吉田戦車『逃避めし』の再現レシピ《肴は本を飛び出して㉚》

吉田戦車先生の『逃避めし』から、お酒によく合う3品を再現! 「逃避めし」とは、シメキリ迫る非常時に、なぜか作ってしまう創作料理のこと。そんなシチュエーションだからこそ誕生した絶品料理とお酒で、しばし現実逃避を楽しんでみてはいかがでしょうか。 家飲み大好きな筆者が「本に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲みたい!」という夢を叶える連載です。

ライター:泡☆盛子泡☆盛子
メインビジュアル:吉田戦車『逃避めし』の再現レシピ《肴は本を飛び出して㉚》

逃げた先にこんなウマいものがあるならいくらでも逃げたい。


◾こんな本です
不条理ギャグとして一世を風靡した『伝染るんです。』をはじめ、漫画、コミックエッセイ、エッセイ、絵本などなど、多岐にわたって一線で活躍し続けている吉田戦車先生。

近年は同じく漫画家の奥様・伊藤理佐先生と揃って家族をテーマにした著作も多く、ご夫妻ファンの私としてはとてもウホウホな状況であります。

共に飲兵衛で、おつまみのセンスが絶にして妙なお二人の作品に登場する食べ物は本当にそそられるものが多く、以前には伊藤先生の『おいピータン!!』に登場する料理も再現させていただきました。あれも全部おいしかったんだよな〜。
『逃避めし』は、出版社の紹介文によると「シメキリ迫る非常時に、なぜか創作料理を作ってしまう。そんな逃避の日々を綴った、著者初の私的料理エッセイ」。

うう、わかるわかりますよ吉田先生。物書きの末席オブ末席にいる私でさえ、シメキリ前は「鼻先ニンジンが必要なので……」と言い訳して煮込み料理を仕込んだりいつもはしない乾物庫の整理をしたりしますもの。その何万倍ものプレッシャーを背負った吉田先生が逃避したくなるのも当然かと。

ある日の逃避についての一章が、この本の「らしさ」を端的に表していました。
 シメキリ直前のある日。
 「そういえばエビピラフって作ったことないな」と数日前に思い、冷凍エビとタマネギを買っておいた。
何も今作る必要はない。
だが、そんなときこそうずくのが逃避の虫である。
仕事が遅れるかもしれない、担当編集者に申しわけない。
そう思う気持ちこそが、なによりのスパイスだ。

吉田戦車 /『逃避めし』<その26 エビピラフ>(イースト・プレス)より
読んでいるだけでヒリヒリするような決意を経て作られたエビピラフは、「いや、作ってよかった。」「これはおいしい料理だ。」と先生大満足の結果だったようです。よかったよかった。

エビピラフは読者も味の想像がつく一品ですが、ほかには「ちくわの穴確認弁当」「肉まんの中身」「手ばさみホットサンド」「落胆ちらし寿司」などとキャッチーなタイトルかつ「そうきますか!」という独創的な料理がずらりずらり。なんと、全79品も掲載されています。

中には、「伊藤先生のあの作品に描かれていたやつだ!」なんてのもあり、二倍、いえそれ以上に楽しませていただいております。

『逃避めし』ここを再現

逃避のタイミングはさまざまで昼食や軽食も多いのですが、ここではやはりおつまみになるものを再現したい。というわけで、ご本人もお酒片手に仕込まれたと想像されるこの3品をピックアップいたしました〜。

■お品書き

  • 豆乳しょっつるシチュー
  • 豆と塩漬け肉の煮こみ
  • 豚焼きつけミョウガのせ

【逃避めし再現レシピ①】豆乳しょっつるシチュー

ご友人や奥様から「クリームシチューはご飯に合う」という話を聞いた吉田先生。幼き頃から「クリームシチューはコメのおかずとして力不足」派だったそうですが、大人になった今、果敢に挑戦されました。
よし、白いシチューでご飯だ。
とろみは冷凍庫で眠っていた全粒粉を使った。きれいに白くならないが、つぶつぶに栄養感がある。
味のベースは粉末中華だし、昆布茶、塩、胡椒、しょっつる。
豆乳のクセをバターと粉チーズだけでは抑えこめなかったので、牛乳を買ってきて少し足した。
いい感じにしょっぱくなり、ご飯によく合った。ついでに白ワインにもよく合った。

吉田戦車 /『逃避めし』<その18豆乳しょっつるシチュー>(イースト・プレス)より
<材料>
・鶏ささみ
・玉ねぎ
・にんじん
・じゃがいも
・小麦粉全粒粉(普通の薄力粉で代用しました)
・バター
・粉チーズ
・豆腐ができる豆乳
・牛乳
・ローリエ
▼味のベース
・粉末中華だし
・昆布茶
・塩
・胡椒
・しょっつる(ナンプラーで代用しました)

<作り方> ※本文を参考に勝手にやってみたバージョンです。以下同じ。
① そぎ切りにしたささみに小麦粉と塩をまぶし、バターを溶かした鍋で焦げないように炒める。
② 食べやすく切った野菜を加えて軽く炒め、水、「味のベース」、ローリエを入れて野菜が柔らかくなるまで煮る。豆乳、牛乳、粉チーズを加えてさらに煮る。
豆乳しょっつるシチュー
■食べてみました
ささみや豆乳を使うのでわりとヘルシーなシチューができました。
ご飯をほんの少しと白ワインをお供にいただきます。ちなみに、うちの実家もクリームシチューはカレー同様ご飯にかけて食べていたのでまったく抵抗はございません。

しょっつる(代わりのナンプラー)のおかげで、クラムチャウダーっぽい磯の風味がしたのは僥倖僥倖。しょっぱさもいいですね。冷やした白ワインにほんと合います。

ルゥだけ、ルゥをまとった具をスプーンで口にしてワインをクイッ、時々ルゥでぽってりとしたご飯をひと口。ちょっといけないことをしているような、楽しい組み合わせでした。

【逃避めし再現レシピ②】豆と塩漬け肉の煮こみ

伊藤先生のご実家からよく送られてくるという自家栽培の豆。

吉田家では「青大豆なら固ゆでにして酢醤油かけ、うずら豆系ならサラダ」と豆慣れた感じ(今作った言葉です)の召し上がり方をするのが日常だそう。

新豆の時期を前に、ストックを食べ切りたいと考えた吉田先生は「本で読んだことがある西洋の豆料理」をイメージした料理を始めます。
豆を水につけ、カレー用の豚肉に大量の塩をまぶす。
半日後。
アクをとりながら豆を煮始め、半分ぐらい煮えたところでニンニクひとかけと、塩漬け肉、ワイン、コショー投入。 あのですね。
この連載始まって以来、1、2を争ううまさ。
これだったら、けっして失礼があってはならない仕事上の大切なお客さんにも胸を張って出せる。そんな客は来ないのだが。

吉田戦車 /『逃避めし』<その45 豆と塩漬け肉の煮こみ>(イースト・プレス)より
<材料>
・豆(大豆を使いました)
・豚肉(肩ロースの塊をカットしました)
・塩
・ニンニク
・ワイン
・胡椒

<作り方>
① 豆はたっぷりの水に浸けて半日置く(この時期は冷蔵庫で)。同時に豚肉に塩をまぶして冷蔵庫で寝かせる。
② 豆を戻し汁ごと鍋に入れて煮る。1時間半〜2時間ほどで柔らかくなってきたら豚肉と調味料を加え、豆や肉が煮汁から顔を出すくらいまで煮詰める。
豆と塩漬け肉の煮こみ
■食べてみました
おおお、これはたしかに漠然とイメージしている「西洋の豆料理」だ! 
笑顔の優しいおばあちゃんが「よくきたわね。これしかないけどいいかい?」なんて言いながらよそってくれそう。

豆、そしてちょっとしょっぱい肉。だけ、という潔さが最高です。吉田先生は大豆じゃない別の豆をお使いのようですが、大豆でもおいしくできました。

とてもシンプルな料理なので、追い胡椒をしたり、余った分はトマトを加えてみたりとアレンジができるのもよかったです。

【逃避めし再現レシピ③】豚焼きつけミョウガのせ

「『豚焼きつけ』とは耳慣れない言葉でしょうが、今考えました。
豚肉炒めと思っていただいてけっこうです。
くそ蒸し暑いため、丁寧な文体で涼を呼びこもうと思います。おつきあいくださいませ。」
という一文で始まる章。終始、女装した吉田先生が頭に浮かびます。
肉には脂身がついてございましょう? それを少々切りとり、フライパンで先に炒めますと、ラードが出てまいります。これが炒め油で、植物油は使いません。
そこに、食べよく切った豚肉を並べ入れます。
すきまなくちょいちょいつついたら、あとはしばらくいじらず、じっくり焼きつけましょう。
そう、それが「豚焼きつけ」と呼びたいと思ったゆえんでございます。
いい焦げ色がついたらひっくり返し、さらに焼きつけ、皿に盛ります。
鍋に調味料を入れ、ジュウといいましたら肉にかけて、あらかじめきざんでおいたミョウガをこれでもかと盛りましょぅ。

吉田戦車 /『逃避めし』<その71 豚焼きつけミョウガのせ>(イースト・プレス)より
<材料>
・豚もも薄切り
・ミョウガ(輪切りにして水にさらしておく)
▼調味料(合わせておく)
・中濃ソース
・醤油
・みりん
・胡椒

<作り方>
① 豚肉を引用の通りに「焼きつけ」、お皿に盛り付ける。
② 鍋で熱した調味料をかけ、ミョウガをたっぷりとのせる。
豚焼きつけミョウガのせ
■食べてみました
あっさりとした赤身肉にソースベースのちょっと甘酸っぱい味付け、そしてミョウガのシャキシャキ感と清涼な風味。

これまた巧くて旨い組み合わせです。味付けがポン酢とかならありそうですが、中濃ソースを使うのがちょっとやんちゃでいいですねぃ。

先生が仰る通り、ミョウガはたっぷりすぎるくらいでちょうどいいです。シュワッとドライなプレーンチューハイにジャストな逸品でございました。

***

3品ともなじみ深い食材、かつ作ったことありそうな料理なのにも関わらず、ひと味もふた味も違うものができました。火事場のナントカならぬ、逃避の功名とでも申しましょうか。

その時はシメキリから逃避したとはいえ、こんな形で素晴らしい作品に還元されて本当にすごい。私がご夫妻の作品などからうかがい知る限り、現在は食事の支度を一任されているらしい吉田先生。その経験も新たな「私的料理エッセイ」としてまとめてほしいと強く願っております。

※記事の情報は2022年4月8日時点のものです。
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