森須滋郎『食卓12か月』の再現レシピ《肴は本を飛び出して⑲》
「小説やエッセイ、漫画に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲んでみたい」 家飲み派の筆者がささやかな夢を叶える連載、今回は食雑誌の名編集長が綴ったエッセイ『食卓12か月』からの再現です。
料理屋で引き出した秘伝レシピを惜しみなく伝えてくれる名著
◾こんな本です
森須滋郎(もりすじろう)先生は、食の専門誌『四季の味』(ニュー・サイエンス社/現在は休刊中)の初代編集長にして、食味評論家、随筆家としても知られた美食のプロ。また、ご自宅では「自分が食べるものは自分で」と三食を賄う料理人でもあったそうです。
『食卓12か月』では、全国津々浦々のうまいものを食べ歩き得た知識と豊富な経験を元に、家庭で作った料理を12ヶ月分紹介しています。その数なんと144品! どの月も12品の酒肴やお惣菜が幅広くラインナップされていて、森須先生の手札の多さに驚かされます。
目次の一部をご覧ください。
私がこの本を買ったのは15年以上前。繰り返し読んだため背表紙は擦り切れ、「作りたいメモ」と端を折り込んだページは数知れず。実際に数品は再現して家飲みを楽しんできました。
◾ここを再現
◾『食卓12か月』再現お品書き
- 卵白のカラシ酢味噌あえ
- 鶏砂肝のソース蒸し
- 抜群にうまいスプレッド
【食卓12か月の再現レシピ①】卵白のカラシ酢味噌あえ
・玉子
・辛子
・味噌
・酢
作り方は、森須先生の流れるような名文を参考にしてください。
数年前、静岡の「辻菊」という料理屋へ行ったとき、前菜に卵白のカラシ酢味噌あえが出た。その味わいもさることながら、アイデアの秀抜さにおどろいたものだ。あれなら、卵をゆでさえすれば、あとは至極簡単。時間がかかるのは、卵を固ゆでにするまでの十五分。その間を利用して、カラシ酢味噌を作ればよい。
まず、粉のカラシを水で溶き、辛みが立つようにガラガラと練りまぜる。味噌は、甘ったるい白味噌よりも、塩辛い田舎味噌のほうが酒に合う。小さなすり鉢で味噌をすり、先の練りガラシをまぜ、酢を少しずつ味をみながら加えていく。塩辛いようなら、ほんの少し砂糖を入れる。
こうして、カラシ酢味噌の支度が整ったころ、卵のほうも固くゆだっている。それを冷水にとり、冷えたところで殻をむき、そっと白身と黄身を分ける。
ここで必要なのは卵白だけだから、卵黄はしばらく控えさせておこう。卵白はザクザク刻み、カラシ酢味噌であえるというよりもまぶすといったほうがよかろう。あの無味に等しい卵白にカラシ酢味噌が加わったとたん、またとない佳肴に変わること、ふしぎなほどである。森須滋郎 /集英社文庫『食卓12か月』<二月の食卓に「卵の白身と黄身」>より
いつもは脇役的ポジションに甘んじている卵白が見事な主役に! 「白身だけでは物足りないのでは?」なんて心配は杞憂でした。
プリッと弾む淡白な白身に、ピリッと辛子の効いた酢味噌の味が映えます。ぜひとも辛子は「ちょっと多いかな〜」くらい加えてみてください。私は市販の酢味噌に練り辛子を足すちょっと手抜きバージョンにしましたが、それでも充分美味しかったです。意外とどのお酒にも合いそう。
さて、気になるのは残された黄身。ご安心あれ、こちらもちゃんといい肴になりますよ。
控えさせておいた卵黄は、味噌の中に漬けてひと晩おけば、これまた格好の酒菜になる。その漬け床は、赤味噌と白味噌を合わせてもよいが、いっそ塩辛い田舎味噌だけのほうが、むしろ酒に合うのではなかろうか。森須滋郎 /集英社文庫『食卓12か月』<一月の食卓に>より
箸先でちまちまとつまんだり、焼き海苔にちょんと乗せたりして楽しみました。これは日本酒ですね〜。
【食卓12か月の再現レシピ②】鶏砂肝のソース蒸し
・鶏砂肝
・ウスターソース
福岡の「嵯峨野」という料理屋へ行ったとき、付き出しとして鶏の砂肝のソース蒸しというのが出た。コリコリとした歯ざわりの快さもさることながら、ウスターソースの風味が爽やかだ。そのうまいのにおどろき、作り方を教わって来た。
鶏の砂肝は、半割りにして硬い内壁と白い筋層を切り取ってしまうと、柿の種のような形をした赤い肉片が残る。これをボウルに入れ、ウスターソースをひたひたに注ぎ、湯気の立っている蒸し器に入れて三十分間蒸し、そのまま冷まして味を含ませる。
(中略)
ただしウスターソースは、ドロドロのとんかつソースではなく、香辛のきいた昔ながらのものでなければならない。念のため。森須滋郎 /集英社文庫『食卓12か月』<五月の食卓に「鶏砂肝のソース蒸し」>より
これまた本当に簡単! なのに、きっと工程を知らない人に出したらものすごく手間をかけた料理だと思われるのではないかしら。それくらい、味わいのある一品です。
ウスターソースのスパイシーさがしっかりと沁みた砂肝はクリクリッとした噛みごたえが楽しく、箸が止まりません。じっくりと蒸してあるため、冷めても硬くならないのが嬉しいポイント。今回は3品どれにも合うであろう辛口のスパークリングワインを開けましたが、この料理にもぴったりでした。
ほかにも、濃いめのハイボール、ドライなシェリー、はたまた熱燗でもうまいこと合いそうな、和洋折衷の酒肴です。
【食卓12か月の再現レシピ③】抜群にうまいスプレッド
・マッシュルーム
・バター
・塩、胡椒
・生クリーム
材料は、細かくミジン切りにしたマッシュルーム、バター、生クリームの三種。それぞれ同量を用意する。
フライパンを弱火にかけ、バターを溶かし、その中にマッシュルームを入れて炒める。やがてバターが透明になり、いい香りが立つ。ここで塩とコショウで程よく調味し、フライパンを火からおろして冷ます。よく冷めたところへ生クリームを注ぎ入れ、泡立て器でかき混ぜて保存用の容器に移し、冷蔵庫の中へ入れておく。
これも薄切りのパンやクラッカー、あるいはセロリやアンディーブにのせて食べれば、そのうまさにびっくり。森須滋郎 /集英社文庫『食卓12か月』<十一月の食卓に「スプレッド二趣」>より
「ベーコン入りのクリームチーズ」(バリエーションとして、ベーコンの代わりにスモークドサーモン、コーンビーフ、辛子明太子も)の紹介に次いで、「もう一つ、抜群にうまいスプレッドがある」と記されているのがこのマッシュルームのスプレッド。
私がこの本の中で最初に再現して、一番多く作っているメニューです。ニンニクやパセリを加えたものも美味しいと経験済みですが、今回は初心にかえって森須先生のレシピ通りに。
うん、やっぱり抜群にうまい! 乳製品と相性のいいマッシュルームがふんだんに入って旨み濃厚。バターや生クリームのこっくり味と相まって「カロリー? 知るか!」と叫びたくなるほどの危険な美味しさです。
スプレッドとしても優秀だし、私は食べ余した分をゆでたてのパスタに絡めるのもお気に入り。むしろここまでがセットな感があります。もし試されるなら、ぜひショートパスタでどうぞ。おつまみ感がアップしますゆえ。
お供には白ワインやスパークリングワインをおすすめします。
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おなじみの食材も、美食のプロにかかればこれだけ目先の変わった酒肴になるということがぐいぐい伝わる3品でした。
私が次に再現したいと思っているのは、牛脂で炒めたジャガイモと牛細切れに日本酒と濃口醤油だけで味付けする「変わり肉ジャガ」と、氷水で締めたカツオのぶつ切りに刻んだアサツキ、すりおろしニンニク、ショウガをのせて酢を少しまぜた醤油をダブダブ注ぐ「カツオのぶつ」。
今すぐにでも真似したいし、できそうですよね? これが森須先生レシピのすごいところ。みなさまもぜひ全編を読み込んで、私の再現仲間になっていただきたいです。
※記事の情報は2021年5月6日時点のものです。
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