和田はつ子『料理人季蔵捕物控 夏まぐろ』の再現レシピ《肴は本を飛び出して㉑》
「小説やエッセイ、漫画に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲んでみたい」 家飲み派の筆者がささやかな夢を叶える連載、今回は時代小説『料理人季蔵捕物控 夏まぐろ』からの再現です。
江戸の一膳飯屋を舞台に男前の主が料理と事件解決に腕をふるう
◾あらすじ
『料理人季蔵捕物控』は江戸・日本橋にある一膳飯屋『塩梅屋』を舞台にした、食がテーマのミステリー小説。2007年に始まったこの『料理人季蔵捕物控』シリーズは全40巻にも及ぶ大作で、累計250万部を売り上げているそうです。
主人公の季蔵は元武士の料理人。幼なじみの許嫁も関わる事件に巻き込まれ、武士の身分や家族を捨てた時に命を助けてくれたのが『塩梅屋』の先代でした。その先代亡きあと、料理人でありながら裏では密かに町奉行の捜査の手伝いをする“隠れ者”としての役目も引き継いだ季蔵は、さまざまな事件に遭遇するも、料理を通して解決に導いていきます。
季蔵の手によるさまざまな“江戸の味”の作り方が物語のなかでごく自然に描かれているため、食いしん坊な読者はその味を想像するに易く、まるで自分も『塩梅屋』で常連たちと一緒に楽しんでいるような気分も味わえるのです。私もこのシリーズを読みながら何度「タイムスリップしたい!」と思ったことか。
先代の娘でおきゃんなおき玖、喧嘩しつつも仲のいい常連客たち、クールなようで人情味もある町奉行など、季蔵を取り巻く登場人物たちのキャラクターもまた魅力的で、時に切なく時に笑いがこぼれる物語に彩りを添えています。
◾ここを再現
今回再現するのは、シリーズ16冊目『夏まぐろ』から選んだ3品。
常連客の辰吉から持ち込まれた「人気戯作者の祝言の膳を拵えてほしい」という依頼を請け負った季蔵。しかしそれは「幽霊婚」なる珍妙な祝言で、季蔵が趣を凝らした「幽霊御膳」は好評を博すも、直後に主役の戯作者が殺されてしまうという事件が発生。
そんななか、季蔵は町奉行の頼みで「鮪尽くし」の食通向け宴席料理を調えることに。当時、マグロは下賤な魚とされておおっぴらに食されることは憚られる食材。季蔵はおき玖と共に知恵を絞ってマグロ料理を考案し、宴の会場となる『山本屋』での試作会に挑む──。
その場で季蔵とおき玖が作ったのはこの8品。
- 葱鮪
- 鮪の味噌叩き
- 鮪皮の酢味噌和え
- 炙り鮪
- 鮪の頰肉焼き
- 鮪のつくね串焼き
- 鮪の鍋照り焼き
- 変わり葱鮪
この中から再現に選んだのはこちら。
◾お品書き
- 鮪の味噌叩き
- 鮪のつくね串焼き
- 変わり葱鮪
試作用のマグロを用意した『山本屋』の甥で食通を自認する邦助によると、当時はマグロをこのように呼び分けていたようです。
「頭と尾以外の胴体はすべて、生で食べて美味しいところです」
(中略)
「中央は好まれている赤身で、葱鮪にするのもこの部分だけです。あとは捨てられてしまっている部分なのですが、背中の頭寄りが背かみ(中とろ)、中ほどが背なか(中とろ)、尾寄りが背しも(中とろ)、同様に腹の頭寄りが腹かみ(大とろ)、中ほどが腹なか(中とろ大とろ)、尾寄りが腹しも(中とろ)です。」和田はつ子 /『料理人季蔵捕物控 夏まぐろ』<茶漬け屋小町>(ハルキ文庫)より
【料理人季蔵捕物控再現レシピ①】鮪の味噌叩き
(前略)
味噌叩きは背かみを叩き、みじんの葱と味噌で味つけする。
「味噌叩きは盛りつけが綺麗ね」
お登代は目を細めた。
味噌叩きは大きな四角いさらに丸い小さな皿を載せ、そこに盛りつけて、芽ジソと戻して食べやすく切ったワカメを添える。和田はつ子 /『料理人季蔵捕物控 夏まぐろ』<茶漬け屋小町>(ハルキ文庫)より
食べる前から絶対美味しいのがわかりますよね、叩きマグロに味噌とネギって。中トロの甘みに味噌のキリッとした味が映え、ネギは食感と香りでいい脇役に。そのままでもたまらん酒肴なのですが、焼き海苔に巻いたらなおよしでした。
しかし、白い脂がてらてらと光る中トロを叩くのはちょっと勇気がいりました。あと、盛り付けがこれで正解だったのかどうかは未だにわかりません……。
【料理人季蔵捕物控再現レシピ②】鮪のつくね串焼き
季蔵は背かみと腹しも、各々のサクから切り取ると、俎板に載せて叩き始めた。
「へえ。鮪のつみれかい?」
邦助の問いには応えず、叩き終わったところで、少々の酒と味醂風味の煎り酒を加えて練り、小指の先ほどの俵型に丸めて木串に刺し、頰肉同様七輪の丸網の上で焼き上げる。
「鮪のつくね串焼きでございます。わが家ではこのために、もとめた団子の串は捨てずに取っておくように言われました。ただつくねに焼いて箸を使うよりも、串を手にして食べた方が心が浮き立つだろうからと、母は言っていました」
「どうして、鮪のいろいろなところを使うの?」
お登代はなかなか観察が細かい。
「それぞれに筋の太さの違いや多少、脂の多少があって、これらが混じり合うと予期せぬ旨味が生まれるからです」和田はつ子 /『料理人季蔵捕物控 夏まぐろ』<茶漬け屋小町>(ハルキ文庫)より
これまた贅沢っ! 生で食べたいよぉ〜と叫ぶ心をぐっとおさえ、無心で叩いて丸めて焼きました。炭火焼きは叶わなかったので、ホットサンドメーカーで簡単に表面だけ焼き目をつけて中身はレア仕上げ。煎り酒が手に入らず普通の味醂を使ったらやはり塩気が足りなかったため、ぱらりと塩を振っていただきましたよ。
あー、こりゃ妙味。季蔵さんの言う通り、ひと口ごとに脂がのってとろけるところや筋のくりっとした部分が混ざり合って、均一じゃないのが功を奏した味になっています。
【料理人季蔵捕物控再現レシピ③】変わり葱鮪
最後はおき玖が鮪脂身の土鍋蒸し改め、変わり葱鮪に取りかかった。
「これには葱鮪にする赤身の鮪の代わりに、一番脂が乗っているところを使います」
すでに竃には火が入っている。
おき玖は腹なかを俎板の上で薄切りに仕上げた。きりりと眉を上げての包丁使いは鮮やかであった。
まずは土鍋に薄いそぎ切りの葱を敷いて、揃えて縦薄切りにしてある冬瓜と胡瓜を重ね、ほんの一振りの酒と塩を振りかけ、蓋をして竃にかける。
「ここで青物が煮えるまで三百数えます」
数え終えたおき玖は、蓋を取って用意してある鮪の薄切りを花のように並べると、また蓋をした。そして、
「一、二、三、四、五」
すぐに土鍋の蓋を開けた。
すでに鮪はつやつやと薄紅色に蒸し上がっている。
「たれなしでも美味しいはずですけれど、どうしてもとおっしゃるなら、お勧めは昆布風味のあっさりした煎り酒でしょうか? あと、酢に適量のお醤油を垂らした、くどくはないのにはっきりした味のたれも、江戸っ子好みかもしれません」和田はつ子 /『料理人季蔵捕物控 夏まぐろ』<茶漬け屋小町>(ハルキ文庫)より
マグロ好きなら一度は夢見る、大トロのねぎま。江戸時代の人はなんでこんないいものを重宝しなかったんや〜。
この「変わり葱鮪」はキュウリや冬瓜が入るのと、煮込まずさっと蒸し煮で仕上げるのが特徴。味付けは塩と酒だけで充分でした。うっすらと火が通って、噛まずとも舌の上でとろける大トロ……最高……。正直、キュウリや冬瓜はなくてもいいのでは? と思っちゃいました。青みがなんだか異質な感じだなと。ネギはとても合います。
具を食べ終わった後、小鍋の底に溜まったキラキラ輝く煮汁もめちゃくちゃ美味しかったです。試される際はぜひこれもお楽しみに。
***
マグロに対する価値観が現代と真逆だった江戸時代のマグロ尽くし。下賤とされるものにもこれだけ工夫を凝らして食べていた料理人が本当にいたと想像するだけでも楽しくなりますね。いつかお大尽になったら、またトロを買って残りの品々も再現してみたいです。
※記事の情報は2021年7月12日時点のものです。
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