久住昌之『ひとり飲み飯 肴かな』の再現レシピ《肴は本を飛び出して⑰》
「小説やエッセイ、漫画に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲んでみたい」 家飲み派の筆者がささやかな夢を叶える連載、今回はあの御大のイラスト&エッセイ集からの再現です。
こんな飲み方もあり!? いろんな常識を覆す痛快なひとり家飲みに挑戦
◾こんな本です
『ひとり飲み飯 肴かな』の作者・久住昌之さんは、大ヒットドラマ『孤独のグルメ』や、根強いファンを持つ食漫画『食の軍師』、『花のズボラ飯』などの原作、共作を始め、多数の作品を世に送り出している食いしん坊の神様です。
本書は2012年発行の単行本『ひとり家飲み 通い呑み』を改題し、昨年発売された文庫本&電子書籍。私の手元にあるのは改題前の方ですが、今回は入手しやすい改題後のタイトルの方を取り上げます。
『ひとり飲み飯 肴かな』について久住さんご本人は「これはボクはご飯と酒と肴について書いた文章の中で、一番調子づいてるもの。もうこんなの書けないかな。弟とのマンガも入ってる。ひとりのみのお供にどうぞ。」とSNSでコメントされていました。
第一部「孤独の飲み飯」では、「チャーハン de 焼酎ロック」、「焼きおにぎり de 日本茶割り」、「宅配ピザ de コークハイ」などなど、“マリアージュ”なんて言葉はどこ吹く風、な等身大の家飲みパターンを軽妙な久住調で語っておられます。
例えば「チャーハン de 焼酎ロック」では「チャーハンの軽い油分、卵、ネギが冷たくて味の引き締まった焼酎に合う」とし、肉なんかなくてもいいとネギと卵だけのチャーハンを自作する久住さん。
できたてアツアツのチャーハンをカレースプーンでひと口。レンゲなんて食べにくいもの使わんでよい。
ネギがちょいと焦げた味って、そそるね。卵っていつも、やさしいね。
で、焼酎ロックをひと口グビリとやる。
これがウマい!
前に飯をひと口入れているから、口腔内に薄い油の膜ができているのか、焼酎のアタリが気持ち柔らかい。心にゆとりができて、ゆっくり味わえる。
熱いチャーハンとを、ハフハフかっ込んで、冷たいロックを流し込むと、口の中が気持ちいい。夏場は。いや、冬も。てか秋も。春も久住昌之 /日本文芸社『ひとり飲み飯 肴かな』[其の一 チャーハン de 焼酎ロック]より(※原文ママ)
今すぐチャーハン炒めて焼酎飲まなきゃ!って気持ちになりませんか? なりますよね!?
こんな感じのエピソードがなんと21本! 空腹時に読めば枯れるまで唾を飲み込むことになる事態を覚悟されたし。
ちなみに私は幾度も途中で「だめだ! 今すぐ飲む!」となり、読了までとても時間がかかりました。
第二部「今夜もひとり居酒屋で」では、酒場で出会った人たちのクスッとくる会話を漏れ聞いてツッコミ酒を楽しみ、今回新たに収録された第三部「これ喰ってシメ!」にはカレーやお茶漬けから水、コーヒー牛乳、実家めしまで多彩なシメの物語が綴られています。
テンポの良い文章に添えられたイラストもまた酒欲食欲を誘いまくるんですよ〜。
◾ここを再現
第一部では先に挙げた例のように「つまみ de お酒」というパターンがほとんどなのですが、唯一毛色が異なるのは「其の十二 床 de 赤ワイン」。これが気になって気になって、この連載が始まった頃からやってみたーいと思っていたのです。
ボクはワインは普段あんまり飲まないんだけど、たまに飲むとやっぱりおいしい。酒でありながら、スープというか、食べ物的要素が入っている飲み物だ。久住昌之 /日本文芸社『ひとり飲み飯 肴かな』[其の十二 床 de 赤ワイン]より
「酒なんて冷やしゃたいていウマイんだよ」と言い切っちゃうところがさすがです。
そんで、今宵のワインのアテだが。
バゲットパン。バター。Q・B・Bのベビーチーズ。懐かしいでしょ? 基本でしょ? そこに肉料理としてサラミ一本。魚料理としてシャケ缶(カラフトマス)。タマネギを半分スライスしてちょっと水にさらしておく。
すっげーご馳走じゃないか、なんかあったのダンナ?久住昌之 /日本文芸社『ひとり飲み飯 肴かな』[其の十二 床 de 赤ワイン]より
まず水を切ったタマネギスライスを皿にひろげてシャケ缶(カラフトマス)を、ドサッとあける。醤油をかけ回す。そこにドレッシングビネガーをチョロッとかけて、ガーと混ぜる。軽く黒胡椒を振る。
サラミは食べやすいように、薄く切っておこう。
バゲットパンは切らないで、手でバリバリムニューッと、引きちぎって食べるんだよ。気取ってんじゃねぇ。
さあ、ワインを冷蔵庫から出して栓を抜き、テレビの前にどかっと腰をおろそう。あぐらをかこう。
(中略)
パンは、入ってた袋ぉ裂いて、床に敷いてそこに置きゃあいい。
シャケとかサラミの皿も、自分の周りに置く。床がテーブルだ。
(中略)
大振りのコップに冷えたワインをドボドボ注ごう。ぐいっとひと口飲む。イヌっころじゃあるまいし、飲む前ぇにクンクンクンクン匂い嗅いでられっか。
……うめえ! 赤ワインも冷やした方がウメエ。文句あっか!久住昌之 /日本文芸社『ひとり飲み飯 肴かな』[其の十二 床 de 赤ワイン]より
バゲットは紙袋じゃなくてビニールに入っていたので、代わりにコピー用紙を使いました。
そしてこれがめちゃ美味しかった! タマネギの食感と辛味がいい仕事してます。
作中ではテレビで音楽DVDを鑑賞しながら床飲みされていましたが、我が家にはテレビがないため、壁を眺めつつ冷えたワインをごぶりごぶりと飲んでは床のおつまみを食むというひと時を過ごしました。
赤ワインを冷やすのも大振りのコップで飲むのも初めてではないものの、このやんちゃなシチュエーションゆえ、これまでよりもうんと味わいがありました。家飲みって自由でいいんだよね、ってことを改めて認識したというか。
指先でひょいっとつまんでサラミを食べ、その脂っけをぬぐうようにバゲットをちぎるとき「私、荒くれ者みたい……」と悦に入るのも新鮮な体験でした。
結局ワインは1本、バゲットとシャケタマは半分で事足りてしまった私。まだまだ先達にはかなわないようでございます。
***
和室で暮らしているため、脚付のお膳を使った家飲みは日常のものですが、床に直置きは何度もいいますが新鮮でした。
たったこれだけで手軽に目先を変えた家飲みができるのだから、お楽しみはどこに潜んでいるかわからないものですね。それを巧く見つけて文章にし、我らに伝えてくださる先達の方々にはホント感謝しかありません。
※記事の情報は2021年3月4日時点のものです。
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