木樽づくりを内製化で継承する灘酒の古典派「剣菱酒造」

米作りから取り組む日本酒の蔵が増えていますが、酒造りで使う木桶を内製化している蔵は剣菱酒造だけです。十数年前に職人が減って伝承が難しくなった桶づくりに自ら乗り出したのです。同社が木の道具にこだわる理由を紐解きます。

メインビジュアル:木樽づくりを内製化で継承する灘酒の古典派「剣菱酒造」

木の道具が溢れる剣菱酒造

「止まった時計でいろ」という家訓の通り、造りも味も昔のまま変えないという剣菱酒造(神戸市)では、甑(こしき:米を蒸す道具)、暖気樽(だきだる:大きな湯たんぽ。発酵温度を上げる時に使う)、麹蓋(こうじぶた:麹造りに使う四角い蓋のような形をした容器)、櫂(かい:原料を混ぜる棒状の道具)など、今も多くの木の道具が活躍しています。

木の道具は雑菌に汚染されやすいうえ、欠けて異物混入の原因になるため、酒蔵から姿を消しつつあり、まったくない蔵も珍しくありません。それでも同社は使い続け、こうした道具を修理、供給する業者が絶えそうになると、内製化して技術を継承してきました。今では社内の木工所(2017年に設立)で、半切り桶や暖気樽などの小さな道具から、甑や仕込み用の大桶のように大きなものまで、ほとんどのものを作れます。
木の道具が溢れていた(白鹿記念酒造博物館)
かつて酒蔵が使う道具はほとんどが木製。木の道具が溢れていた(白鹿記念酒造博物館)
剣菱酒造の木工所
剣菱酒造の木工所。甑、大小の桶、暖気樽、櫂など酒造りの道具のほか寺社の手桶なども作る

米がきれいに蒸しあがる木製の甑

木桶仕込みを復活させる酒蔵は増えていますが、甑を木製に戻した蔵は数えるほどではないでしょうか。剣菱酒造はずっと木製甑を使っており、その利点は蒸米がベチャベチャにならない、いわゆる甑肌(こしきはだ)ができない点をあげます。熱伝導率が大きい金属は外気と触れている縁の部分が低温になって内側が結露し、金属面に触れている米が柔らかくなりがちです。木製ならそうなりません。ただ、木製甑は3年に1回は輪締めしなければなりません。さらに高温にさらされ徐々に炭化するため、底板は10年ほどで交換が必要で、側板も炭化して締まらなくなり15年くらいしかもたないそうです。  

ちなみに甑は液体を入れず漏れの心配がないため、高温の蒸気にあたっても反らない杉の柾目板(まさめいた)が使われます。太い杉の木からわずかしか取れない材です。また、竹の太い箍(たが)は、甑が水を吸ってどれくらい膨張するかを計算して幾重にも編み込む職人技が必要です。剣菱酒造は大桶と甑を作れる職人が絶えそうになった時、唯一、技術を持っていた上芝雄史さん(藤井製桶所)に教えを請い、大きな道具を作る技術を継承しました。
今では珍しくなった木製の甑
今では珍しくなった木製の甑。竹を編んだ太い箍で締める。木の道具はどれも用途によって木材を使い分ける
木製の甑の内部
木製の甑の内部。釜の上に乗せて湯を沸かすと底のコマから蒸気が入り込み米を蒸す

木の壁の室で、麹蓋での麹造り

もうひとつ剣菱酒造で木の道具が活躍しているのは麹造りです。麹室の壁は杉板張りで、麹はすべて麹蓋で造ります。麹室に熱源はなく、麹の発酵熱だけで室温を保ちます。麹は55℃くらいまで上がり、天井のアール(曲線)に沿って熱気が回り、室の真ん中に置いた一日目の麹を温めます。冷めた冷気は左右に流れるように、台の高さを変えてありました。板張りの壁は湿度調整の役割を果たしますが、半年使うと調整が利かなくなるため、寒仕込みはその意味でも効率的だと言います。
麹室の天井は発酵熱が狙い通り対流するようにRが作ってある
麹室の天井は発酵熱が狙い通り対流するようにアールが作ってある。熱源がないため酒造期間中は麹造りを休まない
剣菱酒造では麹造りはすべて麹蓋を使います。手間暇はかかりますが、昔ながらの酒造りに欠かせないと言います。そして麹蓋には脈々と受け継がれた創意工夫が溢れています。麹を広げると、温度が上がりやすい真ん中が薄くなるように底板が反らしてあります。底板は鋸(のこぎり)で切った板ではなく、目が立って米がくっつきにくい割板を使用し、麹造りの作業をしやすくしてあるのです。  

また、麹蓋は長持ちする道具で、側板だけなら大正期のものが現役でした。一方、底板は頻繁に交換が必要で、麹造りに使うのは割れて2枚になったものまで、3枚に割れたら温度調整用の空蓋になります。
麹蓋は積み方で温度や湿度をコントロールする
麹蓋は積み方で温度や湿度をコントロールする
麹蓋の底板は中央が高くなるように反らしてある
麹蓋の底板は中央が高くなるように反らしてある。コンパクトなので室温が異なる室の中を、麹の状況に応じて移動させやすい
ところで、現在、剣菱酒造では酛造りで木製の暖気樽を300本使っています。暖気樽には箍が6本あり、毎年交換するため1800本の箍が要ります。また、甑や大桶の箍には10mの竹が必要です。同社はこの竹を安定的に確保するために竹林を購入したと言います。さらに菰樽(こもだる)に使う藁の太縄の供給が難しくなったため、藁縄編み機を修復し事業化しました。
箍に使う真竹
箍に使う真竹。真っすぐに割るには熟練の技が要る

「止まった時計でいろ」という家訓

最初に述べたとおり剣菱酒造の家訓は「止まった時計でいろ」です。どの酒もしっかり発酵させて1年以上熟成させます。毎年、商品ごとに複数のタンクの酒を選び、ブレンド比率を決めて味わいをその商品の味の範囲に収めていきます。複雑な深い旨味と余韻の長い味わいは、フレッシュでフルーティな今の流行りの真逆かもしれません。それでも頑なに止まった時計でいようとする姿勢には敬服するばかりです。
燗での試飲をすすめる剣菱酒造の白樫政孝社長(中央)
燗での試飲をすすめる剣菱酒造の白樫政孝社長(中央)
白樫社長のプレゼン資料のひとコマ。自らを「日本酒界の古典派」と称した
白樫社長のプレゼン資料のひとコマ。自らを「日本酒界の古典派」と称した
剣菱はどれも山吹色。適度に熟成した証だ
剣菱はどれも山吹色。適度に熟成した証だ

※記事の情報は2025年3月6日時点のものです。

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