みりんの蔵を訪ねて知った「みりんは飲みもの。飲まなきゃソン!」
日本の調味料ってすごいんじゃないの? 前回の八丁味噌取材で、自分があまりにも調味料について無知だと判り、もっと調味料を知りたいという気持ちが湧き上がってきました。そこで日本の伝統的な調味料についてもっと取材を進めてみることに。今回のテーマは「みりん」です。
ところで、みりんって何だっけ。取材して調べることにした。
日本の調味料といえば「さ・し・す・せ・そ」。第一回の「そ」(味噌)に続いて取材先に選んだのは、「み」の「みりん」です。皆さん、みりんとは何なのかご存知でしょうか。正直なところ私は知りませんでした。料理に入れる何となく甘い日本酒のようなもの。アルコールが入っているのかいないのかも定かでない、照焼きとか煮物に使うけど、スーパーでは置いてある棚がわからずウロウロしてしまうもの。で、本当のところ、何なのでしょうか。
これをしっかり解き明かすべく、昔ながらの伝統的な製法でみりんを造り続けていることで有名な、愛知県は碧南市の株式会社角谷文治郎(すみやぶんじろう)商店さんに取材を申し込みました。碧南市は伝統的な製法でみりんを製造している蔵が5社操業している、みりんの町です。名古屋市の南、三河湾の海沿いに位置していて、地図でいうとこのあたりです。
実は、角谷文治郎商店さんの「三州三河みりん」のことは、スタンフォード大学卒の料理研究家として知られるナンシー八須さんの本で見て知っていました。我が家でも人気メニューの照焼きや親子丼が美味しくなるに違いないと、さっそく成城石井まで出かけ買ってきて使い始めたその矢先だったので、この取材のお話は願ってもないものでした。
名古屋から名鉄に乗り換えておよそ1時間。やってきました、名鉄三河線の碧南(へきなん)駅。終点です。この先は海。
早くも旅情を誘う駅舎。いかにも海辺の町という風情です。
駅からは徒歩。途中、運河を渡ります。このへんはもう海水50%という感じで、海の香りがします。
住宅街を歩いていると忽然と現れた煙突。三州三河みりんの角谷文治郎商店さんに到着しました。
みりんは○○の中で○○を糖化熟成させたもの。全く知りませんでした。
お出迎えいただいたのは、角谷文治郎商店の角谷利夫社長(中央)と、社長の長女の文子(あやこ)さん(左)。今回は、我がイエノミスタイルの青田俊一記者(右)にも協力してもらって取材しました。
ご挨拶もそこそこに、みりんについてのいろいろなお話をうかがいます。たいへん不勉強で申し訳ないと思いつつ、みりんって何なのかというところから…と切り出した我々に、文子さんがすっと出してくれたのが甘酒です。
ふんわりと甘くて風味が素敵な甘酒。美味しいので一気飲みしてしまいました。
「やわらかく焚いたご飯に麹をふりかけて、お風呂よりも少し高目の温度で、一日置けば甘酒になります。でんぷんが糖に分解されるわけです。みりんもお米と麹を使いますが、甘酒とみりんの違いはまず温度です。甘酒は麹が最も働きやすい温度で糖化させるのに対し、みりんは常温で2〜3カ月かけて糖化熟成させます。そうすることで、お米のでんぷんと一緒に、たんぱく質も分解してうま味を引き出します」(文子さん)
「そして、いちばんの違いですが、甘酒がうるち米またはもち米と麹を水(ぬるま湯)に入れて糖化させるのに対し、みりんは、糖化の速度を遅くするために水の代わりに焼酎を使います。また、うるち米の代わりにもち米を使います。みりんは『甘酒を焼酎の中でゆっくりと造った状態』と私たちは表現しています」(文子さん)
「でんぷんは簡単に溶けるけど、たんぱく質の分解には、絶対的な時間が必要なんです。でんぷんの糖化が先行してしまうと、糖分によってたんぱく質の分解が阻害されてしまいます。そのブレーキをかけるために強いアルコールである焼酎を使って、バランスのいい美味しいものを作り出すんです。米はもち米でなくてはなりません。炊き立てのご飯は透き通るような状態ですが、冷めると白く濁るでしょう。一度消化しやすい状態となったでんぷんが生の状態に戻るからです。みりんは常温で2カ月、3カ月かけて糖化熟成させますが、冷めたうるち米には麹が働いてくれない。もち米の場合は、つやつやのおこわを想像するというとわかりやすいと思いますが、一度炊くと元に戻りません。みりんは長期にわたって糖化熟成させるために、高価な原料ですが、もち米が必要です」(角谷社長)
では、みりんって焼酎にもち米を浸けて甘く糖化熟成させたもの、というわけですね。ぜんぜん知りませんでした。米を使って作るお酒といえば、まず日本酒が思い浮かびますが、日本酒とみりんの違いはなんでしょうか。
「日本酒は、麹とお米と水を使いますが、使うお米は酒米(うるち米)です。日本酒も発酵を抑制する必要がありますが、そのために冬の一番寒いときに仕込みます。みりんの場合は春や秋に仕込みます。強い焼酎のおかげで無菌状態になるため常温での糖化が可能で、かつ酵素だけが働いて糖化とタンパク質の分解をじっくり進めるから、甘く、うま味のあるみりんになっていきます。これに対し、日本酒は麹菌を使ってでんぷんを糖化・発酵させたものに『酵母』を加えてアルコールに変えるので、みりんのように甘くはありません」(角谷社長)
米一升、みりん一升。米だけで醸し出す濃厚な甘味と繊細なうまさ。
ここでみりんを試飲。正直、生まれて初めての体験です。う〜ん、とても美味しい。ポートワインを飲んでいるような濃厚な甘さで、かつとてもやさしい繊細な味わいです。みりんは何度か飲んだことがあるという青田記者(ソムリエの資格を持っています)も、思わず「これおいしいですね」とつぶやきます。
こちらでは、どんな原料で、どのようにみりんを作るのですか。
「私たちのみりんの製法は『米一升、みりん一升』です。つまり米1升からみりんが1升できます。米1升のうち、もち米が9割、米麹用のうるち米が1割。これに加えて、自家蒸留の焼酎を0.5升使います。もち米は国内の指定産地のもので、産地は佐賀県と、北海道、愛知県です。このもち米を自社内で精米します。ほとんどのみりんメーカーは精米済みの原料を購入しているのですが、ご飯でも精米したてのものは美味しいですから、私たちは仕込みに合わせて精米するんです。焼酎用のうるち米は愛知県と山形県のものです。焼酎の蒸留も自社でやっています。この焼酎は単式蒸留器を使って蒸留する本格焼酎で、アルコール度数は40度以上という高濃度です。原料はそれだけです。精米したもち米を蒸して、麹と焼酎を合わせ、2〜3ヶ月じっくり糖化熟成させます。これを搾ったらタンクでさらに長期熟成させて、アルコール度数14度のみりんができます」(文子さん)
写真の一番左が「米一升」を実感するために一升瓶に入れた原料の米。もち米が詰まっていて、一番上に少しだけ違う質感の米が入っているのが米麹用のうるち米。この米と、米から作った焼酎、それだけであんなに濃厚な甘さと、繊細なうまさが出てくるのが本当に不思議です。なぜあんなに甘く美味しいのでしょう。
「ご飯は噛むほどに甘くなる、というのは皆さんご存知だと思います。口のなかで、でんぷんが分解されるからです。でも、口で甘くできるのはでんぷんの甘さの実力からすればごく一部なんです。でんぷんは腸のなかで甘いブドウ糖に分解されてはじめて吸収できる。たんぱく質もアミノ酸にまで刻まれてから吸収する。腸はこのみりんと同じぐらいの甘さと美味しい思いを毎日のように味わっているわけです。ただその喜びを脳に伝える術がないだけです(笑)。この身体のなかの作用を、麹の力だけを頼りにまるごと引き出そうとすると、私たちのように2年近い歳月がかかるわけです」(角谷社長)
みりんは戦国時代、甘い高級なお酒として誕生した。
みりんって、いつごろどんなふうに生まれたものなんでしょうか。
「みりんはもともと戦国時代のころに武士や貴族の飲みものとして生まれました。私たちの三州三河みりんは今でもそのまま美味しく飲めますが、少し前までは、どこのみりんも美味しく飲めたんです。いまはデパートの試飲会で飲んでみてくださいとおすすめしても『エッ?みりんが飲めるの』とみなさんビックリされます。みりんは500年の歴史を持つお酒ですが、飲めること、アルコールが入っていることにとても驚かれてしまうのです(笑)」(文子さん)
「戦国時代は、甘さが大変に貴重だったから、甘さを含んだ濃い酒を造ろうとしてみりんができたんですね。ただこのころはまだ、原料となる焼酎の蒸留技術やみりんの醸造技術が発達していなかったので、今よりもだいぶ甘さがあっさりしていたようです。焼酎にしても蒸留器などというものはまだなくて、日本酒を沸かして蓋をして、その蓋を上から冷やして、蓋の内側についたアルコールを集めるというような原始的な方法でした。江戸時代になると、庶民もみりんを飲むようになってくる。そして江戸時代の中期になって、調味料として使われ始めます。お酒としてのみりんでしたが、鍋に入れたら料理が美味しくなる。美味しさを長持ちさせてくれる。甘さイコール美味さという時代でもあった。それで江戸時代の割烹料理店、うなぎ店、そばのかえしなどの業務用に使われ出したんです」(角谷社長)
碧南でみりん作りが始まったのもその当時ですか?
「いまある碧南の蔵のうち、いちばん古い蔵が創業240年ですから江戸時代中期ですね。私たちは1910年創業で今の社長が三代目です。いま碧南のみりん蔵は5軒になっていますが、昭和30年ごろには、この人口3万人の町に、20軒のみりん蔵があったそうです」(文子さん)
「技術が急速に発達したのが明治から大正時代にかけてで、このころからみりんは一般に広がっていくんです」(角谷社長)
「日本酒の副産物である酒粕を蒸留させて粕取り焼酎を造る技術も発達しました。土地が豊かで農業が盛んな愛知県には酒蔵も多く、その酒蔵から酒粕を分けてもらってみりんの醸造に使う、みりん専業の蔵がたくさんできました。そして戦争がはじまります。みりんは米をたくさん使うぜいたく品として製造が8年間禁止されて、戦後に再開できたたときも非常に高い酒税がかけられたんです。かけそばが一杯30円だった時代に、みりんは一升瓶が千円。現在に換算すると1万円ぐらいです。その千円のうちの762円を酒税として国に納めていました。経費を引くと残りはわずか。蔵は次々と転業、廃業していきました」(文子さん)
「戦後、酒税は減額されていきましたが、まだまだ高かった。みりんを作りたくても作れない蔵が、どうやったらみりんを作れるかと考えて、それで今スーパーに並んでいる『みりん風調味料』が生まれたんです。糖化液に化学調味料やアミノ酸液などを加えたもの。最初は新みりん、塩みりんとして世に出てきて、昭和50年にこれではわかりづらいということで『みりん風調味料』と呼ぶことになったのです。原料も製法もみりんとは全く別もの。飲用には適していませんから酒税はかからず、価格は安い。当時のみりんは酒屋さんがご用聞きをして届けてくれるのもでしたが、皆さんがスーパーで買い物するようになると、従来のみりんは買いづらくなった。そんななかで、酒販免許のないスーパーでも普通に売れるみりん風調味料がどんどん伸びていったんです」(文子さん)
なるほど、だから多くの人がみりんは飲めない、と思っているわけですね。
「みりんは酒類に分類される『本みりん』とみりん風調味料に分かれます。本みりんは私たちが造っているようなお米だけで造る伝統的なものと、大量生産できるものがあります。伝統的な製法ではない本みりんは、コストを優先させて、醸造アルコールや糖類を加えて、戦後開発された方法で大量生産できます。米1升からみりん5升までつくっても本みりんと呼んでいいことになっています。そんななかで私たちはこの碧南で、1910年の創業以来ずっと『米一升、みりん一升』を守っています」(文子さん)
二極化どころか三極化。私たちのみりんに対するイメージがあいまいになっている理由が、わかった気がします。
本物のみりんの美味しさを知ったら、飲まずにはいられません。
この伝統製法で作られたみりんが、こんなに美味しく飲めることを、我々があまりにも知らないのがとても残念ですね。
「子育てママの集まりで聞いてみたら、みなさん、みりんが甘いということは知っていました。そこで、その甘さは何の甘さでしょうか? というクイズを出してみたんです。1.米、2.小麦、3.砂糖のうちどれでしょう……本当に知らないんです。どうしても家庭で料理をする機会自体が減っていますし、中でも和食だけを家で食べる人がなかなかいません。和食だけの調味料と考えると使う機会が減る。でも醤油を砂糖を量って使うより、醤油とみりんを一対一で合わせるだけで美味しい照焼きができます。いろんな料理に使えるとわかればきっと使ってくれるので、PR活動に力を入れています」(文子さん)
「料理に上品でまろやかな甘さを添える。照り、つやを出す。こく・うまみを引き出す、煮崩れを防ぐ。作り立ての美味しさをラッピングして長持ちさせてくれる。でも、みりんの効果はどうしても表に味として出てこない。『みりん味』の食べものというのはないでしょう。だから何に使ったらいいか知らない。それで砂糖とお酒でもいいよ、となってしまう。でも、みりんの甘さは、ブドウ糖の他に、二糖類、三糖類、オリゴ糖、デキストリンに至るまで九種類の多様な糖の組み合わせです。これが料理の表面を包んでテリツヤを出し、と味わいを深めます。砂糖はショ糖一種類ですので、甘味が重く瞬間的にきます。これに対してみりんは、糖の多様な組み合せで、じわっと後をひいてくるような甘さ。果物にも似た上品な甘さに米の複雑なうまみなんです」(角谷社長)
「飲んでも美味しいみりんですから、バーテンダーさんにご相談してカクテルを開発していただいたりしています。多くのバーテンダーさんがみりんはラム酒に似ているとおっしゃって、美味しいモヒートを作ってくれますし、実際にリッツカールトンのバーでも季節のカクテルとして採用していただきました。また、煮詰めてシロップにすればアイスクリームにかけてもおいしいので、お菓子の用途にも使っていただいています」(文子さん)
「みりんという名前がついていますが、これは酒の分類でいうとリキュールです。『リキュール』といえば、フランス料理でもお菓子でも、使うイメージがわいてくるでしょう。三州三河みりんは海外のオーガニックマーケットで30年以上前から販売していますが、イギリスの料理の先生に、どんな使い方してるんですかと聞いたら、紅茶に入れたり、ドライフルーツを戻すのに使っているとのことでした。フランスでも、チーズと一緒にデザートに飲んだり、食前酒として飲む提案をしています。日本でも昔からカステラやどら焼きの材料として使われています。これからも伝統的な製法で確かなみりんを造り続けながら、みりんの素晴らしさ、その使い方を広くみなさんに知っていただく活動をしたいと思っています」(角谷社長)
はじめからおわりまで、丁寧に親切に説明いただいた角谷社長、文子さん、そして蔵の皆さん、本当にありがとうございました。飲んでも美味しい、料理も美味しくなる。日本が世界に誇るこの飲みもの&調味料について何も知らなかったことを日本人として深く反省しながら、我々もみりんの魅力を少しでも多くの人に伝えようと決意して、碧南の地を後にしたのでした。
三州三河みりんのラインナップを試飲してみた。
東京に戻り、角谷文治郎商店さんで購入した商品を早速テイスティングしてみました。
まずはベーシックな三州三河みりん。しっかりとした優しい甘味。雑味のないクリアな味わい。これ本当に、飲み物として美味しいです。
有機三州味醂。こちらも素晴らしい味。少しスッキリしていて、さらに飲み物として飲みやすいように感じます。
みりんに青梅を漬けた梅酒。これはなんとも繊細でさわやかな味。素晴らしい梅酒でした。「みりんに青梅を入れただけのものです。他に何か入れたり加工したりはしていません。みりんの美味しさをなんとか伝えようとして商品化したものです。今までの梅酒だと、口に含んだ途端に梅酒だぞという自己主張があるけど、これには、それがない。それでいて口のなかにしっかりと梅の風味が膨らんでくる。今までの梅酒とは違った味わいです」(角谷社長)
梅酒の辛口。少し甘さ控えめのドライ。酒呑みにはこっちはさらに嬉しい味わいです。
これは角谷文治郎商店さんの商品ではありません。最初にみりんを飲んだとき「ポートワインのようだ」と思ったので、家にあった(ポートワインに近いと思われる)甘口のシェリーを試しに飲んでみました。味覚が一般大衆な私は、目隠された状態で甘口のシェリーだと言ってみりんを出されたら、まったく気づきません。断言します。
我が家の飾り気のない親子丼ですみません。みりんが三州三河みりんでない親子丼はもう考えられません。
もち米、米麹、米焼酎。ほぼ米だけを原料に作られるみりんの、驚くべき甘みとうまさ。これを知らずにいるのは、すごくもったいないと思わずにいられません。飲まないのは人生損してます。皆さんも伝統製法のみりんを、料理をワンランク美味しくする調味料としてはもちろん、まずは一口、飲んでみてください。その味わいに、絶対に驚くはずです。
※記事の情報は2018年4月12日時点のものです。