白央篤司『名前のない鍋、きょうの鍋』の再現レシピ《肴は本を飛び出して52》

鍋を通して人と語る18編を収めた白央篤司さんの『名前のない鍋、きょうの鍋』より、「魚すき」を再現して家飲み! 「魚すき」とは、刺身をさっと出汁にくぐらせていただく、魚のしゃぶしゃぶのような鍋。本エピソードの主役に倣い、ビールと焼酎のお湯割りを合わせていただきます。家飲み大好きな筆者が「本に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲みたい!」という夢を叶える連載です。

ライター:泡☆盛子泡☆盛子
メインビジュアル:白央篤司『名前のない鍋、きょうの鍋』の再現レシピ《肴は本を飛び出して52》

「いつもの鍋」から見える人々の暮らしと生き様に優しく寄り添う食採録。

 
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『名前のない鍋、きょうの鍋』は、本サイトの連載でもおなじみのフードライター&コラムニスト・白央篤司さんの最新刊。食と暮らしをテーマに、全国の食材や郷土料理から気負わずにできる自炊法、そして我らが愛するおつまみレシピまで幅広く網羅する白央さん。本書はメディアサイト「朝日新聞withnews」で連載された記事を一部再取材し、大幅加筆したものとのこと。

あることをきっかけに「今、日本に暮らす人々は家でどんな鍋をしているのだろうか」と気になった白央さんは、料理家など食のプロではなく市井の人たちのリアルな鍋の姿を取材することに。「きょうの気分で、鍋料理を作ってください」と依頼し、「自宅に上がらせていただき」「台所を作っているところを実際に見て」「食べているところも含めて撮影させていただく」というのがこの企画の取材スタイルで、撮影もすべて白央さんによるもの。対象者は男女問わず、一人暮らしから大家族まで実に多様です。

多くの人にとって身近な料理の一つであろう鍋。もしも自分がこの依頼を受けたら「えっ、わざわざ見せるほどのものじゃないですよ!?」と戸惑ったと思うし、あとがきによると、取材を受けた方々にも「こんな鍋で、いいんですか」と言われることが多かったのだとか。

でも、この本に登場した18人による18種類の鍋はすべてに作り手の人生が表れていて、わざわざ見せてもらうだけの価値が大いにあるものでした。

タイトルの一部を抜粋してみます。

・仕事を終えてからお手製の冷凍野菜でサッと作るひとり鍋
・手づくりの鶏団子入りがお決まりの寄せ鍋 シメは“ひもかわ”
・漫画原稿の合間にチルドの餃子とミックス野菜で作る鍋
・“3点セット”で娘のために煮えた具をすり潰すいつものトマト鍋
・釜山の母に習った鯖とキムチの蒸し煮鍋
・しっかり煮込んだ“プヨプヨ”食感のかぼちゃ入りうどんすき
・鍋をしたいときは友人宅へ材料を持ち込むのがいつものパターン

ね、これだけでも興味をそそられませんか?

考えてみると、よその家の「いつもの鍋」って見る機会がないですよね。鍋パーティにお呼ばれするときはちょっとおめかし風のレシピだったりするし。料理本には載っていない、その人(家)だけの鍋、こんなに違うものなんだなぁ。

鍋の形にはじまり、材料、下拵えの仕方、スープを買うのか作るのか、薬味は…。こまごまとした選択に透けて見えるその方の過去や現在、時に未来。それらを巧みに聞き出す白央さんの視点は書き手としての鋭さと人としての優しさを併せもち、決めつけず、寄り添う。その在り方が頼もしく、心地いい安心感を持って読み進めることができます。

私が特に印象に残っているのは、就職活動中の料理上手な美大生がスンドゥブを作る回。単身用の冷蔵庫にみっちりと並ぶ調味料の写真や見事な段取り力の描写の合間に、将来に悩む彼女が目を潤ませてしまう一幕があります。ともすればやや大袈裟な慰めや年長者だからというだけで何らかのアドバイスをしてしまいそうな(浅慮な私なら!)場面で、白央さんは言葉を心に留めるだけ。でもきっと何かが伝わったことでしょう。 最後は晴れやかな笑顔で見送ってくれた彼女に吉報があったとあとがきで読み、私まで嬉しくなりました。

鍋を共通のテーマにした短編小説のようでもあり、食欲を刺激するレシピ入り読み物でもある一冊。鍋シーズンだけではなく、四季を通して読み返したいものです。

『名前のない鍋、きょうの鍋』ここを再現

今回、再現メニューに選んだのは「魚すき」鍋。

妻亡きあとに初めて挑戦した自炊生活20年目の加藤哲也さん(取材当時85歳)が作る、酒飲み好みの鍋です。

タイトルは「どこかで食べた『魚すき』を真似て作る“ほぼ俺流”の鍋」。 自動車会社の海外サービス部に勤務し、オーストラリアからアフリカ、ギリシャなど各国での赴任を経て帰国、リタイアした年に妻の照子さんが急逝。一時は荒れた哲也さんでしたが、「これじゃいかん」と一念発起し、ごはんの炊き方から覚えていったのだそう。
当時参考にした料理本が今も現役で、居間のすぐ手の届くところに置かれている。日に焼けて、表紙の色はすっかり飛んでいた。20年の歳月がありありと感じられてくる。
料理本を開かせてもらえば、新聞の料理欄の切り抜きが挟まれてあった。「ストックおかず」の特集だった。
「食わないかんもん、ひとりもんになったら」

白央篤司 /『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)「どこかで食べた『魚すき』を真似て作る“ほぼ俺流”の鍋」より

◾お品書き

  • 魚すき
魚すき

『名前のない鍋、きょうの鍋』再現レシピ┃魚すき

<材料>
・刺身の盛り合わせ
・野菜(白菜、水菜、ねぎなど)
・出汁昆布
・ポン酢
・大根おろし
材料
刺身は奮発して中トロ入り!
<作り方> 
とてもシンプルなので本文を引用させていただきます。
きょうの鍋は「魚すき」なるものだそう。まず、出汁昆布を水と共に鍋に入れ、しばし煮る。あとは簡単、刺身の盛り合わせを用意して、それぞれを出汁にくぐらせるだけ。いわば魚のしゃぶしゃぶだ。薬味は大根おろし、味つけはお好みで醤油かぽん酢でいただく。

白央篤司 /『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)「どこかで食べた『魚すき』を真似て作る“ほぼ俺流”の鍋」より
魚を食べ終えてから野菜を煮るのが哲也さん流のようです。最後には冷凍庫からお隣さん謹製の餃子(玄人はだしの旨さだそう)を取り出して加えておられましたが、うちにはそんな素敵なお隣さんがいないので省略しました。
まずは鯛をしゃぶしゃぶっとな…。
まずは鯛をしゃぶしゃぶっとな…。
おろしポン酢がとてもよく合います!
おろしポン酢がとてもよく合います!
■食べてみました
魚の鍋といえばたらちりや寄せ鍋、しゃぶしゃぶといえば豚肉か牛肉、と思い込みがちですが、魚のしゃぶしゃぶ、いいものですね!

哲也さんと共に鍋を囲んだ白央さんもおっしゃっていたように、生で食べるよりさっぱりとしていて量を食べられるのが嬉しい。あと、脂艶かしい中トロに火を通すというちょっとした背徳感もたまらなかったです。
中トロ、いきます!
中トロ、いきます!
もちろんレア気味で。むっふ〜、最高!
もちろんレア気味で。むっふ〜、最高!
お肉よりもアクが出にくいので、野菜もすっきりと味わえますね。
お肉よりもアクが出にくいので、野菜もすっきりと味わえますね。
哲也さんは缶ビールからの焼酎お湯割りと進めていらしたのでそれも真似て両方並べちゃいました。お酒は進むしお腹に重くなりすぎないし、とてもいい晩酌になりました。

***

誰かの「いつもの鍋」を再現してみるのは、いつもよりちょっと不思議な感覚でした。

60歳までごはんも炊けなかった方が昆布で出汁をとってバランスのいい鍋を食べるまでになられるまでの経緯を想像したり、自分の両親に置き換えて考えてみたり…。

そして、自分の鍋にはどんな人生が表れているんだろう、とも。

ちなみに私が最近作ったのはこんな鍋なんですが、どちらも見事に茶色と緑だけ!
スペアリブとちぢみほうれん草とマイタケ。
スペアリブとちぢみほうれん草とマイタケ。
鶏団子と根つきセリとヒラタケ。
鶏団子と根つきセリとヒラタケ。
みなさんの鍋を参考に、レパートリーを増やしたいです。

※記事の情報は2024年2月6日時点のものです。
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