中島らも・小堀 純『せんべろ探偵が行く』の再現レシピ《肴は本を飛び出して㊷》
「せんべろ」の生みの親である作家の中島らも先生と小堀純さんで、全国の安うま酒場を巡るルポエッセイ『せんべろ探偵が行く』より、神戸の酒場「赤ひげ(姉妹店)」のメニューを再現! 家飲み大好きな筆者が「本に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲みたい!」という夢を叶える連載です。
元祖せんべろここにあり。酒と共に生きた作家の飲み方にシビれます。
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今や一般的な言葉となった「せんべろ」の発祥元である名著。
酒を愛し酒に愛された無頼派作家・中島らもさんが、酒仲間であるフリー編集者の小堀 純さん、らもさんのマネージャーの大村アトムさんと共に、全国各地の「1000円でべろべろになるまで飲める店(せんべろ)」を巡るルポエッセイです。
大村さんが書かれた「せんべろ前夜」によると、大阪で隔週のテレビ番組にレギュラー出演していたらもさんと、その収録風景を見守る大村さんはそれぞれの立場で大いに神経をすり減らしていたそうで、収録後はそれをほぐすために「水っぽい食事」が必要だったといいます。
そこでふたりが気に入って通い続けたのは大阪・京橋のおっさんがひしめく立ち飲み屋。
「思えばこれが『せんべろ探偵』の萌芽であった」と大村さん。
安くて、気取らない。それでいてちょっと気の利いたものをつまめる。そういう店を探して全国を歩きルポタージュをするってのはどうでしょう。次の日、事務所でそう提案すると、らもさんは
「うーん」
と乗り気なのかそうでないのかよくわからない返事をした。中島らも 小堀 純 /『せんべろ探偵が行く』「せんべろ前夜」(集英社文庫)より
それからは東へ西へと飲み歩き、時にはらもさん邸でのせんべろに及ぶことも。
探偵さんたちが巡った街は以下の通り。
お酒好きなイエノミスタイル読者の皆様なら、琴線に触れること請け合いなラインナップです。
その一 突入! せんべろパラダイス/大阪・新世界
その二 色街のネオンを肴に/横浜・黄金町
その三 立ち呑み屋の海に漂う/大阪・京橋
その四 「忘れようとしても思い出せない」/名古屋・大須
その五 「安い うまい多い」の三冠王/神戸・新開地
その六 下町に息づく老舗/東京・南千住北千住
その七 居酒屋界のニューウェイブ/東京・茅場町 赤羽
その八 らも家で"いえべろ"/宝塚
その九 痛快! 角打ちのはしご/博多
その十 貧困小説が似合う町/大阪・阿倍野
その十一 これぞ瀬戸内海の豊饒/岡山
その十二 鳥獣の珍味に酔う/大阪・池田
その十三 大衆酒場の真髄にふれる/東京・十条 東十条
その十四 市場で呑む幸せ/神戸・三宮
その十五 つげ義春的名店/広島・福山
その十六 隠れ家でめくるめく酒宴/金沢・医王山
番外篇 ラストオーダーはらも家で
「お一人様で酒二合お飲みのお客様に酒一合無料サービス」という大阪の店では、当然3人ともそのセットを頼み、アテは安そうなものを注文。
200円のピリ辛コンニャクをいっぺんに五、六本口に入れた大村さんをらもさんが厳しく叱責するくだりでは声を上げて笑ってしまいました。
らも あ! 何をするんや! 君は!
大村 え? (コンニャク)食べたらあかんかったですか?
らも 減るやないか。
大村 戻しましょか。
らも 戻さんでもええ。
小堀 (コンニャクは)大きいのと小さいのがありますな。
らも ゴマもあるな。
小堀 この大きいのは一はしで一本、小さいのは二本やな。
大村 今、ぼく大胆にも五本くらい取ってしまいましたわ。
小堀 ホンマに、大名と違うねんからな。
らも 気ぃつけてもらわな困るで。─中島らも 小堀 純 /『せんべろ探偵が行く』突入!せんべろパラダイス/大阪・新世界(集英社文庫)より
これはほんの序章で、本編にはまるでコントや落語の台本のような丁々発止のやりとりや、らもさんのドープな体験談などが次々と登場します。何年経っても、何度読んでも本当に面白い。
最終回のコラムでは、らもさんはこのように言葉を結んでいました。
「せんべろ」は、いろいろな体験ができて楽しい仕事だった。一緒の仲間が楽しい人達だったので、いつもいい酒だった。要はそれなのであって、安かろうが高かろうが不味かろうが美味しかろうが、そんなことは酔い心地に何の関係もない。気がよければそれは天下一品の美酒なのだ。では、今からまた飲み始めるとしよう。中島らも 小堀 純 /『せんべろ探偵が行く』隠れ家でめくるめく酒宴/金沢・医王山(集英社文庫)より
いつか自分もそう言えるように、そして酒席を共にした人達にそう思ってもらえるように、酒の道を歩んでいきたいものです。
『せんべろ探偵が行く』ここを再現
探偵さんたちがああやこうやと言いながら食べて飲んだものを一部再現します。
◾お品書き
- マグロの変わり焼き
- 鯛のかぶと焼き
- (おまけ)ぬる燗
【せんべろ探偵が行く再現レシピ①】マグロの変わり焼き
大村 びっくりするくらいのオススメがマグロの変わり焼きですわ。二本で何と六十円! とりあえず、これいきましょう。
(中略)
アトムが自信を持ってオススメする件の「マグロの変わり焼き」も四人前注文する。何と!? マグロの切り身(血合い)を塩コショウして焼きあげたものが、ひと串に三つある。つけあわせにゆでたモヤシも少しだが、ついている。中島らも 小堀 純 /『せんべろ探偵が行く』「安い うまい 多い」の三冠王/神戸・新開地(集英社文庫)より
・マグロの切り身(血合い)※入手できなかったためカツオで代用しています。
・塩、コショウ
・モヤシ(ゆでておく)
<作り方>
① 切り身を食べやすいサイズにカットして塩とコショウを振り、フライパンなどで焼く。
② 焼き上がったら串に刺し、モヤシと共に盛り付ける。
※串を刺した状態で焼くと串が汚れたり焼きにくかったりするので、筆者は焼いてから刺すようにしています。
■食べてみました
マグロもカツオも血合いの部分は大好きなので、とても好みなつまみでした。
たまにスーパーで買える時は生姜と一緒に甘辛く煮つけることが多かったのですが、このシンプルな食べ方もいいですね〜。
モヤシって意外とゆで加減が難しかったりするから切るだけのキャベツの方が簡単なのでは? なんて思ったりもしますが、こんなところにお店の“らしさ”が表れるのも酒場の楽しみだったりしますよね。
【せんべろ探偵が行く再現レシピ②】鯛のかぶと焼き
小堀 わし、酒、ぬる燗にするわ。あと、玉ひもの煮つけ(一五〇円)と思いきって鯛のかぶと焼きいくわ。一九〇円やで、鯛のかぶと焼きが。
店員が酒が七分目ほど入ったコップを持ってきた。ぬる燗は少し割り高なのかしらんと思っていたら、コップに一升瓶から冷や酒を注いでくれる。熱燗に冷やをつぎ足してぬる燗を作ってくれるのだ。
大村 心づくしのサービスやないですか。小堀さんは最初、ちょっと損やと思いはったでしょ。
小堀 うん、わしが悪かった。
ぬる燗はほどよい温さである。鯛のかぶと焼きが来た。大きな鯛の頭がドーンと来た。
大村 うわ、これ凄い、安すぎる。これはせせりがいがありますね。
小堀 これで一九〇円は、カンドーもんやね。中島らも 小堀 純 /『せんべろ探偵が行く』「安い うまい 多い」の三冠王/神戸・新開地(集英社文庫)より
・鯛のかぶと(頭)
・塩
<作り方>
① 鯛のかぶとはウロコや血合いを除き、水洗いしてしっかりと水気を取る。
② 両面に塩を振って30分ほどおき、水分が出ていれば拭き取ってからグリルなどで焼く。
■食べてみました
塩焼きなのか醤油焼きなのかの記述がなくて迷いましたが、おそらく塩だろうと当たりをつけてみました。
養殖の鯛だったのでアラでもしっかりと脂がのっていて、まさにせせりがいがあります。目ん玉と唇の周りのぷるっとしたところが珍味妙味。
探偵さんたちが食べるときは部位の取り合いにならなかったのかしら。
お供には、小堀さんが疑いをかけたぬる燗のコップ酒を。熱い酒に常温の酒を加えてぬる燗にするという発想がいいですね。いつか私も「赤ひげ」に行って、目の前で作ってもらいたいものです。
***
初めてこの本を読んだ時に「こんな飲み方があるのか!」と激しく感銘を受け、長年、プライベートではもちろん、仕事でもせんべろ企画を立てたりして堪能してきました。
今回久しぶりに読み返し、先達の偉大さ、酒と書いて人生の楽しみ方の上手さに改めて尊敬の念を感じております。
「いくつになってもせんべろ」。
酒飲みの端くれとして、これを座右の銘にしよう。うん、そうしよう。
※記事の情報は2023年4月4日時点のものです。
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