川上弘美『センセイの鞄』の再現レシピ《肴は本を飛び出して⑪》
「小説やエッセイ、漫画に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲んでみたい」 家飲み派の筆者がささやかな夢を叶える連載、今回は川上弘美さんの小説『センセイの鞄』からの再現です。
淡々としながらも深まりゆくふたりの関係を、さまざまな肴が彩る
◾あらすじ
「わたし」こと大町ツキコは高校時代の国語教師だった「センセイ」と約20年ぶりに一杯飲み屋で再会。それを機に、担任ではなく恩師と呼べるほどの付き合いでもなかったセンセイと飲み屋や自宅で盃をかわし、小さな旅に出かけたりするようになる。
会う回数が増えても互いに敬語を使い、基本的には手酌。徐々に相手への思いが慕わしいものに変化していくツキコに対し、センセイは「子供は妙なことを考えるんじゃありませんよ」と牽制したり、出奔した亡妻の墓へツキコを誘ったりとのらりくらりの態度。
物語の終盤でやっとセンセイの口から「ワタクシと、恋愛を前提にしたおつきあいをして、いただけますでしょうか」という言葉が引き出され、ふたりは「あわあわと、そして色濃く」流れる時間を共にするようになった。
しかし3年後、センセイは「鞄」を形見に遠くへと旅立ってしまう……。
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大人同士の恋愛というひと言では収まらないようなふたりの関係が描かれるなかではっと目を引くのが、端々に出てくる酒や肴。
センセイの自宅で鮭をほぐしたものと柿の種をつまみに飲む茶碗酒、屋台のおでん(センセイは大根につみれ、すじ。ツキコはちくわぶと糸こんにゃくと大根)、入梅前の鮎、蛸しゃぶと鮑の刺身、“おつきあい”が始まってからセンセイが作ってくれたアルマイト鍋の湯豆腐で飲む昼ビールなどなど、いかにも酒飲み好みのものを楽しむふたり。
その中でも、特に印象的だった3品を再現してみました。
◾ここを再現
「まぐろ納豆。蓮根のきんぴら。塩らっきょう」カウンターに座りざまにわたしが頼むのとほぼ同時に隣の背筋のご老体も、
「塩らっきょ。きんぴら蓮根。まぐろ納豆」と頼んだ。趣味の似たひとだと眺めると、向こうも眺めてきた。どこかでこの顔は、と迷っているうちに、センセイの方から、「大町ツキコさんですね」と口を開いた。『センセイの鞄』川上弘美 新潮文庫より
その夜は日本酒を二人で五合ほど飲んだ。代金はセンセイが払った。次に同じ店で会って飲んだときには、わたしが勘定をした。三回目からは、勘定書もそれぞれ、払うのもそれぞれになった。以来、そのやりかたが続いている。往来が途切れずに続いているのは、センセイもわたしもこういう気質だからだろう。肴の好みだけでない、人との間のとりかたも、似ているのにちがいない。歳は三十と少し離れているが、同じ歳の友人よりもいっそのこと近く感じるのである。『センセイの鞄』川上弘美 新潮文庫より
◾お品書き
- まぐろ納豆
- 蓮根のきんぴら
- 塩らっきょう
【センセイの鞄の再現レシピ①】まぐろ納豆
◾食べてみた
辛子醤油だと、ワサビを使うよりも味わいがどっしりする感じがあります。ツーンときたところに納豆のコクと甘み。いい組み合わせです。焼き海苔で包んで食べるのもよさそう。
づけの味付けがちょいと濃すぎたので、後半は乱切りのキュウリを加えてみました。
【センセイの鞄の再現レシピ②】蓮根のきんぴら
ごま油で蓮根をしんなりするくらいまで炒め、酒、砂糖、醤油で味付け。仕上げに七味唐辛子を振っています。
◾食べてみた
飲み屋のカウンターに並ぶ大鉢にこれがあったら頼んでしまうだろうベスト5くらいに入るんじゃないかしら。蓮根のきんぴら。
甘辛い醤油ベースの味付けに、薬味のピリッと感。ハリッとした食感がまたいいんですよね〜。七味や一味唐辛子のほか、黒胡椒を振るのもおすすめです。
【センセイの鞄の再現レシピ③】塩らっきょう
◾食べてみた
塩らっきょうのピリッと刺激的な味はないものの、シャキシャキと快い歯ごたえはちゃんとあります。よかった。
子供の頃はなぜ大人はこんな変なものが好きなのかと疑問でしたが、今や最後までちまちまとつまみ続けたい肴のひとつとして君臨しちゃってますよ。こぶりなやつをマグロ納豆にミックスしてみたのもいけました!
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センセイとツキコさんの再会シーンを端で見ているような気持ちになれる品々。 「そりゃ、気に入っている店でまったく同じメニューを(3品も!)頼む人がいたら、気にかかりますわなぁ。恋に落ちますわなぁ」という感じです。
写真には日本酒しか写っていませんが、ビールも同時に飲みながら試食しました。3品とも、どちらにもとても合います。
※記事の情報は2020年7月2日時点のものです。
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