叶うなら全種類食べてみたいと強く、強く思っています。

(もちろん、どなたかお料理上手なお方に招かれて……)

その夢が現実のものとなる前に、まずは私の拙い腕でも再現できそうな2品に挑戦してみました。
 

◾お品書き

  • 玉ねぎのクルスタード(南フランス)
  • 豚肉料理(デンマーク)

【石井好子のヨーロッパ家庭料理再現レシピ①】玉ねぎのクルスタード(南フランス)

玉ねぎのクルスタード(南フランス)
シャンソンを日本語で紹介したはじめてのフランス人だという女性歌手、イベット・ジローが、南フランスのカーニュにあるマンションで作ってくれた一品。この日はほかに「アイオリ」という「ゆでたての温かい魚や野菜を好きなだけ自分のお皿にとって、にんにく入りのマヨネーズソースをつけていただく」料理と、「雪卵」なるフランス人の好物であるデザートが用意されていたそうです。
玉ねぎのクルスタードはじゃがいもと玉ねぎのパンケーキである。玉ねぎのねばりで味がでてこっくりし、とてもおいしい。

石井好子 /河出書房新社『石井好子のヨーロッパ家庭料理』[イベット・ジローの南仏風魚料理]より
<材料>(4人前)
※分量、レシピは本書からそのまま引用しています。
・じゃがいも…5〜6個
・玉ねぎ…4〜5個
・サラダ油、バター…各適量
・塩、こしょう、ナツメッグ(粉末)…各少々

<作り方> 
① じゃがいもは皮をむき、目のあらいおろし金ですりおろす。玉ねぎもやはりおろすかまたは薄切りにする。
② おろしたじゃがいもと玉ねぎを混ぜ合わせて、金ざるなどに入れて水けをきり、さらにふきんに包んで、押しながら水分を取り除く。
③ フライパンにサラダ油とバターを半半に熱し、充分に水けをきった②を底いっぱいに入れる。へらで切るように、たたくようにしながらよくいためたら、ふたをして、約20分、底に少し焦げ目がつくまで焼く。
④ 片面が焼けたら、大きく裏返しながらさらに混ぜるようにする。このとき、塩、こしょう、ナツメッグをふり入れてよく混ぜる。とろ火にしてふたをし10分から15分蒸焼きにする。焼き上がったら温めておいた皿にのせ、切り分けていただく。

【ご参考までに】
◎玉ねぎをすりおろす時はかなり目に染みます。メガネやゴーグル、おまじないなどをご用意されるのが望ましいです。そして手を洗う前に目を擦ったりしないように……。悶絶します(しました)。
◎すりおろしたじゃがいもと玉ねぎを絞るふきんはなるべく大きなものを。小さいサイズしかない場合は、何度かに分けて水分を抜くといいでしょう。面倒がって一度にやろうとすると、せっかく泣きながらすりおろした食材が端からはみ出て別の意味で泣けます(泣きました)。
◎私は分量を約半分(メークイン3個、玉ねぎ2個、いずれも中サイズ)にして作り、直径24cmのフライパンの底にちょうど収まる感じでした。

◾食べてみました
じゃがいもと玉ねぎといったとてもデイリーな食材が、すりおろすというひと手間で初めて味わう料理に変身しました。玉ねぎの甘みが凝縮されて実にこっくりとした味わい。表面はカリッと香ばしく、中はむっちり、ねっとりとした食感のコントラストも楽しいです。ナツメグの清涼感ある香りが淡いアクセントになっているのも異国料理らしいポイントでした。
玉ねぎのクルスタード断面
この章のなかに「南仏の人たちは、白や赤のワインよりもロゼをよく飲むようだ。青い空の下、明るい太陽のもとで飲む冷たく冷やしたピンクのワインは、南仏らしい飲み物である。」という一文があったので、それに倣ってロゼをお供にしました。

目を閉じればここは南フランスのおしゃれな食卓。サイコー!

【石井好子のヨーロッパ家庭料理再現レシピ②】豚肉料理(デンマーク)

豚肉料理(デンマーク)
2品目はデンマークの、その名も「豚肉料理」。いわゆる“名もなき料理”ってやつなんでしょうか。

デンマークの代表的な料理スタイル「スモーガスボード」(ビュッフェスタイルの食事)をホテルのレストランで取材した翌日、コペンハーゲン市内にあるオーナーの自宅で家庭料理を味わった石井さん。「かれいの料理」「豚肉料理」「アンデルセンズデザート」の3品はいずれも牛乳や生クリームを使ったもので、酪農国のデンマークならではという感じがしますね。
豚肉料理のほうは、古くからデンマークに伝わる料理だが、このごろは一般にあまり作られないという話であった。豚のバラ肉を両面よくいためて、脂をぬいてパリパリにして、それに柔らかいソースを添える。ソースはホワイトソースで、その中に驚くほどたくさんの刻んだパセリを入れて、グリーンに仕上げる。パセリソース添えフライドポークである。
しかし豚肉がパリパリだから、ナイフで切るとお皿の外にとび出しそうだ。子どもたちは指先で持ってソースをつけて食べているから、私もそうして食べた。おかしな料理だったが、パリパリと、とろとろが相まってちょっとおつな味なのである。
これはビールのおつまみによさそうで、昔の人はこれを食べながら食前酒を飲んだり、三時のお茶にしたのではないかと思ったりした。

石井好子 /河出書房新社『石井好子のヨーロッパ家庭料理』[デンマーク風家庭料理]
<材料> (3人前)
※分量、レシピは本書からそのまま引用しています。
・豚バラ肉(1cm厚さのもの)…6枚
・パセリ…1束
・マーガリン…大さじ2
・小麦粉…大さじ1
・牛乳…1カップ
・生クリーム…少々

<作り方>
① 豚肉をフライパンに並べて熱し、焦げ茶色になるまで両面をよくいためて、脂をぬいてしまう。 
② パセリは葉先を全部みじん切りにしておく。
③ マーガリン、小麦粉、魚の煮汁の代わりに牛乳、生クリームで、「かれいの料理」の④⑤の要領で(※)ホワイトソースをここにパセリのみじん切りを入れてさっと混ぜ合わせる。フライドポークに、パセリ入りのソースをかけていただく。

(※)「かれいの料理」よりレシピを引用し、調整しました。
ボールに大さじ2のマーガリンを入れ、その中に小麦粉を入れて指先でよく練り混ぜる。鍋に牛乳と生クリームを入れて、粉を練り込んだマーガリンを加え、かき混ぜながらとろ火で煮る。

【ご参考までに】
◎豚バラ肉の1cm厚さのものが手に入らなかったので、塊肉を買ってきてカットしました。焼きながら、しみ出る脂をキッチンペーパーでこまめに除き、焼き上がった後も新しいキッチンペーパーで包んで軽く押し、脂を抜いています。
◎ソースには乳脂肪分高めの成分無調整牛乳や生クリームを使うのが必須だと思われます。おそらく仕上がりのコクが全然違う。
◎肉のひと切れはマッチ箱サイズで、全部で8枚焼きました。ソースはレシピ通りの分量で作り、写真に写っているのはその半量。残りはパスタに絡めて食べました。

◾食べてみました
1品目の「玉ねぎのクルスタード」は、モノクロの写真が1点掲載されていたのでなんとなくそれを目指しましたが、この豚肉料理の写真は1点もなく、手探りで作ってみました。あれ、塩こしょうが全然入らないけどいいんやろか。指先で持って食べるくらいの硬さとサイズで、ソースはとろとろね…。えーと、こんな感じであってますか??? と戸惑いながらのチャレンジが意外にも楽しく、敢えて検索などはしませんでした。

豚肉の脂大好きな沖縄人としては初めての、徹底的に脂を排除したバラ肉。とことん焼くことでナッツのような風味高い味になっていて、塩味が全然なくてもいけました。そこにミルキーなソースとパセリの青味。なんともおもしろい組み合わせです。時間が経つと、脂が抜けてサクッとした豚肉にソースがだんだんしみてくるのもいい。

三時のお茶のお供にするにはちょいと手間がかかりますが、ビールのおつまみにするためなら頑張ろうと思えるおいしさでした。合わせたビールはデンマークの「カールスバーグ」。1847年にデンマークで設立された老舗ブランドなので、この料理を教えてくれたお家の人たちも飲んでいた可能性が高いですね。時を超えて、デンマークの豚肉料理に乾杯!

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ヨーロッパ圏には旅行をしたことがなく各地の情勢や歴史にも疎い私さえも、すっかり各国の家庭料理に魅了されてしまいました。

京都の小さなマンションの一室に居ながらにして、遠い場所でいろんな人たちが大切にしてきた家庭料理を知ることができ、とても幸せです。

また折を見て、別の国の料理も作ってみたいと思いました。

そうそう、この本は、紀行文やレシピ集としてとても秀逸な上に、写真に写っている人たちのファッションや自宅の設え、テーブルセッティングや器などでも目を楽しませてくれます。ぜひ実際に手に取って、往時の人たちの暮らしと食に触れてみてください。

※記事の情報は2023年2月7日時点のものです。
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